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ダンジョンにハローワークを開いたら魔物が面接に来た  作者: あゆと


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20/20

銀髪の魔族(前職:四天王第二席)

「前職は?」

「四天王第二席。知っているでしょう?」

「一個軍団規模の管理職経験あり、と」


 翌朝。

 魔物職業安定所は、いつも通り開いていた。


 ただし、いつも通りではないものもあった。


 廊下の奥にある訓練区画の扉が新しくなっている。昨日まで使っていた分厚い扉は、朝一番で木工班へ運ばれた。

 石壁には、細い切り傷が何本も残っていた。床には、銀の糸でこすったような跡がある。受付机の脚にも、なぜか一本だけ浅い切れ込みが入っていた。


 リィナは見なかったことにした。

 昨日の夜、訓練区画で何があったのか、彼女は知らない。木の食券を配り、待合室を閉め、保管庫前のミクに「今日はもう誰も開けません」と言い聞かせている間に、奥で何かが起きた。


 分かっているのは、アーベルの袖口が昨日より少し短いこと。

 銀髪の魔族の黒い外套の裾が、片側だけ焦げていること。

 そして、その銀髪の魔族が今、受付机の向こうに座っていることだった。


 昨日は椅子に座らなかった。

 今日は座っている。


 それだけで、待合室の魔物たちは妙に静かだった。


 アーベルは、何事もなかったように面接用紙へ羽ペンを走らせる。


「管理職経験は貴重だな」

「私の経歴を、管理職で片づけないでください」

「部下を持ち、戦線を維持し、非常時に判断していたなら管理職だ。求人票にはその方がいい」

「もっと恐れられる言い方があるでしょう」

「応募者が逃げる」


 リゼリアは不満そうに銀の眉を寄せた。

 その表情は、見た目だけなら菓子を取り上げられた貴族の娘に近い。けれど、椅子の脚に巻きついている細い銀糸を見れば、誰もそうは思わない。


 リィナは面接用紙の横に、厚めの求人票を置いた。

 普通の求人票では、リゼリアの視線だけで折れそうな気がしたからだ。


「職務内容を確認する。四天王第二席として、主に何をしていた」

「敵軍の足を止める。退路を断つ。騎兵を縛る。城門の鎖を切る。部隊を動かす。逃げる兵を戻す。必要なら、まとめて吊るす」


 待合室の端で、インプが自分の首を押さえた。

 ピピルは掲示板の上で口を押さえている。昨日の成果が出ていた。言いたいことはありそうだが、言っていない。


 アーベルは面接用紙に書き足した。


 大規模部隊の指揮。

 戦線維持。

 危険区域の封鎖。

 敵性対象の拘束制御。

 非常時判断。

 退避路の管理。

 高圧状況での現場統率。


 リィナは最後まで見てから、小さく息を吐いた。


「局長。かなり整いましたが、実際には部隊ごと縛る方ですよね」

「だから受付には置かない」

「受付に置く案が一瞬でもあったんですか」

「ない。確認しただけだ」


 リゼリアは面接用紙を見て、少しだけ目を細めた。


「拘束制御。危険区域の封鎖。非常時判断。私の銀糸が、少しつまらなく見えます」

「つまらなく見えるくらいでいい。魔物職業安定所の求人票だ」

「昨日から、その言い方が嫌いです」


 その言葉に、昨日ほどの棘はなかった。

 認めたわけではない。機嫌がいいわけでもない。ただ、朝になっても帰っていない。


 リィナは、そこが一番怖かった。


 アーベルは求人棚から一枚抜いた。

 警備職の棚ではなく、非常時対応の棚である。リィナが昨日のうちに増やした棚だった。訓練区画の扉が一枚なくなった時点で、必要になる気がしたのだ。


「配置案はこれだ」


 求人票には、まだ仮の文字が残っている。

 アーベルはその場で上書きした。


 職種:外縁警備および非常時対応担当。

 勤務場所:ダンジョン外縁、訓練区画、緊急時の避難経路。

 業務内容:外縁巡回、危険区域の封鎖、緊急時の避難補助、職員および求職者の退避支援。

 歓迎経験:軍団規模の管理、戦線維持、拘束制御、非常時判断。

 注意事項:平時に銀糸を広げない。施設を切らない。応募者を兵として数えない。


 リゼリアは最後の一行で、ほんの少しだけ目を細めた。


「応募者を兵として数えない」

「ここでは必要な注意事項だ」

「数えれば、兵になります」

「数えるな」

「魔族は、強い者の下に集まります。集まれば、隊になります」

「ここでは列になる。番号を呼ばれるまで待つ」

「弱そうですね」

「待てる者は強い」


 リゼリアはすぐに返さなかった。

 視線が、受付横の待合室へ動く。


 炭焼き区画へ向かうガルが、火桶ではなく炭袋を抱えている。袋の口をきちんと縛り、通路の端を歩いていた。

 下層排水路のプルムは、床に広がらないよう丸くなり、通行者を避けて進んでいる。

 ボルガは荷物を置く前に、壁との距離を確かめていた。昨日なら、たぶん壁ごと動かしていた。

 バルドは迷子のインプに近づきすぎず、三歩前を歩いて案内している。

 ピピルは掲示板の前で、読み上げたい求人票を一度見てから、リィナの表示カードを確認している。

 保管庫前のミクは、誰かが近づいても噛まず、かたんと小さく鳴った。


 昨日、リゼリアはそれを弱くなったようにしか見えないと言った。

 今朝も、強くなったとは思っていない顔だった。


 ただ、見ていた。


「戦場なら、全員遅いです」

「ここでは、止まれる方がいい」

「……それは、昨夜聞きました」


 リゼリアの目が、アーベルの袖口へ落ちた。

 切られた布の端が、まだ少し焦げている。


 リィナは羽ペンを握り直した。

 聞きたいことはあった。山ほどあった。けれど、聞かない方がいいことも、職場にはある。


「私は、この場所を認めたわけではありません」


 リゼリアは静かに言った。


「求人票も、食堂当番表も、噛まない宝箱も、まだ変だと思っています。魔物を兵に戻さず、別の仕事に置くことが正しいとも、まだ思っていません」


 そこでリゼリアは、少しだけ顎を上げた。

 小柄な体に、昨日と同じ圧が戻る。けれど、銀糸は広がらない。椅子の脚に巻いた一本だけで止まっている。


「ですが、魔族は強い者に従います。弱い者の理屈には従いません。強い者が作った場所なら、しばらく見ます」


 それは納得ではなかった。

 服従でも、協力でもない。


 魔族としての筋だった。


 アーベルは求人票の下に、仮採用欄を作った。


「では、外縁警備および非常時対応担当として仮採用する」

「見張るだけです」

「見張りも仕事だ」

「あなたが、ここを弱い場所にするなら止めます」

「必要なら止めろ。ただし、施設は切るな。応募者も吊るすな。掲示板も切るな」

「注意事項が増えました」

「増やされる側に原因がある」


 リゼリアは不満そうに唇を結んだ。

 だが、求人票を破らなかった。


 それだけで、リィナは今日の分の業務が半分終わった気がした。


 アーベルは仮採用通知を差し出す。

 リゼリアはすぐには受け取らなかった。細い指が、紙の上で止まる。


「これを受け取ると、私はあなたの部下ですか」

「職員だ」

「弱く聞こえます」

「給与が出る」

「……給与」


 リゼリアの銀の睫毛が、わずかに下がった。


「四天王にも、給与が出るのですか」

「働けば出る」

「魔王様からは、領地と兵を預かっていました」

「今はダンジョンで、ここは魔物職業安定所だ」

「またそれを言う」

「必要だからな」


 リゼリアは仮採用通知を受け取った。

 紙を折らない。破らない。銀糸で切らない。

 ただ、端をつまむ。


 その持ち方が妙に慎重だったので、リィナは少しだけ息を吐いた。


 問題は、求人票を掲示板へ貼る時に起きた。


 リゼリア用の求人票は、今までのものより明らかに物々しかった。

 外縁警備および非常時対応担当。

 軍団規模の管理。

 拘束制御。

 非常時判断。


 その中にある「施設を切らない」という一行だけが、妙に生活感を出していた。


 ピピルが掲示板の上からそれを見下ろし、口を開きかける。

 リィナは無言で表示カードを掲げた。


『そこまで』


 ピピルは口を閉じた。

 昨日より早かった。


 リゼリアはその様子を、少し不思議そうに見ていた。


「止まれるのですね、あの妖精」

「昨日からだ」

「昨日までは止まれなかったのですか」

「昨日からだ」


 アーベルがそう答えると、リゼリアは掲示板へ視線を戻した。


 外縁警備および非常時対応担当。

 試用中。


 自分の求人票を見ている顔は、認めた顔ではなかった。

 だが、帰る顔でもなかった。


 待合室の空気が、少しだけ戻る。

 ゴブリンが列に戻り、インプが受付机の下から出てくる。バルドが手持ち看板を持ち直し、ミクが保管庫前で静かに蓋を閉じた。


 リィナは次の番号札を見た。

 今日も列はある。相談もある。求人もある。食堂の鍋も、もうじき昼の準備に入る。


 リゼリア用の求人票が、掲示板の端に貼られた。


 外縁警備および非常時対応担当。

 試用中。


 その下で、ピピルが何か言いかけ、リィナの表示カードを見て口を閉じる。保管庫前のミクは、近づいたインプに噛みつかず、かたんと鳴った。バルドは迷子を倒さずに案内し、ボルガは荷物を置く前に床を見た。プルムは壁際を丸くなって進み、ガルは炭袋を抱えたまま食堂の列へ並んでいる。


 スケルトンのカランは、掲示板の前で求人票の数を数えていた。

 ハーピーのフレアは、飛ばずに歩いて通路を確認していた。

 サキュバスのメルは、相談室の扉の前で、言葉を出す前にリィナを見た。


 戦場なら、遅すぎる。

 けれど、ここでは誰も走っていなかった。

 誰も噛んでいなかった。

 誰も壁を動かしていなかった。

 誰も求人票を盛っていなかった。


 リゼリアは、その光景をしばらく見ていた。


「弱くなったわけでは、ないのですね」


 声は小さかった。

 認めた声ではない。

 けれど、昨日の怒りだけでもなかった。


 アーベルは新しい面接用紙を一枚出した。


「次の応募者を呼べ」

「はい、局長」


 リィナが受付へ戻る。

 掲示板の端には、四天王用の求人票が貼られている。食堂からは鍋の音がして、炭焼き区画からは煙の匂いが届き、保管庫前ではミクが静かに蓋を閉じていた。


 魔王軍の退避拠点は、もう軍を集める場所ではなかった。


 ここは、魔物職業安定所だった。

お読みいただき、ありがとうございます。


ここまでで第一部完結となります。

魔物職業安定所に並んだ魔物たちが、それぞれ少しずつ「仕事」を持つところまで書くことができました。


第二部以降の構想もありますが、続きにつきましては反響を見ながら考えたいと思っております。


少しでも面白いと思っていただけましたら、評価・ブックマーク・感想などで応援していただけますと、とても励みになります。

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