異筆 土佐日記
私の主人、紀貫之は、紙の上で女になった。
『男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり。』
そう書くと、貫之は筆を置き、満足そうに一行目を眺めた。
「どう思う」
「一行目から殿が透けています」
「まだ一行しか書いていないぞ」
「だからこそ、よく透けています」
主人は不満そうに、筆の尻でこめかみをかいた。
「では、どう書けば女らしくなる」
「女房たちに聞いてみてはいかがです」
「それでは私が書く意味がない」
「でしたら、初めから私に聞かないでください」
しばらく考えた末、主人は自分で女心を考えることにしたらしい。
最初からそうしてほしかった。
◆
十二月二十一日。
土佐国司の任を終えた主人は、住み慣れた館を出た。
出たとはいっても、すぐ船に乗ったわけではない。
別れを惜しむ人々が、次から次へと酒を持ってきたからだ。
二十二日も酒宴。
二十三日も酒宴。
二十四日には講師が餞別に訪れ、夜更けまで飲んだ。
その夜の様子を、主人はこう書いた。
『一文字をだに知らぬものしが、足は十文字に踏みてぞ遊ぶ。』
文字の「一」さえ知らない者が、酔って足を「十」の字に踏み乱している。
ずいぶん意地の悪い書き方である。
「見たままを書いただけだ」
「見たままを書くのは、男の日記ではなかったのですか」
「これは風雅に整えた事実だ」
主人にとって事実には、風雅なものと、そうでないものと、絶対に紙へ載せてはいけないものがあるらしい。
絶対に載せてはいけないものの筆頭は、自分の酔態だった。
翌朝、主人は頭を押さえながら私に尋ねた。
「女ならば、長く住んだ土地を離れるとき、何を思うだろう」
「積み忘れた荷がないかと」
「もう少し情趣のあることだ」
「干し鮑を積み忘れています」
「鮑から離れよ」
「では、米俵を」
「物から離れよ」
「昨夜、殿がどなたかに差し上げた小袖のことなど」
「あれは差し上げたのではない。どこかへ紛れたのだ」
「私がしまってあります」
小袖を目の前に置いても、主人は誰かが戻しておいたのだと言い張った。
やがて自分で女心を考え、別れの悲しみを書き始めた。
本物の女たちに尋ねておきながら、その答えは一つも使わない。
主人の胸の内に住む女は、荷を数えず、酒にも酔わず、いつでも月を見て歌を詠んでいる。
ずいぶん手のかからない女だった。
◆
ようやく船が出ると、今度は風が止まり、波が立ち、港ごとに足止めされた。
主人は空と海を眺めては歌を考えた。
同行の者たちも、競うように歌を詠んだ。
一首できるたびに船が一里進むのなら、私たちは三日で京へ着いただろう。
だが、船は歌では進まない。
「羽根」という場所では、幼い女の子まで歌を詠んだ。
『まことにて、名に聞く所はねならば、飛ぶがごとくに都へもがな。』
ここが名の通りの羽根なら、都まで飛んで帰りたい。
そういう歌だった。
皆、同じ気持ちだったので、大いに褒めた。
主人も紙へ書きつけながら言った。
「歌として優れているわけではないが、心にはかなっている」
「幼い子の歌にも容赦がありませんね」
「褒めているではないか」
「先に貶してから」
「正しい評とは、そういうものだ」
「殿の歌も、同じように評してよいので」
「主の歌は、正しく褒めるものだ」
女になったつもりでも、歌人の顔だけは隠せないらしい。
大波に揺られた夜、主人は青い顔で筆を取った。
「海を恐れる女を書こうと思う」
「恐れていたのは殿では」
「私は恐れたのではない。胃の腑が海と意見を異にしただけだ」
「海へずいぶん激しく返事をなさっていましたね」
「覚えておらぬ」
翌朝、主人は何事もなかったように、月と波の歌を書いた。
実際の女たちは、夜通し転がる壺を押さえ、濡れた衣を乾かし、吐いた者の背をさすっていた。
日記の女は、波を見て歌を詠む。
実際の女は、壺を抱える。
歌より壺のほうが重いからだ。
私は主人の硯を、いつもより少し遠くに置いた。
主人は手を伸ばして、届かないと言った。
私は聞こえないふりをした。
◆
一月二十三日、船頭が言った。
『このわたり、海賊のおそりあり。』
たちまち船中の者たちは神仏へ祈り始めた。
主人も、誰より大きな声で祈った。
その夜、こう書いた。
『船中の者、皆おぢ惑ふ。』
「皆ではありません」
「誰が平気だった」
「船頭は笑っていました」
「船頭は海賊ではないか」
「その疑いは私も抱きました」
主人は筆を止め、鼻歌をうたいながら櫂を操る船頭を見た。
「やはり皆ということにしておこう」
「殿が最も怖がっていたことは」
「皆の中に含まれている」
主語を大きくすれば、個人の恥は薄くなるらしい。
国司を務めた者らしい知恵だった。
私も怖くなかったわけではない。
ただ、主人の祈り声があまりに大きく、自分の恐れに構っている暇がなかった。
海賊の噂を逃れ、難波まで来たころ、今度は住吉の神が船を進ませないと船頭が言い出した。
御幣を捧げても、風はやまない。
すると船頭は、神がもっと喜ぶ物を欲しがっているのだと言った。
主人は苦い顔をした。
『眼もこそ二つあれ。ただ一つある鏡を、たいまつる』
目は二つあるのだから、鏡の一つくらい差し上げよう。
そう言って、たった一枚の鏡を海へ投げた。
ほどなくして風は静まった。
「神の御心が満ちたのであろう」
「船頭の心も満ちたように見えます」
「何が言いたい」
「風がやむのを知ってから、鏡を求めたように見えましたので」
主人は船頭を見た。
船頭は海を見た。
私は紙を見た。
三人とも、見るべきものをよく心得ていた。
◆
旅のあいだ、主人は何度も女心を考えた。
だが、一度だけ、女ならどう書くかと尋ねなかった夜がある。
『京にて生れたりし女子、こゝにて俄にうせにしかば。』
京で生まれた女の子が、土佐で急に亡くなってしまった。
そこまで書いて、主人の筆が止まった。
墨が乾いた。
やがて主人は、歌を書いた。
『都へとおもふも、ものゝかなしきは、かへらぬ人のあればなりけり』
都へ帰りたいと思うほど、帰らぬ子のことが悲しくなる。
そういう歌だった。
私は墨をすり直した。
手元が震え、紙の隅へ一滴こぼれた。
主人は墨の染みを見た。
それから一度だけ、私の顔を見た。
何も言わなかった。
私も何も言わなかった。
◆
京へ着くと、主人は旅の記録を何度も直した。
「これならば、女が書いた日記だと思うであろう」
「どうでしょう」
「まだ私が透けて見えるか」
「初めよりは薄くなりました」
「褒めているのか」
「正しい評とは、そういうものなのでしょう」
主人は顔をしかめた。
「女にしては、歌の評が厳しすぎるのでは」
「歌に男も女もあるものか」
「ならば、初めから男として書けばよかったのでは」
主人はしばらく黙った。
「それでは、書けぬことがある」
「女なら書けるのですか」
「女というより、私でない者ならばな」
その答えだけは、少し見直した。
主人が欲しかったのは、女の姿ではなかったらしい。
自分のままでは書けないことを預ける、別の声だった。
ずいぶん遠回りではある。
だが、京までの旅も、ずいぶん遠回りだった。
主人は女の筆を置いた。
私も、男の筆を置く。
妻が夫の酔態を書けば、ただの恨み言になる。
男の従者が主人の酔態を書けば、記録になる。
そこで私は、男の従者を一人、紙の上に作った。
紙を離れれば、私は紀貫之の妻である。
主人は女の声を借りた。
私は男の声を借りた。
そして紀貫之は、船に酔った。
妻としては黙っておくべきことだが、従者としては書き残さなければならない。
お読みいただき、ありがとうございました。
創作の励みになりますので、評価・感想をよろしくお願いいたします。
『土佐日記』は、紀貫之が土佐から京へ帰る旅を、女の筆を借りて記した日記です。
「男もすなる日記といふものを――」という書き出しは有名ですが、内容を詳しく知らない方も多いのではないでしょうか。酒宴や船旅を軽やかに綴る一方で、土佐で亡くした娘への悲しみも記されています。
なぜ貫之は、女の声を借りたのでしょう。
本作では、その傍らにもう一人、別の声を借りた者がいたことにしました。
自分のままでは書けないことが、あったのかもしれません。
気に入っていただけましたら、是非、他の『続きそうな短編集』もご一読ください。




