表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョンにハローワークを開いたら魔物が面接に来た  作者: あゆと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/12

ハーピー(前職:空中伝令兵)

005 ハーピー(前職:空中伝令兵)


「前職は?」

「空中伝令兵です!」

「危険空域での航空配送経験あり、と」


 アーベルが履歴書にそう書き込むと、補佐のリィナは机に散った羽根と書類を押さえながら顔を上げた。


「局長。危険空域というのは、どの程度の危険でしょうか」

「矢と火球が飛ぶ空だ」

「配送業務に含めていい空ではありません」

「だから経験としては貴重だ」


 若いハーピーは、椅子の上で胸を張った。

 張った拍子に翼が少し広がり、机の上の紙がまた一枚浮いた。リィナが無言で押さえる。


 窓から来たわけではない。

 今回は玄関を通った。


 ただし、待合室の天井近くで順番を待っている間に羽ばたきすぎ、書類を数枚飛ばし、着席時に椅子の背へ翼を引っかけた。


 玄関から来ても、問題は起きる。

 それがハーピーだった。


 氏名はフレア。

 種族はハーピー。

 職歴欄には、大きな字でこう書かれていた。


 前職:空中伝令兵。


 リィナは飛びかけた履歴書を重しで押さえながら、フレアを見た。


「フレアさん。面接中は、できるだけ羽ばたかないでください。ここは戦場ではありませんので、翼も休ませていただけると助かります」

「急いで来たので、まだ翼が仕事中なんです」

「すぐ飛ばないための面接です」


 フレアは少しだけ不服そうに翼を畳んだ。

 畳んでも大きい。

 椅子の背に羽先が触れ、また紙が一枚揺れた。


 アーベルは判子を机の端から中央へ戻した。

 さっき一度、翼の風で転がったからだ。


「担当業務を説明しろ」

「前線と本部の間を飛んで、命令書を届けていました。敵の弓が届く高さを避けて、霧の日は低く飛んで、火矢が上がったら迂回します。負傷者が出たら後方へ知らせて、撤退命令が出たら、一番早く部隊へ届けます」


 リィナの羽ペンが止まった。


「思ったより、ちゃんと伝令ですね」

「空を飛んでいただけではないな」

「飛ぶだけなら撃たれます。飛ぶ前に見るんです。煙、塔、森の切れ目、弓兵の位置、味方の旗。あと、逃げている部隊の顔」

「顔?」

「撤退命令が間に合うかどうか、だいたい顔で分かります」


 アーベルは履歴書の空欄へ目を落とした。


 地形把握。

 敵射程の観察。

 味方の移動確認。

 撤退連絡。

 負傷報告。

 危険空域での経路判断。


「航空配送だけではないな」

「はい! 速いですけど、速いだけじゃないです!」


 フレアは得意げに翼を広げかけた。

 リィナが目だけで止める。

 フレアは途中で翼を戻した。少しだけ進歩している。


 アーベルは羽ペンを動かした。


 広域索敵経験。

 危険空域での経路判断。

 航空配送経験。

 撤退誘導補助。

 上空からの混雑把握。

 天候、煙、敵射程の観察。


 リィナが覗き込み、小さく息を吐いた。


「局長。これは、普通の配送ではありませんね」

「配送に回すと失敗する」

「危険空域で届けられるのにですか」

「速すぎる。説明を聞く前に飛ぶ。受領確認を待たない。狭い場所へ突っ込む。今の時点で配送事故の見本市だ」


 フレアが気まずそうに目を逸らした。


「命令書を届けるのは得意です」

「届けたあと、相手の返事を待ったことは」

「急いで次へ行きます」

「そこが配送員としては危ない。渡して終わりではない。相手が受け取ったか、中身が破損していないか、もう一度来る必要があるか、そこまで見る」


 フレアは、初めて怖い言葉を聞いたような顔をした。


「再配達……同じ場所へ、もう一度行くんですか」

「客がいなければな」

「戦場より難しいです」

「だから配送ではない」


 リィナが少し感心した顔でアーベルを見る。


「速度を買うんじゃないんですね」

「本人の長所は速度だけではない」

「私、速いですよ」

「速いだけなら、さっき書類を飛ばした時点で減点だ」

「あれは待合室の天井が低かったので」

「低い場所で働く仕事には向いていない」

「ぐう」


 ハーピーは翼ごとしょんぼりした。


 アーベルは求人棚から一枚抜いた。


「こちらだ」


 求人票を机に置く。

 リィナが読み上げた。


 職種:空中巡回および避難誘導補助。

 業務内容:上空からの混雑確認、危険箇所の報告、搬入経路の誘導、緊急時の避難案内。

 歓迎経験:飛行、索敵、地形把握、伝令、危険回避。

 注意事項:室内で羽ばたかない。着地前に周囲確認。書類を飛ばさない。


 最後の行で、リィナの声が少し強くなった。


「これ、今書き足しましたね」

「必要な注意事項だ」

「私のせいですか」

「お前のせいだ」


 フレアは求人票を両手で持った。

 爪が紙に食い込みそうになり、リィナが慌てて厚紙の下敷きを挟む。


「空中巡回……飛んでいいんですか」

「飛ぶ仕事だ。ただし、普段は急ぐ仕事ではない」

「飛ぶのに急がないんですか」

「飛びながら、どの通路が混んでいるか、どこで荷物が詰まっているか、どこに危険があるかを見つける。見つけたら報告する。必要なら避難誘導する」


 フレアは求人票を見つめた。

 広げかけた翼が、今度は少しだけ静かになった。


「戦場じゃないのに?」

「戦場にするな」

「見つけるだけで、仕事になりますか」

「なる。敵を撃ち落とす必要はない。矢を避ける状況も、できれば作るな。命令書ではなく、報告を出せ」


 フレアは口を開きかけ、閉じた。

 それから、少し小さな声で言う。


「私、戦場で飛ぶのは得意でした。でも、戦争が終わったら、ただ飛ぶだけになって。飛ぶと、みんな怒るんです。埃が舞うとか、荷物が落ちるとか、子どもが泣くとか」

「全部正しい苦情だ」

「局長、追い打ちです」


 リィナが小声で言った。

 アーベルは求人票を指で叩いた。


「だから、飛び方を仕事用に変えろ。速さを見せるな。上から見えるものを使え」

「上から見えるもの」

「混雑。危険。迷子。倒れた荷物。火の気。詰まった列。室内で羽ばたいて書類を飛ばすハーピー」

「最後、私ですね」

「自覚があるなら改善できる」


 フレアは求人票を胸に抱えた。

 今度は破らなかった。


「やってみたいです」

「試用期間は三日。初日は空中巡回ではなく、低空歩行研修からだ。飛ぶ前に、歩いて通路を覚えろ」

「ハーピーなのに」


 アーベルはフレアの翼ではなく、足元を見た。


「ハーピーだからだ。上から見える者ほど、足元を知らない」


 リィナの羽ペンが止まった。


「局長、たまに良いことを言いますね」

「必要事項だ」

「良いこと扱いされたくないんですね」

「業務に戻れ」


 リィナは採用仮通知の用紙を出した。

 フレアのために、通常より厚い紙を選ぶ。爪で破れにくいものだ。


 配属先:空中巡回準備班。

 雇用形態:試用。

 業務内容:通路確認、混雑観察、危険箇所報告、避難誘導補助。

 初日研修:低空歩行、着地確認、声量調整、室内羽ばたき禁止。


 フレアは最後の行を見て、少しだけ目を逸らした。


「室内、だめですか」

「だめだ。急いでいても歩け。敵襲なら警報。翼で書類を飛ばすな」

「分かりました。歩く場所を覚えます」


 リィナが印を押す。


 その音を聞いて、フレアの翼がぱっと広がりかけた。

 アーベルが言う。


「広げるな」


 フレアは途中で止まった。

 机の上の書類は飛ばなかった。


 リィナが目を丸くする。


「止まりました」

「第一改善点だ」

「私、改善しました?」

「した」


 フレアは、求人票と仮通知を両手で持ったまま、椅子から立ち上がった。


 今度は飛ばない。


 一歩。

 二歩。


 歩く。


 待合室の魔物たちが、少し不思議そうに見る。

 ハーピーが歩いているからだ。


 フレアは途中で一度振り返った。


「局長。急がない仕事、遅れたらどうなりますか」

「急ぐ前に報告しろ。飛ぶ前に、誰に何を知らせるか決める」

「分かりました。たぶん、その方が撃たれにくいです」

「ここでは撃たれないように働け」


 フレアは笑った。


「それ、いい職場ですね」


 今度こそ玄関から出ていった。

 窓ではない。

 天井でもない。


 リィナは飛び散った羽根を拾い集めながら、深く息を吐いた。


「局長。今日は判子が無事でした」

「書類は飛んだ」

「次回から天井にも注意書きを貼ります。応募者は床へ」

「ハーピー語でも書け」

「ありますか、ハーピー語」

「絵でいい。翼に罰印を描け」


 リィナは真剣にメモを取った。


 受付の外では、列がまだ続いている。

 ゴブリン、オーク、スケルトン、インプ、魔犬、そして一体だけ、やけに大きな影があった。


 リィナが次の履歴書を取る。


「次は……ミノタウロスです」


 入口の外で、太い声がした。


「入れません」


 リィナは玄関を見た。

 巨大な角が、扉の枠に引っかかっている。


「局長」

「何だ」

「玄関から来ても、問題は起きるんですね」


 アーベルは新しい求人票を取り出した。


「扉を壊す前に、面接を始める」


 どうやら次も忙しい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ