6.端緒
死体。死に取り込まれた身体。あるいは無価値となってしまったモノ。
死者。生との対極――彼岸でしか存在を許されないモノ。
わたしにとって、死というものはどこまでも身近にあって、遥か遠い存在のはずだった。
「じゃあ、何故わたしは話せているの? 死者は言葉を解さない」
「それは貴女が一番知っていることでしょう?」
質問に質問を返さないで!
そう叫んでしまいたかった。何もかもを忘れて、駄々をこねる子供のように。だがわたしは知っている。これは『埋葬』なのだ。
『埋葬』。死者を繋ぎとめることが出来る、古代人の秘中の儀。彼らは一時だけ言葉を話す権利を(あるいは義務を)与えられる。安らかな眠りを蹂躙するそれは、この世界に住まう人間たちの傲慢さだと断言できる。彼らは知らないのだ。この満ち足りた感情を。
この満ち足りた感情?
ぞっとした。自分の思考に。そんな隙を与えまいと、男がのっぺりとした声を出した。
「死者はぼくらとは違うルールで動く。制約と言っていいかもしれない」
「制約?」
「そう。現在君は古代語しか解さない。それも制約の一つ」
「古代語」
「ほかにもいろいろとあるんだけれど、説明をする必要はないね?」
それが既定された未来だから――そう男は結んだ。
どこまでも現実味のない話だ。しかし、わたしは自身の掌を見て納得せざるを得なかった。
先ずは受け止めること。そして考えること。
相変わらず思考はぼやけ、理論を上手く形作ることが出来なかったが、認めるしかない。
現状を整理するために、言葉を紡いだ。
「わたしは既に死んでいる」
「イエス」
「わたしは『埋葬』されている。現在進行形で」
「イエス」
「わたしがこの場にいる理由は?」
「それは世界に聞いた方がいい」
「では世界。わたしは何故この場に招かれたの?」
「その言い方は正確ではない。あなたは招かれたわけではなく、自身の意思でここにいる。いや、ここに存在している」
「そんなはずがない。だってわたしは……」
その次の語句を、わたしは継げずにいる。
わたしは、どうやってここに来たの?
「あなたがここに迷い込んだ理由。それはどうでもいいの。今現在、ここにあなたが存在している、それが全てなのだから」
何もかもが分からない。だが、そうやっていても話は進まない。だったら聞かせてもらおうじゃないか。彼女らしい前向きさで決心した瞬間、世界が笑った。「それでいいの」そう付け加えて。
思考を読まれているという現状。得心はしかねるが、理解はした。
この世界を受け入れる。それだけで、わたしの心はかなり軽くなった。
「宜しい」
どこか厳かな声音で男が言う。遠い遠い昔に聞いたことがあるような声だった。
いつの間にか、彼の手には一冊の本が握られている。いや、彼の大きさから考えると、つまんでいる、と言った方が正確か。ともかく、その本には見覚えがあった。
真黒な装丁。言語化が出来ない、不可思議な色でタイトルが彫り込んである。
「クリウッド戦記」
古代語で記されている表題。真っ暗ながらんどうから、右手だけが出てきてそれをイルミナに放った。そんな記憶がどこからか湧いてくる。
「だから、本はもっと大事に扱いなさいよ」
思わず口を突いて出た言葉に、わたしは驚いた。「いい傾向だ」男か世界か――あるいは褐色の瞳をした誰かが優しく言った、そんな気がした。
「それでは始めよう。すべての発端である、クリウッド戦記……その作者であるローラン・クリウッドの物語を」
感想をいただけると励みになります。




