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第七話④

「なんだ、死んでしまうのか?」

 こつん

 頭を軽く、棒のようなもので叩かれた。

 グラウが見上げると、上から覗き込むようにして黒いフードの人物が立っていた。

「お前の死期は、まだまだ先のはずだ」

 つまらなさそうに。あるいは怒るように。

 月のない夜を切り取ったようなフードの奥から、デフォルメされたしゃれこうべが覗く。

 懐かしい。刹那が命取りの今とはかけ離れた感想が浮かぶ。

 村に亡命してから久しく見ていなかった、黄泉の川の渡し守だった。

「やっと、お前の人生が始まろうというのに」

 こつん

 渡し守が、櫓を再びグラウの頭に振り下ろす。

「がっかりだ」

「…………んなわけねえだろ」

 グラウは声を絞り出した。

「こんなところで死ぬわけねえだろ」

「そうか?」

 渡し守はしゃれこうべを四十五度傾けて、首をかしげるようにして見せた。

「わたしには、お前がこいつと心中しようとしているように見えたが」

「それはない。断じてあり得ない」

 心中するつもりなんてさらさらない。自分が生き延びる最善策をグラウは選び取る。

「……そうか」

 渡し守が、ふっとしゃれこうべの奥で笑った気がした。

「なら、これをわたしの最後の仕事にさせてくれよ」

 渡し守が櫓を短く構える。

「ふんっ」

 大きく振りかぶり、気合と共にグラウの背中を一突きする。

 強烈なはずなのに、その一撃は優しく背中を押しているかのようだった。


「グラウ、待て! 早まるな!!」

 不意にパスカルの大声が飛び込んできた。頬をはたかれたかのようにグラウの意識が覚醒する。

 エデルガルトと共に視線が下がる。はるか下、地図かと思うほど小さくなった町から、パスカルが飛んでくるのが見えた。

 それがなぜかひどくゆっくりに映る。風を操れるパスカルなら、もっと速くこちらに追いつけるのに。それに空中で羽ばたいているエデルガルトの翼も、なんだかのんびり動いている。

 すべての動きが遅い。自分以外の時間が引き延ばされているようだった。その中で、グラウは久々に臨死体験をしていたと気付く。回復したばかりの頭は、やけに冷静に状況を判断した。

 今しかない。

「ッ!」

 両手を伸ばしてネックレスを掴む。引っ張られたエデルガルトがグラウの行動に気付いた。

「ギェェェェエエアアアアアアア!!」

 怪鳥のような怒声を上げ、グラウの手を離しにかかる。首と同化しかかっていた手が離れる。ネックレスから引き剥がそうと、枯れ木のような両手がグラウのそれを掴んだ。

「っ!」

 息が楽になると同時に、重力に引っ張られて体が落下しかける。すぐにそれは手首を起点に止まったが、腕の関節すべてに嫌な痛みが走った。

「ガアアッ!」

「ぃっ!」

 それでも離れない手にエデルガルトが噛み付く。柔らかい手に鋭い歯が食い込んだ。

 だがグラウも、それだけでは手を離さない。むしろ引き剥がそうとする力を利用し、ネックレスを千切ろうと手に力を籠める。

「グラウ、そのまましがみつけ!」

 エデルガルトを追い越したパスカルが、両手を組んで振りかぶる。

 風魔法が解ける。重力が彼を捉える。

「は、な、せっ!」

 渾身の力を込めて振り下ろされた拳が、エデルガルトの脳天を揺らした。

「っあ、が!」

 勢い余ってグラウの手に歯がめり込む。食い破られた皮膚から血が吹き出した。

 痛みで右手が痺れる。エデルガルトの体が傾ぐ。脳震盪を起こした巨体が、重力に絡め取られる。

 エデルガルトの歯がグラウから離れた。一足先に落下する彼女を置いて、グラウは浮遊感に包まれる。

(あ、落ちる)

 内臓がひっくり返るような嫌な感じに、ようやく数秒先の未来が読めた。

「しっかりしろグラウ!!」

 パスカルの檄が耳朶を打った。がら空きの腰を抱えられる。襲われるはずだった落下が来ない。握りしめて離さないネックレスを別の手が掴む。

 そこを命綱に、今度はエデルガルトの体が引っかかった。牛一頭分に相当する体重が、ネックレスを掴む両手にかかる。腕の筋肉や肩の関節も引っ張られ、千切れそうなほど痛い。

 だけど絶対に離したくなかった。ようやく掴んだチャンスを手放してなるものかと、グラウは歯を食いしばった。

 それは、時間にして一秒にもならない刹那。

 しかし、勝敗を分けるには決定的な決意の瞬間。

 ぼきり

 首の骨が折れる嫌な音が、ネックレスを通じて手の平に届いた。

 グラウの手から重量が消える。

 千切れた糸から真珠が一つ、また一つと零れ落ちていく。

 エデルガルトの体が再度落下を開始した。

 金色の目が光を失う。虚ろをはめ込んだような目が月を映す。

 軽すぎる両手が、なにかを求めるように空へ伸ばされた。

 その手はなにも掴めないまま。

 果物が潰れるような音だけ、地上に残した。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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