未来からのお客さん①
ある日。困惑顔の汐が家にやってきた。
「妖界からお客様がお見えのようなのですが……」
「俺に? 柊ちゃんに、じゃなくて?」
「ええ。ただ、雉里家の方のようなのですが、仰っていることがよく分からず……奏太様のお知り合いのようだからお呼びするようにと、柊士様が……」
「雉里って、璃耀さんの家の人ってこと? 俺、そんな知り合い居ないけど……」
妖界に知り合いが居ないわけではないが、心当たりが一切ない。
「ひとまず、ご本家にお越しいただけますか?」
汐の言葉に、奏太は渋々、重い腰を上げた。
本家に着くと、使用人の村田がパタパタと出迎えてくれた。汐と同様、困惑しきった顔だ。
「どちらからいらっしゃったのかも分からず、本当に突然現れたのです」
「……それ、なんか怪しくないですか? さっさと妖界に送り返した方が――」
「一応、問い合わせは既に入れているようですよ」
不意に亘の声がして振り返る。
「あれ、亘も呼ばれたの?」
「本人は雉里の者だと言っていますが、身元不明の妖ですから、護衛が必要でしょう?」
「亘は心当たりあるの?」
基本的に妖界が関連するときには亘が常に一緒にいる。奏太の知り合いなら、亘も知っているハズだ。しかし、亘も首を捻るばかり。
「そのような方に覚えはありませんが、ひとまずお会いしてみるしかありませんね」
村田に案内された部屋。声をかけると柊士から、入って来いと返事が戻ってくる。引き戸をすうっと開けて、中の様子を確認すると、そこには、柊士と護衛役の淕、那槻、葛、案内役の栞。さらに、戸惑い顔の巽と椿。その向かいに、豪奢な着物姿、紫紺色の長い髪の美形俳優もかくやというほど、綺麗な顔つきの男が口元を扇で隠して座っていた。更に、その後ろには薄茶の髪の護衛と思しき武官も一人。
「えぇっと……お客様って聞いたんだけど……」
どちらも見覚えのない顔。けれど、紫紺色の髪の男の方は、目を大きく見開き、扇をパッと投げ捨てた。
「奏太様!」
突然名前を呼ばれたかと思えば、勢いよく立ち上がり、奏太の方に駆け出す。
「えぇ!?」
声を上げる間もなく、亘が奏太とその男の間に入り、こちらに伸ばされた手をパッと掴んだ。
「どちらの方か存じ上げませんが、守り手様に不敬では?」
「私はその方にお話があるのです。手を放していただけますか、亘殿」
「もう一度申し上げます。何処のどなたか存じませんが、守り手様に不敬です。どうぞ、お下がりください」
亘がギリリと手首を捻り上げると、男は表情を歪めた。
「やめろよ、亘。お客さん、なんだろ?」
問うように柊士に目を向けると、柊士は肩を竦める。
「お前の知り合いじゃないのか?」
「……いや、知らない」
奏太が言うと、男はショックを受けたような顔で奏太を見つめた。けれど、知らないものは知らない。そんな風に見られても困る。
すると、男は亘の手を振り払い、その場に膝を折って頭を垂れた。
「雉里燐鳳と申します。未来の世、妖界で貴方様の側近を務めさせて頂いております」
「……は? 未来? それに、雉里の家の者が俺の側近……?」
未来だなんて荒唐無稽な話。それに加え、雉里は妖界の帝を支える家系。それが何故、人界の守り手の側近なんてしているのか。
「追い返された方がよろしいのでは? 柊士様。何故このような不審者を招き入れたのです?」
亘が声低く問うと、恐る恐るといった様子で巽が震える手を上げた。
「あ……あの……たまたま外で会ったのを、僕が連れてきちゃったんです……なんか、僕らのこと、知ってるっぽかったし……よくわからないまま理詰めされて、断れなくて……その、柊士様に助けを……」
「護衛役志望が、不審者一人追い返せなくてどうする?」
「……申し訳ございません……」
亘の言葉に、巽はシュンとした様子で小さくなった。
「それで、俺に何の御用ですか?」
頭を下げたままの燐鳳に声をかけると、亘が「奏太様!」と鋭い声を上げた。けれど、追い返すにせよ、目的がはっきりしないのは気持ちが悪い。
奏太の言葉に、燐鳳は顔を上げ、縋るような目でこちらを見た。
「過去の貴方を、知りたかったのです」
「はい? 俺を?」
奏太は首を傾げる。
「……私だけが、過去の貴方を知らないのです。亘殿も、椿殿も、汐殿も、巽殿でさえ、人界で過ごされていた貴方を知っているのに、私だけが……」
「……僕だけ、なんか扱いおかしくないですか……? 僕だって奏太様の護衛役補佐なのに……」
巽がぼやくように言うのが聞こえたが、燐鳳は完全無視だ。
「僅かな間だけでも結構です。貴方にお仕えさせてください。貴方がこの人界で、何を御覧になり、何を思い、どう過ごされてきたのか、この目で確認したいのです」
「……いや……お仕えって言われても……役目でも入らない限り、やってもらうこともないんだけど……ていうか、役目が入ったところで、亘達がいれば十分だし……」
奏太がそう言いかけたところで、背後の引き戸がスパンと勢いよく開いた。
「燐鳳殿! ダメですって、勝手に動いたら! 縁さんも止めてくださいよ!」
そこに居たのは、慌てた顔の巽。
――もう一人の。
皆がぽかんとした顔で、引き戸を開けた巽と、椿の隣に座る巽を見比べる。
「……え? 僕……?」
唖然と呟く巽。その声に、引き戸にいる方の巽が、あからさまに、しまった、という顔をした。
「あ、え、えぇっと……」
そう言いつつ、巽は視線をさまよわせる。しかし、すぐにピタリと奏太に視線をとめると、「……奏太様」と、口元で小さく呟き、瞳を潤ませた。
さらにそこへ、武官が一人、やってくる。
「柊士様、妖界に問い合わせたところ、璃耀様から、燐鳳と言う名の親族はいるが、齢五つの子どもだと……」
その言葉に、柊士は深い溜息をついた。
「一回、状況を整理する必要がありそうだ。そっちの巽も座れ。話を詳しく聞かせてもらう」
柊士の言葉に、戸側にいた巽は、気まずそうな顔で「はい……」と小さく言った。
「――つまり、今からずっと先の未来で、奏太は妖界でも役目を担ってた。その側近が璃耀の甥で、時を操る妖界の術者の力を借りて過去の奏太を知るためにやってきた。その目付役に巽がつけられた、と」
「……概ね、そんなところです……」
柊士のまとめに、未来の巽が小さく頷いた。
「ねえ、ずっと先の未来って、どれくらい未来なの?」
奏太が問うと、巽はフルフルと首を横に振った。
「申し上げられません。今、奏太様がどうなさっているかも……」
「何で?」
「……制約に、触れるからです」
巽の言い方は、どうにも歯切れが悪い。
「でも、わざわざ俺を見に来たってことは、未来で何かあったんじゃないの?」
「どうか、今は何も聞かないでください。燐鳳殿が納得したら、素直に帰りますから……というか、術者の都合で三日ほど経たないと帰れないんですけど……」
当の燐鳳は、投げ捨てたはずの扇を広げて口元を覆い、冷たい目で柊士を見ている。そういえば先程、護衛が仕方がなさそうに拾い上げていたっけ。
「それにしても、『柊士様』とは、どのような方かと思えば……随分と『平凡』な方なのですね」
「未来の奏太が何を言ったか知らないが、生憎、こっちは普通の人間なんでな」
柊士はそう言いつつ、何故か奏太をジロッと睨んだ。
(身に覚えもないのに、そんな目で見られても……)
「燐鳳様。四貴族家の方とはいえ、柊士様に無礼が過ぎるのでは? 人界と妖界で隔たりはあれど、四貴族家は主上の血族である日向の守り手様方を仰ぐ御立場のはずです」
柊士第一主義の淕が苛立たしげに燐鳳を見る。しかし、巽は燐鳳と淕を見比べながら眉尻を下げた。
「……あの、淕さん。未来の世だと、少しだけ、その色が薄まってしまってるんです……あと燐鳳殿は、何れにせよ奏太様しか目に入らなくて……」
その言葉に、柊士が呆れた声を出した。
「白月に対する璃耀と翠雨と同じか。これだから、妖界の連中は」
「まあ、三割、燐鳳殿本人の性質、三割、璃耀様の教育、残り四割は、奏太様の無自覚に相手を誑し込む性質のせいですが」
「えぇ、俺? まさか、ハクじゃあるまいし!」
奏太が声を上げると、未来の巽は胡乱な目を奏太に向けた。
「本当にそう言い切れますか? 御自分の胸によくよく手を当てて考えてください。今思えば、この頃から、奏太様にはその芽があったんです。僕は、それを無視してこんな怪物が育つまで放置していた自分を殴りたい」
今度は未来の巽が過去の巽を睨んだ。
そこへ、不意に涼やかな声が聞こえてきて、未来の巽と過去の巽が同時にビクッと肩を大きく揺らした。
「巽殿?」
扇の縁から覗いた目が弧に細められる。その中の瞳が、鋭く未来の巽を射抜いていた。
「……も、申し訳ございません……調子に乗りました……」
肩を窄めて小さくなる巽を見るに、随分と燐鳳に尻に敷かれているらしい。
柊士は面倒そうに二人を見やったあと、トントンと机を指で叩いた。
「奏太、お前はしばらく、この家に滞在しろ。得体のしれない奴を家に連れ帰らせるわけにはいかないが、お前から梃子でも離れそうにない」
「……うーん……まあ、良いけど……」
奏太は困り顔で燐鳳を見る。
「その間、こっちの仕事を手伝え。どうせ暇だろ」
「えぇ、書類仕事は無理だよ。御役目なら行くけど」
「安心しろ、里の視察だ」
「榮の相手はもっと無理だよ!」
悲鳴をあげた奏太に、未来の巽もまた、目を見開いて絶望的な声を上げた。
「榮様の相手は勘弁してくださいっ! 死者が出ますからっ!」




