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自由の魔法使いは夜明けを希う  作者: 長久保いずみ


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エピローグ②

 虹の霧を突破し、グラウたちは再び屍竜山脈を越える。


 月明かりに村の教会の陰を認めたグラウは、ぱちりと目を開けた。


「え、なんで人が集まってんの?」


「え、マジ?」


 パスカルたちも慌てて下を見やる。


 教会の周辺に、村人たちが集まっていた。教会は冠婚葬祭以外で使うことがまずない。それ以外では、亡命者の受け入れを担うポータルと繋がっている。かくれんぼや秘密の相談で訪ねる村人はいても、こんな風に集まっているのを見るのは初めてだった。


 老若男女を問わず、毛布を持ってきたり鍋を持ち寄っている。中にはバーベキューの準備をしている者もいた。宵越しの準備は万全である。小さな子どもたちはさすがに寝落ちしているが、両親にしがみついて離れないのが遠目でもわかった。


「ど、どうなってるの?」


「嘘でしょ、みんな待ってたの?」


「緘口令敷いてたのに!?」


 五人がネヒターに乗り込むと知っているのは、せいぜい三人ほど。皆口が堅いと信を置いていたのだが、これはどういうことなのか。


「帰ってきたぞ!!」


 村人の一人がグラウたちを見つけて叫ぶ。起きていた全員がババッと勢いよく頭上を見上げ、歓声が上がる。


 できるだけ急いで、でもゆっくりと着地した五人は、あっという間にもみくちゃになった。


「よかったー、みんな無事だった!」


「心配したんだぞ!」


「水臭いじゃないの! 一言くらい言ってくれればいいのに!」


「いやいや、ちょっと待って!」


 パスカルが両手を振り上げて制止した。


「なんで集まってんの!? ていうか、なんで知ってんの!?」


「そりゃあ、あからさまにみんなソワソワしてたし」


「グラウなんか仕事に身が入ってなかったよな」


「なんなら出発の時とか窓から見えたし」


「うそぉん……」


 パスカルが膝から崩れ落ちた。


「むしろ、出発の時まで黙って待っていてくれって俺らが頼んでたのにな」


「村長ってたまに肝心なところが抜けてるよなー」


 口止めしていたはずの村人からさらに追い打ちをかけられて、首までがっくり項垂れた。


「いや、っていうかさ」


 ディートリヒがグラウを支えたまま、ためらいがちに手を挙げる。


「その調子だと、みんな一緒に乗り込む気だったんじゃない?」


「「「当たり前じゃん」」」


 なにを言ってんだこいつは、と村人たちが醒めた目を向けてきた。


「相手が女王とか悪魔とか知ったことか。グラウを傷付けたんだから一発ぐらい殴ってもいいだろ」


「なんなら魔法で脅かしちゃいましょうよ。妖精も誘えば来るんじゃない?」


「屍竜山脈が邪魔してるだろ。どうするんだ?」


「そこは精霊様の助力を仰いでだな……」


 すでに終わった話を、みんなが和気藹々と盛り上げる。むしろグラウ本人より殺意が高い。彼がドン引きしているのに誰も気付いていなかった。


「グラウ!」


「うわっ!?」


 その合間からヘレンが飛び出してきて、グラウに抱き着いた。


「ああ、よかった! 無事だったのね!」


「う、うん……あの、苦しい……」


「ああ、ごめんね」


 お腹を圧迫しないように体はずらしているが、顔が胸の間に埋まる。腕を軽く叩いて、ようやく解放された。息が楽になる。魔力を返還したのでもう簡単には死ねない。さすがにこんな間抜けな死はごめんだった。


「ヘレン、あんまり動くなって」


 ようやく駆けつけたセドリックが、妻に毛布をかける。


「大丈夫よ。この子もグラウに会えて嬉しそうにしているし」


 ヘレンが自分のお腹を撫でる。


「ね、お兄ちゃん。……って、グラウ!?」


「ど、ど、どうした!?」


 微笑みかけたヘレンとセドリックがギョッと目を剥いた。


「へ……?」


 ぽかんとした声を出したグラウは、その声が思った以上に出なくて驚く。


 喉が痛い。頭も痛い。でもそれ以上に心臓が熱くて痛い。


「えええええ、グラウ、なんで泣いてんだ!? ちょっ、誰かタオル!!」


 顔を覗き込んだパスカルが悲鳴じみた声で指示を出す。にわかに騒がしくなって、遅れて自分が泣いていることに気付いた。


「どうしたのグラウ!? まだ傷が痛むの?」


「とりあえずうちに運ぶぞ! 歩けるか!?」


「ま、ま、待って」


 マーガレットとディートリヒが背中を押す。グラウはたたらを踏んで、強引に歩みを止めた。


「……グラウ?」


 リリィが気遣わしげな声を出す。屋敷からなぜかバスタオルを山ほど持ってきた女性陣が、そのうちの一枚をグラウに押し付けてきた。


 柔らかい生地が涙を吸い上げる。それで乱暴に顔を拭って、無理やり涙を引っ込める。


 ああ、そうだ。帰ってきたんだ。帰ってこれたんだ。


 時間差で湧いてきた実感が、胸の奥で岩のようにつかえていたものを溶かす。


 唾を一つ飲み込む。まだ震える口を動かして、痛む喉を叱咤して、グラウは顔を上げて言う。


「っ、ただいま、みんな」


 張ったつもりの声は情けないほど震えていた。


 だけど、その言葉を受け取った人々が、嬉しそうな、泣きそうな、万感の思いを乗せて笑みを浮かべる。


「「「――おかえり、グラウ!」」」


 夜が、明けた。

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