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11.コンソメスープと広瀬香美

11.コンソメスープと広瀬香美



 部屋の明かりが消えたことで、要人が就寝したと思いこんだ警護の警官たちは数人を残して仮眠をとることにした。 屋敷の中の警備は手薄になった。

 健司はそっと男に近付くと、ネクタイで首を絞めた。 泥酔していた男は叫び声を上げることも、目を開けることもなく、体中の力が抜けていった。

 仕事を終えたと確信した健司は、窓から外の様子をうかがうと静かに部屋を出た。 蔦が絡まる塀をよじ登ると、防犯センサーに触れないように這いつくばって塀の外を確認した。 この屋敷で唯一川に面したこの場所は警備も手薄だということを事前に調べていた。

 健司は太い蔦の茎を手繰るとそれを伝って川の中に降りた。 水が冷たい。 水位は腰のあたりまである。 向こう岸までは10メートルほどだが、健司は川の中を頭だけ出すようにかがんで上流の方まで進んだ。 1キロメートルほど進むと両岸は雑木林しかなくなった。

 雑木林の中を進んで細い路地に達すると、あらかじめ停めておいた自転車に積んでいた服に着替え、車を止めている駐車場まで向かった。 幸い、追ってくる人の気配はなかった。



 俊彦はいつものように朝食の支度をしていた。 マリはまだ寝ているようだ。 コンソメスープの味を確認すると、サンドイッチにはさむレタスとトマトをスライス。 それから、ゆでた卵の殻をむいて白身をみじん切りに。 黄身とマヨネーズを混ぜて卵サンドの具を作る。 カリカリに焼いたスライスベーコン添えてプレートに乗せた。

 先に一人で朝食を済ませると、残った具材にラップを掛けて部屋を出た。

 会社へ行くと、朝刊を持って、自分のオフィスへ入った。 社会面に元国交省の役人が襲われた記事が小さく乗っていた。 襲われた役人は命こそ取り留めたが、予断を許さない状況で、犯人は逃亡中だが、犯行時に来ていたと思われる服や逃走に使ったとみられる自転車が発見されたことで、逮捕されるのは時間の問題だと書かれていた。

 俊彦はすぐに若田部に電話をし、健司の動向を探らせた。


 マリが目を覚ましたのは10時過ぎだった。 リビングにはサンドイッチ用の材料が置かれていた。 牛乳を温めようとキッチンへ行くと、コンソメスープの入った鍋があった。 お玉ですくって一口すすった。

「おいしい。 トシさんはどこで料理を覚えるんだろう?」そんなことを考えながらスープを温めた。 そして「寝坊しちゃったわね」そうつぶやいて、パンに野菜と卵をのせてマヨネーズをたっぷりかけた。

朝食が済むと、後片づけをして部屋の掃除を始めた。 既に、マリの日課になっている。

俊彦の部屋にはテレビがない。 マリはオーディオのスイッチを入れてCDをセットした。 広瀬香美の『愛があれば大丈夫』が流れ始めた。

俊彦のコレクションは洋楽とクラシックのCDばかりだったが、なぜかこの広瀬香美のCD『タイアップコレクション~広瀬香美のテレビで聞いたあの曲達~』が1枚だけ不自然に置かれているのをマリは見つけた。 それ以来、このCDを聞きながら掃除をするようになった。


 掃除が終わると、洗濯物を干した。 今日はとてもいい天気だ。 しかし、空気はかなり冷たくなっている。

 冷蔵庫の扉を開けると、牛肉がまだ少し残っていた。

「お昼は肉じゃがにしようかしら」俊彦が用意する朝食は洋風なので、昼はできるだけ和食にするように心がけていた。

 肉じゃが、茄子の味噌汁、切干大根にすりおろした山芋、キュウリの浅漬け。 そして、朝食の残りものをサラダにした。

 昼をちょっと過ぎた頃、俊彦が食事に戻ってきた。 俊彦はマリの料理を褒めて、どんぶりによそった飯にとろろをたっぷりかけて2杯食べた。

「こうしていると、普通に主婦みたいだな」俊彦が何げなく言った。

「私、そのつもりなんですけど」マリは真剣なまなざしで俊彦を見た。 俊彦は少し間をおいて、元国交省の役人が襲われた事件の話をした。 マリの顔から血の気が引いて行くのが俊彦にも分かった。

「あの人はどうなるんでしょう?」恐る恐る聞く。 俊彦は若田部から仕入れた情報も合わせて、かつ、マリが余計な心配をしなくて済むような情報だけを話して聞かせた。

「今、知り合いが彼の居場所を探している。 君には申し訳ないが、向こうの組織より先に見つけたら、自首させるつもりだ。」俊彦は付けくわえた。

「分かりました。 そうしてください。 でも、向こうが先に見つけたら?」そう聞き返したマリの表情には、覚悟を決めた潔さが表れていた。 俊彦はこういうマリの気持ちの切り替えの速さや人と接するときの雰囲気に懐かしさに似たものを感じ始めていた。

「そうならないように、最善を尽くす」俊彦はそう言うと、そっとマリを抱き寄せた。 その時、オーディオラックに置かれたCDケースにふと目がとまった。 そして、忘れようとしていた思い出がよみがえってきた。





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