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冬の森の死体安置所  作者: 山田太朗
第Ø幕 はじめてのおるすばん〜ザックの長い一日〜
43/75

あるいは雪でいっぱいの海

 ザック・ノーガーという男を語るのに、多くの言葉はいらない。

 無口で、無骨。

 この二言だけで、彼をある程度は知ることができるだろう。


 しかし、彼だって人間だ。怒りもすれば、楽しい時に笑ったりもする。それを目にするのには、それなりに長い付き合いが必要ではあるが。


 常時雪が降り続ける冬の森。

 その中にぽつんとある死体安置所が彼の職場兼住居だった。

 ザック・ノーガーは十数年前にこの森に足を踏み入れて、その名を与えられてからは一度も外に出たことはない。それを不便に思うこともなかった。食料や衣服などは、彼の雇い主でもあるギルドから定期的に送られて来ることになっていたし、元々他人にあまり興味がない彼だったので、滅多に人が訪ねてくることがないこの冬の森は、楽園とも言える場所だった。

 何より、この地にしか存在しない特殊な材木が好きなだけ使えるというのがいい。彼の唯一の趣味である木工細工作りが好きなだけできるのだ。

 

 その日も、ザック・ノーガーはいつものようにリビングの暖炉前で同僚に頼まれている本棚を作っていた。

 同僚――イルミナ・ロッキンジー。

 彼は女が男以上に苦手だった。耳障りな声で常に話し続け、ちょっとでも疑問に思ったことがあれば、子供のように簡単に質問をする。そのくせ、ほんの少しでも興味が削がれれば途端に無口になる。こちらの都合など微塵も考えていないのだろう。もちろん、そういった女ばかりではないのだが、ザックが会ったことのあるのは、大抵そんな人間だった。

 イルミナだって口やかましかったが、人との距離のとり方を心得ているのか、ザックにそこまで深入りしてこない。


 ――こんな女もいたんだな。


 珍しい生き物を観察する気持ちで、いつしか彼は気づけば彼女の姿を追っていた。

 しかし、その少女は今はいない。長期休暇とかで、田舎に帰っている。その代わりに――。


「あ、これどこに置けばいいっすか?」

 先ほどから大きな物音を立ててザックの前を何度も往復している少女が、彼の前に鍋が差し出した。臨時の管理人としてギルドから来ている女だ。この特殊な死体安置所では、イルミナがいないからといって、仕事をしないわけにはいかない。今までは彼女が休暇をとることがなかったので、必要はなかったが、今回は一月以上不在となるので、さすがに代理が必要というギルドの判断だった。


 この少女は、名をプリエト・サンダーランドという。

 サンダーランド家といえば、以前に王家に嫁いだ者もいる貴族の名門だ。世事に疎いザックですら知っている。しかも、彼女は本家の長女。いつかは婿をとり、侯爵夫人となる人物だ。

 だが、この少女には貴族らしさというものが全くない。華奢な身体つきをしていて、イルミナとは対照的に黒髪を短く刈っているので、少年のような印象を受ける。服装だって似たようなものだった。薄いグレーのニットに、麻のパンツは足の付け根辺りでカットしているため、少々目のやり場に困るほど。「雑務をこなすために呼ばれたんすから、動きやすい恰好をするのは当然っすよ」とは本人の弁だ。

 プリエトはちょうど座っているザックの前で、のぞき込むような姿勢でいる。そのため、胸元が大きく開いたニットから豊かな乳房がかすかに見えた。イルミナとの一番の違いは(彼女が聞いたら三日は食事が与えられないだろうが)その身体つきだった。華奢ではあるのだが、出るところは出ている。ザックも、女にあまり興味がないとはいえ男だ。その辺りの配慮がないところも、この奔放な少女が苦手な要因ではある。


 ザックはため息をつき、キッチンを指さした。

 これで何度目だろうか。

 彼女は、ことあるごとにザックに質問を投げかける。それは比較的重要なものもあったが、大半はどうでもいいことばかりだった。ザックがそれらに短い単語や、仕草で答えるたびに、少女は何が楽しいのかにっこりと笑う。奔放に振る舞う姿や、笑うと、もともと細い瞳が糸のようになるので、この少女のことをザックはこっそりと「猫」と呼んでいた。

 彼は人間を動物に例えるというよく分からないことを好んだ。ちなみに、イルミナは「犬」――小型犬だった。

「センパイって全くこっち見ないっすよね。ひょっとして女に興味ないとか?」

 プリエトが、そのままの体勢でザックの鳶色の瞳を見つめる。頬を膨らませ、不満を表していたものの、その瞳はいたずらを自覚している光があった。

 ザックはそれには取り合わず立ち上がった。日課である、死体安置所の確認をする時間だ。

「あ、センパイどこ行くんすか?」

 その後ろをプリエトもついてくる。まるで、餌を欲して足元にまとわりつく子猫のようだった。


 ――我ながら、上手いたとえだな。


 そう考えるが、もちろん言葉には出さない。代わりに、プリエトに向き合い手を突き出した。

「ここから先は立ち入り禁止だ」

 この少女が出向してきたのはたった三日前だったが、ここのルールはある程度は教えてあるし、ギルドから聞いているはずだったので、不満そうに眉根を寄せたものの、何も言わずに鍋をキッチンに持ってゆく。

 イルミナとは違って、彼女はザックのやることに異を唱えたり、質問したりはしない。元々聡いというのもあるのだろうが、それよりも貴族としての側面が強いのだろう。

 この、冬の森の死体安置所で行われること()()()知っているに違いない。

 とはいえ、ザックは微妙な違和感を覚えながら、モルグへと続く鉄扉に手をかけた。


 

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