表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョンにハローワークを開いたら魔物が面接に来た  作者: あゆと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/12

業務報告書 スライム(仮採用一日目)

002.5 業務報告書 スライム(仮採用一日目)


 プルムは、石板通知を触手の先に乗せて、下層排水路の入口に立っていた。


 紙ではなく石に刻まれた通知書は、触れても溶けない。だから少しだけ安心できる。

 プルムは、そこに刻まれた文字を何度も読んだ。


 配属先:下層排水路保守班。

 雇用形態:試用。

 業務内容:詰まり除去、汚泥分解、危険物判別。

 注意事項:配管を溶かさない。作業員を溶かさない。休憩中に床を消化しない。


「配管を溶かさない。作業員を溶かさない。床を食べない」


 プルムは、ぷるぷると復唱した。


 床は場所によって味が違う。古い石、魔力のしみた土、誰かがこぼした油。プルムにとって床はただの床ではなく、大きな皿に近い。

 けれど、今日は食べてはいけない。働きに来たのだ。


 排水路の入口には、三つ目のネズミ男がいた。灰色の作業服を着て、腰に工具袋を下げている。


「新入りか」

「プルムです。冒険者は溶かしません」

「いきなり何の宣言だ。まあ、ここでは大事だな」


 ネズミ男は石板通知を受け取り、目を通した。


「下層排水路保守班、班長のチッチだ。まず言っておく。配管は俺の命だ。作業員も工具も溶かすな。工具は高い」

「高いものは残します」

「安くても残せ。床も残せ」

「床も残します」

「よし。最低限の会話はできるな」


 プルムは少しだけ丸くなった。


 第三階層の酸沼通路では、会話などほとんどなかった。冒険者が来る。沈む。溶ける。来なければ、石を舐める。それだけだった。


 チッチはランプを持って、排水路の奥へ進んだ。

 通路は暗く、湿っている。壁にはぬめりがあり、足元には黒い水が流れていた。懐かしい場所に似ている。けれど、ここには悲鳴がない。代わりに、遠くで食堂の鍋を洗う音がしている。


「今日の仕事は詰まり取りだ。食堂の排水が遅い。油と骨粉と、たぶんオークの食べ残しだ」

「食堂」

「顔を輝かせるな。業務だぞ」

「業務として分解します」

「その言い方ならいい」


 チッチは古い格子の前で止まった。


 黒い塊が詰まっている。油、布くず、骨、謎の肉片、折れた木べら。水がそこで止まり、嫌な匂いを放っていた。

 プルムの体内に、小さな泡が浮く。


「布は残しますか」

「残せるのか」

「頑張れば」

「じゃあ残せ。あとで回収する」


 プルムは黒い塊に触れた。


 油を分解する。骨粉を砕く。汚泥を溶かす。布くずは残す。木べらも残す。

 水が少しずつ動き出した。


 ちょろちょろ。

 ごぼ。

 ごぼごぼ。


「速いな」

「前職で、鎧の隙間に入るのは得意でした」

「例えが嫌すぎる。だが仕事は速い」


 プルムは丸く膨らんだ。

 今度は、はっきり褒められた気がした。


 次の詰まりは、もっと奥の細い管にあった。

 脂と石灰と、古い魔力の焦げた味がする。チッチは工具を取り出し、管の横に赤い布を巻いた。


「赤は補修済みだ。触るな。黄色い汚れだけ処理しろ。青い塊は相談」

「黄色は処理。青は相談。赤は残す」

「それでいい」


 プルムは細い触手を管の中へ入れた。

 暗い。狭い。詰まりの味がする。黄色い汚れを溶かし、青い塊の前で止まる。


「相談です」

「古い薬品だ。少しずつ」


 プルムは言われた通り、少しずつ溶かした。塊がほどける。水が動く。気持ちいい。

 もう少し。もう少しだけ。


「おい。管も食ってる」


 プルムは触手を止めた。


「食べてません。味見です」

「味見をやめろ。初日から配管を薄くするな」


 プルムは慌てて触手を引っ込めた。

 管の内側が、ほんの少し薄くなっている。


「すみません」

「謝る前に止まれ。お前、うまいが危ないな」

「前職でも、たまにそう言われました」

「前職で言われた言葉をここに持ち込むな」


 プルムは小さくなった。


 溶かすのは得意だ。

 でも、残すのは難しい。


 第三階層では、残せと言われたことがなかった。通ったものは溶かす。落ちたものは溶かす。それが仕事だった。


「おれ、向いてませんか」


 排水路の水音が、狭い通路で響いた。

 チッチは薄くなった管を見てから、プルムを見た。


「向いてる。だから見習いだ。全部できる奴は、ここに見習いで来ない。できない部分を覚えるから見習いだ」


 プルムの体内で泡がひとつ浮かび、消えた。


「明日も来い。管を溶かさない練習からだ。あと、味見という言葉は禁止」

「業務確認にします」

「それならまだ許す」


 そこからの作業は遅くなった。


 黄色は分解。青は相談。赤は触らない。床も食べない。工具も溶かさない。作業員も溶かさない。

 配管は、残す。


 最後の格子から黒い水が抜けると、食堂の方から声が飛んだ。


「流れたぞ!」

「鍋が洗える!」

「今日の粥、間に合うな!」


 プルムは動かなかった。


 酸沼通路にいた頃、誰かを溶かしても、そんな声は聞こえなかった。


「今の、おれの仕事ですか」

「そうだ。お前が詰まりを取ったから、鍋が洗える」

「粥が出るんですか」

「スライム用の栄養液もな」


 プルムの体が、ゆっくり丸く膨らんだ。


 作業が終わると、チッチが石でできた小さな食券を投げてよこした。

 プルムは慌てて触手で受け止める。


 食券には、黒い字でこう刻まれていた。


 排水路見習い。


「それを持って食堂へ行け。今日は働いた」

「床を食べなかったから?」

「そこも評価に入る。配管は明日補修する。お前も手伝え」

「行きます」


 プルムは石の食券を高く掲げた。溶かさないように。落とさないように。

 食堂へ向かう通路で、オークが大鍋を運んでいた。ガルが炭の袋を抱えて歩いていた。スケルトンが掃除用具を持ち、壁に貼られた求人票を眺めている。


 武器ではなく、仕事の道具が通路を行き交っていた。


 食堂の窓口で、プルムは石の食券を見せた。


「下層排水路です」


 食堂係のマンドラゴラが葉を揺らした。


「ありがとう。今日は鍋が詰まらずに済んだよ」


 プルムは、ぷるんと震えた。


「おれ、溶かしました」

「助かったよ」

「人じゃないです」

「それも助かるね」


 栄養液の入った小さな器を受け取る。

 飲み込むのは早かった。


 床にこぼれた一滴には、触らなかった。


 その夜、魔物職業安定所に一枚の業務報告書が届いた。


【業務報告書】

配属者:プルム

配属先:下層排水路保守班

雇用形態:試用一日目

担当業務:詰まり除去、汚泥分解、危険物判別

良好点:油脂汚れ、骨粉、汚泥の分解能力。成分判別。狭所作業

注意点:作業対象と設備の境界認識に不安あり。味見発言あり

破損物:配管一部に軽微な薄化

誤溶解:作業員なし、工具なし、床なし

復旧状況:食堂排水復旧。夕食提供時刻への影響なし

備考:明日も出勤を許可。配管を残す訓練を継続

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ