水着を買いに
七月中旬。
世間は夏休みだった。大学も今日から夏休みである。
「せっかく夏休みだし、どっか行きたいよね」
「え~、私は家でゆっくりしたい」
インドア派な日那が夏葉の言葉に渋った。
「そんなこと言わないでどっか行こうよ~」
夏葉が日那に抱き着きながらねだった。
「まあいいけど……」
夏葉に抱き着かれて、微かに頬を朱に染めながら日那は直ぐに折れた。
夏葉が頼めばよっぽど嫌なことでない限り、日那は大体折れる。夏葉に甘いのだ。
「私は夏葉と一緒だったらどこでもいいし」
「嬉しいこと言ってくれるじゃん! うりうり~」
「やめて」
夏葉が調子にのって日那の横腹を突く。日那がくすぐったそうに抗議した。しかし、案外満更でもなさそうだ。
「どこか行きたいとこあるの?」
「海とか行きたい」
「暑そう……」
「あたしとだったらどこでも行ってくれるんじゃないの?」
「そうだけど……」
「どう?」
「別にいいわよ」
「やった! 日那はどこか行きたい場所ないの?」
「私は特にないかなあ。しいて言うなら―」
「しいて言うなら?」
「本屋さん」
「……もっと観光地とかないの?」
ジト目で夏葉は日那に問う。
「無いから勝手に決めていいよ」
「もう……」
夏葉は呆れて苦笑しながら嘆息した。
「じゃあ、海決定でいい?」
「うん」
「水着買いに行かないとね」
「夏葉は水着持ってなかったけ?」
「そういえば去年使ったやつあったかな。でも着れるかわからないよ」
「去年だったら大丈夫でしょ」
「まあでも折角だし、新しいの買うよ」
「そう…………」
日那が夏葉にじーと視線を送っている。
「な、なに?」
夏葉が困惑して聞く。
「前の水着みたい」
「えー」
日那の表情が期待と興奮に満ちていた。
「もう仕方ないなあ」
日那の期待の眼差しには勝てず夏葉は箪笥の中から水着を捜索しはじめる。
やがて去年の水着を掘り当てた。
「それじゃあ、着るから向こう向いてて」
「なんで?」
「恥ずかしいからよ!」
「いつも見てるじゃん、なんで今更?」
「それとこれとはまた違うでしょ!」
「なにが?」
「あたしだけ着替えてて日那は何もせず座ってるの、なんか気恥ずかしいじゃん……」
日那の問いに夏葉が恥ずかし気に顔を赤くして言った。
普段の陽キャな夏葉からしたら意外な羞恥心に日那は萌えた。
「気が変わった。絶対このまま眺めてる」
「……」
夏葉は眉間に皺を寄せて無言で箪笥からタオルをだして自分の身体に巻き付けた。
「えー」
日那が抗議する。
「えーじゃない。やめるよ」
「むー、仕方ない……」
そう言って日那は残念そうにため息を吐いてから、本棚から漫画を取り出すとそれに視線を落した。
「――いいよ」
暫くしてから夏葉から声がかかった。
日那が夏葉に視線を向ける。
夏葉は白いビキニ水着を着てみた。
結論から言うと水着は一応着れた。なぜ一応なのかというと、サイズが合わなかった。特に胸部の。どうやらサイズがひと回り大きくなっていたらしい。
面積が少なくなってマイクロビキニみたいになっている。今にも水着がはちきれそうだった。
「どれだけ成長するのよ」
なんてことを日那に言われた。
「日那だって大きくなってるんじゃないの?」
「さすがにもう止まってるでしょ」
「最近下着のサイズが合わなかったりすることは?」
「……」
日那が心当たりがありそうな顔をした。
「あるんじゃん」
「でもちょっときつくなっただけよ」
「サイズの合わない下着使ってると良くないよ」
「わかってるわよ」
「水着だけじゃなくて下着も買わないとダメそうだね」
次の日。夏葉と日那は水着や下着を買いにショッピングモール来ていた。
日那の下着を買いにランジェリーショップで下着を買ったあと、夏葉と日那は水着ショップへ向かった。ランジェリーショップでは日那だけが買ったが、水着ショップでは夏葉も買わなければいけない。
どうせだからお互いがお互いに合いそうな水着を選ぼうってことになった。日那は選んだ水着を夏葉に、夏葉は日那に渡す。試着室は日那から入ることになった。
日那は一番上にあった水着を手にとった。
水玉柄のセパレート水着だった。
露出度が少なくて、日那はちょっと気にいった。
(これなら着やすそう)
日那は試着室のカーテンをあける。
「どう?」
「可愛いよ!」
夏葉が褒めてくれる。
日那は嬉しくなった。
「ありがと。他のもの着てみるね」
「うん」
日那は再び試着室の中に入った。
二番目に手に取った水着はビキニタイプだった。
上下の上の部分にレースがついていてビキニ水着の中ではそこまで露出度が高いというわけではない感じだった。
少し露出度は高いがこれくらいならまだありかなっと日那は思った。
その水着を夏葉に見てもらってから、日那は三着目を手に取る。
三着目はシンプルな無地の黒ビキニだった。
(なんかだんだん露出度が高くなってるような……)
そう感じつつも日那は四枚目に手を取る。
四枚目はかなり際どい布面積だった。
「夏葉め……」
日那は外にいる夏葉に聞こえない程度の小さな声で呟いた。
着替えてから日那はカーテンの隙間から顔を出す。
「何してんの? 見せてよ」
「はずかしい……」
「問答無用!」
夏葉が日那が隠れてるカーテンを奪ってめくった。
布面積の少ない、マイクロビキニとまではいかないが、中々際どいビキニを着て、顔を赤くした日那がそこにはいた。
「可愛いよ」
「何ニヤニヤしてんのよ」
「いやーうちの彼女可愛いなあーて」
「もういいから出て」
元々赤くなっていた頬をさらに赤くして日那が夏葉を両手で押し出した。
日那が最後の水着を手に取る。
だが今度のはさっきのよりもさらに露出度が高かった。いやそれどころではなく、殆ど裸だった。むしろ中途半端に大事な部分が隠れてるため、裸よりもエロいかもしれない。前V字型後ろI字型のいわゆるスリングショット水着というやつだった。
「ねえ」
カーテンの隙間から日那が顔を覗かせて夏葉を睨む。
「着た?」
「着たけどさあ、夏葉」
「ん?」
「ふざけてんの?」
「なんのこと?」
日那に問われ、夏葉が視線を彷徨わせて、誤魔化す。
「まあ、いいじゃん、早く見せてよ」
「……中でならいいわよ」
日那に言われて、夏葉が試着室の中に入る。
「おお~」
入って日那のスリングショット水着を見た夏葉が感嘆の声を上げた。
「それで海行けば?」
「行けるか!」
夏葉がふざけて言うと日那が突っ込んだ。
「第一公衆の面前で彼女の露出した姿を晒すのは彼女としてどうなの?」
「あたしは見せびらかしたいタイプだからむしろ大歓迎」
「はあ……」
日那はひと息吐いてから、
「家でなら着てもいいよ」
「ほんとに?」
「うん……」
夏葉の問いに日那が肯定した。
日那の番が終わり、次は夏葉が試着室に入った。
夏葉は日那が選んだ水着を上から取る。
黒い無地のビキニ水着だった。
「日那もあたしと同じやつ選んでんじゃん」
夏葉が嬉しそうに微笑んだ。
「ごめん、被っちゃった」
「大丈夫だよ。どう?」
「似合ってるよ」
「そう? ありがと」
夏葉は日那にニカッと微笑みながらお礼を言ってから、試着室に戻った。
そして、二番目の水着を手に取る。
二番目の水着は白い上下無地のビキニにパレオ、三番目はビキニとスカートといったものだった。
種類の違う水着をそれぞれ選んだ夏葉と違って日那は水着とアクセサリーや重ね着で選んできた。
「へえ、中々センスあるじゃん。ほんとに日那って海やプール行ったことないの?」
「無いわ」
「ということはファッションセンスがいいのか。今度から日那に服選んでもらおうかな」
「夏葉だってセンスいいじゃない」
「そう言ってくれるのは嬉しいけどねー」
確かに夏葉はファッションセンスには自信がある。しかし、日那も相当センス高い、恐らく夏葉以上だろう。夏葉はそう感じた。
試着室に戻り夏葉は四着目を手に取る。
「ん?」
だが手に取った水着はさっき日那にふざけて着せたマイクロビキニ並みの面積だった。
さすがに日那ほど羞恥心があるわけではないが、夏葉もためらってしまうほどの布面積だった。
「まったく……日那も同じじゃんか」
黒いマイクロビキニを着て夏葉は試着室のカーテンを開けた。
「日那、あんた……やってくれたわね」
「ふふっ」
少し恥ずかし気に表情を引きつらせる夏葉に日那が不敵な笑みを浮かべた。
「なによ?」
「それは夏葉の勘違いよ」
「いやどう見ても言い訳不可能だと思うけど?」
「まあ、言い訳するつもりも誤魔化すつもりもないけどね。うん、素直に夏葉のマイクロビキニが見たかったのよ」
「やられたわ」
「夏葉」
「ん?」
「次はそれつけたまま着替えて」
「どいうこと?」
夏葉は残りの水着を手にする。夏葉が手にした水着は白いシースルーのビキニだった。
日那に言われたようにまだ水着は脱いでない。
それを今着てる黒マイクロビキニの上から重ね着する。すると黒のマイクロビキニがマイクロビキニだけを着てる時よりも目を引いた。
なぜか一枚重ね着したはずなのにマイクロビキニだけ着ている時よりもエロティックだった。薄いとはいえ布一枚カバーした結果、とりあいず露出は隠してますよという体裁が保てているため、注意されたりするリスクも低くできるというギリギリのラインの露出度だった。
着替え終わると夏葉は試着室のカーテンを開けた。
「おお! やっぱり私の見立て通りだったわね」
「こんな発想思いつくなんてあんたよっぽどの変態ね」
「失礼ね、お気に召さない?」
「いや、悪くはないのだけど。これを着てくのはさすがにちょっと……」
「私にスリングショット着せた奴が言う台詞?」
「まあ、そうなんだけどね」
「安心して、それは私の前でだけ来てくれればいいから」
「ならいいか。その代わりあたしにも日那のスリングショットちゃんと見せなよ」
「ええ、もちろん」
夏葉の言葉に日那が微かに頬を染めて答えた。