結婚したい凡庸な女の子
その日、メアリーは嫌な予感がしていた。
目覚めが悪くて、内容は思い出せないけれど良くない夢を見ていた気がする。
寝癖が落ち着かずに四苦八苦していたら、朝食をろくに摂る時間がなくてデザートにありつけなかった。
学校では先生の質問に答えられず、忘れ物もしてしまった。
運勢で言えば凶。なんだかついてない。
放課後。クラス替えがあったばかりで、まだ親密とも言えない同級生の女の子の一人から婚約者ができたと告白された。頬を染めて照れたように話す様子から、婚約者が魅力的でたいそう好いていることが伝わった。
いいなぁ。
メアリーにはまだ婚約者がいない。
少し歳の離れた兄が今春結婚したので、メアリーは学園を卒業次第、速やかに結婚して家を出るのが理想だ。兄夫婦は急がなくて良いと言ってくれるが、子どもが生まれたら手狭な我が家ではそうはいかないだろう。
早く相手を見つけたい。メアリーは焦っていたから同級生に少し嫉妬した。
いけない。友達を祝福できないなんて嫌な子だ。
やっぱり今日はついてない。
そんなことを思いながらぼんやりと女の子たちの話を聞いていたら、どうやらその婚約者にみんなで会いに行くことになったらしい。
「セドリック様は騎士科の3学年に在籍してらっしゃるの。今日は内輪のトーナメント試合があるのよ。今から見に行かない?」
女の子たちは一も二もなく賛同した。
友人が誉めそやす婚約者への興味と、普段はなかなか理由がなければ寄り付けない騎士科の男性目当てだろう。婚約者を応援する友人の同行なら自然な形で男漁りができる。
メアリーも素敵な人に出会えるかもしれないと淡い期待をした。
ぞろぞろと騎士科専用の広場に行くと、トーナメントの最終試合が始まるところだった。
一般学科はメアリーたち同様に授業が終了していたためか、多くの観客で賑わっていた。
「あ、ロザリー嬢。セドリックの応援ですか?」
近くにいた騎士科の生徒が親しげに話しかけてきて、ロザリーが笑顔で答える。
「トーマスさま、お久しぶりです。クラスメイトのお友達と観に来たの」
「ロザリー嬢の友達?」
「わ、かわいい!!」
「ロザリー嬢、こちらへ。セドリックがよく見えますよ」
周囲の男子生徒が恭しく私たちを案内してくれる。どうやらこちらが男子に飢えているように、向こうも女子に飢えているようだ。
メアリーは人目を惹くような美人ではないがブスでもない。女子のグループ内では大人しめな性格もあって埋没しがちだが、よく見たらそれなりに整った容姿だと自負している——まぁつまり地味ってことなんだけれど。
なので優しくされると素直に嬉しい。いい気分で男性達に囲まれながら席についたその時。
「皆さん、小腹が空いていません? わたくし家のものに軽食を用意させていますの。ぜひ召し上がってくださいな」
ロザリーが告げると、専用のメイドがサッと出てきて用意を整える。騎士科の生徒達向けにハムや玉子のボリュームのあるサンドウィッチを、わたしたち女子には彩り豊かな甘い菓子を振る舞った。
あまりにも段取りが良く見事なもてなしに驚愕し、最初から『その予定』だったと知る。
男性陣はすっかり胃袋を掴まれ、ロザリーを格別に扱う。言動の隅々から婚約者の身分の高さも垣間見えた。
女の子達は流行りのお菓子に目がなく、圧倒的な女子力の差を見せつけられたにも関わらず嫉妬なんて皆無。女子はあまりにも強い女子を崇拝するものだ。
我がクラスの女王はロザリーで決まりだな。このままグループに在籍して、あわよくばおこぼれに預かれたら御の字だと思った。
「美味しい」「素敵」とみんなロザリーを褒めそやす。メアリーも続くけど本当のところ、配られた綺麗なお菓子に口をつけるも味がしなかった。なんとか社交についていかなくちゃと必死で。
「きゃああああああ!!」
黄色い声援に促されて試合会場に目を向けると、両者が接戦の鍔迫り合いを演じていた。
片方が金髪に白衣を纏い、片方が黒髪に黒衣を纏っている。
どちらも同じ学生とは思えない見事な剣捌きで、お互い一歩も引かない。
メアリーはなぜか白衣を纏った金髪の方が気になった。
剣を向けられればヒヤッとし、相手に向かえば拳を握りしめてエールを送ってしまう。
騎士科の生徒たちは白・黒・赤の3色の衣のいずれかを纏っている。クラス別か何かの識別だろう。
案内してくれた男子学生たちは白衣を纏っている。ロザリーたちの様子から婚約者は白衣を纏った金髪の男性だろうと推測する。メアリーは無意識のうちに周囲に釣られて白衣の男性を応援していたのか。
その時、白衣の男性が切り込んで来た黒衣の男性を上手く模擬剣でいなし、場外に突き飛ばす。
笛が鳴り、練習試合なのでこれにて終了。ロザリーの婚約者の勝利だ。
周囲が沸き立ち、メアリーもホッとする。
「優勝おめでとう」
「ロザリーさんの婚約者、とっても素敵ね」
「ありがとう。彼、後継なのに騎士志望なの。怪我をしないか不安だから本当は辞めて欲しいんだけれど……」
「優しいのねロザリーさん。でもセドリック様は強いから大丈夫よ」
「相手も敵じゃなかったわね」
祝福を我が事のように堂々と受け入れ、ロザリーの誇りに満ちた顔。
チラリと試合会場に目を向けると、白衣の男性が黒衣の男性に手を差し伸べて起こし、お互い笑い合って軽く抱擁していた。試合だから緊迫していたが、終われば同じ切磋琢磨する学生同士。
そんな彼らを微笑ましく、また未来を担う同じ学生として誇りに思うメアリーだが、女の子達にとっては終われば関心がないらしい。見向きもせずに歓談を楽しんでいる。
少しの違和感を感じつつもメアリーも同調する。
メアリーは今年で16歳。あと2年で学園を卒業するが、今年はデビュタントを控えている。結婚相手を見つけなくちゃいけない。
メアリーは取り立てて頭が良いわけでも、利発な性格をしているわけでもない。容姿も普通。自分が凡庸であることはよくわかっている。結婚において武器になるのは若さと、伯爵家の娘であることくらい。
周囲の環境が目まぐるしく変わっていくことに強い焦りを感じた。