いと素晴らしき学生生活
体内で、折れた肋骨を固定するのも二度目である。
大学病院で通された診療室には、見覚えのある女医さんがいて、豪華客船上で出会った彼女に微笑みかける。
「なんでいるんすか、先生」
「365日、豪華客船の上で浮いているわけにもいきませんので。
船医は船内にたったひとり、内科、外科、精神科……幅広い医学知識と経験、社交性と語学力を要求される容易ならない業務ですが、お船が海に浮かばない日には、陸に上がって華族のおバカさんを視る時もあります」
「なら、たまには、お利口な華族を診察してリフレッシュしてください(にっこり)」
「…………」
診察を受けて、また、俺は似たような治療を受ける。
魔導触媒器を仕舞った先生は、大きなため息を吐いて、脇の看護師さんがくすくすと笑っていた。
「貴方は、何回、肋骨を折れば気が済むんですか……骨が肺に刺されば、一大事というのは理解できますか?」
「はぁっいッ!!(良い返事)」
名医から、お説教を受けてから帰される。
今日一日は安静にする必要があるとのことで、師匠との鍛錬は中止になったが、怪我をしていても出来る修行はあると呼び出しは受けていた。
「…………」
なぜか、回転寿司屋に。
俺を待っている師匠は、美人中の美人ということもあって、明らかに周囲から浮いており目立ちまくっていた。
周囲の人達が見惚れているのに気づいていないのか、白銀の長髪をもつエルフは楽しそうにそわそわしている。
「あっ!」
彼女は、俺を見つけるなり、ブンブンと手を振ってくる。
「ヒイロ! こっちですよ、こっち!!」
彼女に集中していた視線が、今度は、こっちに集中する。
なぜ、こんな美人が男なんぞと……そう言いたそうな視線が突き刺さった。
俺は、恥辱にまみれながら、彼女の元へと向かう。
「師匠、俺、昼休みを抜け出してきてるんですよ。あんまり、目立ち過ぎると、学園にお電話かけられて、不良生徒の誹りを受けちゃうじゃないですか」
「でも、お寿司、食べられるじゃないですか」
「それに、俺、夜も魚、しかも刺し身なんですよ。昼に寿司食べたなんて言ったら、スノウに怒られちゃいますよ」
「でも、お寿司、食べられるじゃないですか」
こ、この420歳児、『でも、お寿司、食べられるじゃないですか』でゴリ押しするつもりか……!? 420歳にもなって、収束理論(収束理論の例:『でも幸せならOKです』、『美味しいから大丈夫だよ』)でレスバトルとか、知的なエルフ失格だろ……!?
愕然として、師匠を見つめていると……急に、ポコンと音がして、画面に通知が表示される。
一件、チャットが届いていた。
『ぐっ!』とグッドサインをしているペンギンのスタンプ、師匠はニヤリとほくそ笑む。
「スタンプ、送りましたよ……」
こ、コイツ……!?
賢しげなエルフは、ニヤァと笑いながら無銘墓碑の柄をぽんぽんと叩く。
「ヒイロが成長すれば、私もまた成長するのは道理。
付いて来れますか――私のスピードに」
周回遅れで、そこまでドヤれるのは最早才能だろ……。
スタンプの送り方を懇切丁寧に教えてくれる師匠の相手をしながら、俺は、空いていた四人席に座る。
当然のように、師匠は俺の隣に座った。
「え?」
「え?」
俺は、対面を指差す。
「いや、普通、対面に座るでしょ。視て、アレ。あのレール上を新幹線がゴーッって、皿もって来るタイプだからコレ。
師匠がこっち側に座ったらダメでしょ。ゴーッって来た皿、俺が師匠の分も取らないといけないじゃん。ふたりだったら、対面同士で座るのが鉄則でしょ」
「ヒイロが取ってくれれば良いのでは?」
ニコニコとしながら、師匠は、ドシドシと俺に身体をぶつけてくる。
「それに、こっちの方がくっつけて楽しいじゃないですか。
えいえーい」
「ちょっとぉ、やめろよぉ!(笑顔) やめ、やめろよぉ!!(満面の笑み)」
通りすがりの店員さんに『なんだ、コイツら……』という眼で視られて、俺たちは同時に真顔になる。
「で、どうやって、注文するんですか? 隣のテーブルから取って良いんですか?」
「初手、罪罰ね。前世、アルセーヌ・ルパンか?
店側と魔導触媒器を同期させて、画面から頼むんだよ。そうすれば、ゴーッて来るから」
「……何語?」
「イッツ・ア・ジャパニーズッ!!」
コレは、隣に座ってもらって正解だったな。
俺は、画面を呼び出して、大量の寿司が並んでいる注文画面を見せる。俺に寄り添った師匠は、髪を掻き上げて、ふわりと良い匂いが漂ってくる。
「へぇ、たくさんありますね。さすが、日本は素晴らしい」
「…………」
「ヒイロ?」
顔を覗き込まれて、不覚にも、師匠に見惚れていた俺は咳払いをする。
「ま、まぁ、好きなの頼みなよ……師匠の奢りだからさ」
「人、それを自腹と言います。
えっ!? ちょっと、ヒイロ、視てくださいっ!!」
大興奮の師匠は、バンバンと、子供みたいに画面を叩く。
「ラーメンがある!! ラーメンが!! 私はラーメンを食べますよ!! 信じられない!! 日本の文明、開化しっぱなしですか!? お寿司屋さんにラーメンがある国なんて、日本くらいですよ!?」
「素人が」
フッと笑って、俺は、デザートメニューを呼び出す。
光り輝く赤色のケーキを見せつけると、師匠は驚愕のあまり絶句した。
「It’s a Strawberry cake」
トントンと、画面を叩くと、師匠は青ざめた顔で首を振る。
「ゆ、許されて良い筈がない……す、寿司屋にストロベリーケーキ……ご、傲慢だ……ひ、人の域を超えている……」
俺は、そっと、彼女の耳にささやく。
「Welcome to underground」
わいわい騒ぎながら、俺たちは、茶碗蒸しやらラーメンやらローストビーフやらを頼んで――
「…………もう、良いかな」
「…………私も」
寿司を食べずに、お腹いっぱいになった。
お楽しみのデザートに切り替えて、俺はフルーツゼリー、師匠はストロベリーケーキを食べながら本題に入る。
「ヒイロ、貴方の裡に何がいるんですか?」
「…………」
まぁ、師匠なら気がつくわな。
どう答えるべきかなと思いながら、隣で、ひたすら厚焼き玉子を食べている魔人を見つめる。
「本質的には悪いものだけど、現在は害にならないと思う……ただ、見かければ、○してるからゴキブリみたいなもんかな」
「ヒイロの魔力が、異常なくらい急増したのもそのせいですね? 再会した時に連れていた少女も関係が?」
俺は、スプーンを口に入れたまま頷く。
「ヒイロ」
師匠は、苦笑する。
「貴方は、現在、魔力と言う観点に絞れば逆に弱くなっている」
「……だよね」
ため息を吐いて、俺は、ゼリーを掻き回した。
「現在の貴方は、唐突に得られた魔力の制御が出来ていない。不可視の矢の出力を絞って撃っているが、それでも、貴方が想像した以上の威力になっているし、身体強化も加減がわからないから以前よりも弱化させている」
「さすが、師匠。全問正解。ハワイ旅行にご招待」
優しく、師匠は俺の頭を撫でる。
「正直、使いこなせる気がしない。師匠に教えてもらった不可視の矢も、現在では、ただの大きな魔力の塊に弱体化しちゃったよ。
昨日、高位の魔法士とやり合って『魔力の隠し方も知らない素人が』って言われちゃった」
「不可視の矢は、本来、空気中の魔術演算子に魔力の矢を混じらせることで、相手の魔力探知に引っかからないようにするもの……現在のヒイロは、魔力の制御が出来ていないから、魔力を籠めすぎて、相手の魔力探知に引っかかり“不可視”の特性が消えてしまっている。
最早、それは、不可視の矢ではない」
師匠の言う通りだ。
たとえ、クリス程の高位の魔法士でも、初見で不可視の矢に対応出来るわけがない。まともに視て対処したのは、埒外の立場にいる魔人くらいで、アレは例外として見做して良い。
「ヒイロ、貴方は現在、境目に立っている」
師匠は、人差し指を境界線に見立てて――綺麗に立てる。
「天才と凡才の境目に。
その圧倒的な魔力を扱えるようになれば、貴方は天才と謳われるような魔法士となる。だが、その逆も然り」
彼女は、俺に微笑みかける。
「ヒイロ、貴方は、強くなりたいですか?」
様々な人の顔が浮かぶ。
どいつもこいつも、護るべき対象で、失いたくない者たちだった。
だから、俺は、静かに頷いた。
「あぁ」
俺の覚悟に添うようにして、師匠もまた首を縦に振る。
「では、そろそろ、修行も次の段階に移りましょうか」
立ち上がった師匠は、最後に残った苺を口の中に放り込む。
「次回からは、場所を変えます。
必要な所持品は、たったひとつ――覚悟を」
「有り難いね」
俺は、苦笑して起立する。
「いつも、それだけは持ち歩いてる」
師匠と分かれて、俺は学園へと舞い戻る。
月檻にちょっかいをかけられながら、平穏無事な授業を終えた。
「ヒイロくん」
膨大な魔力を完璧に操作しているであろう主人公様は、俺の頬を撫でながらささやいた。
「待ってるよ」
俺が戻ってきてから、ご機嫌な月檻は、微笑みを絶やさずに去っていった。
「……気軽に言ってくれるね」
苦笑した俺も、また、約束していた集合場所へと向かう。
「おそーいっ!
なにをやってるんだ! おそいぞ、三条燈色!!」
私服姿のミュールが、いーっと歯をむき出していた。
キャスケットをかぶった彼女は、ノースリーブの黒いワンピースを着ている。ちっちゃなハンドバッグを振り回す姿は、ちっちゃな暴君そのものだが、さすがはヒロインと言うべきかその可愛らしさは伊達じゃない。
日の光を浴びた白金の髪は、美しい陽光の輝きをまとって、小さな彼女に彩りを与えていた。
地団駄を踏んだ寮長は、唸りながら俺を見上げる。
「私は、いっちばん、人に待たされるのが嫌いなんだっ! 時間厳守と言っただろ! そんしつだ、そんしつ! このそんしつをどうほてんするつもりだ、おまえーっ!」
「時間ピッタリですよ。
なにをそんなに怒る必要があるんですか」
何時ものメイド服を脱ぎ捨てて、純白のタックブラウスとロングのフレアスカートを着たリリィさんは腕時計を見つめる。
普段のきっかりとした彼女とは、裏腹に、無防備な雰囲気のある私服姿……ちらりと、俺を視たリリィさんは微笑む。
「すみません、いつも、こうなんです」
「…………(私服姿のふたりの百合デートを妄想している顔)」
「ほら、三条様も呆れてます。
お嬢様、もう少し、お行儀よくしてください」
「うるさいうるさいうるさーいっ! アイズベルト家の人間を待たせるなんて、言語道断だーっ!!」
「騒がしくてごめんなさい」
リリィさんは苦笑して、俺は笑顔で首を振る。
「いえ、それが良いんです。一生、ふたりのやり取りを眺めていたい。
俺はね、そういうタイプの人間なんです」
「リリィ、たまにコイツ、気持ち悪いぞ……?」
「ミュール! 昨日、助けてもらったばかりなのに!」
いや、今回ばかりは、寮長が100正しい(己のキモさを知る者)。
とりあえず、無事に全員集合したらしい。
『私服で来い』と言われていたので、スノウに見繕ってもらった服を着てきた俺は寮長に呼びかける。
「で、新入生歓迎会の準備のために、どこに買い出しに行くんですか?」
「決まってるだろ」
自信満々で、寮長は胸を張る。
「メイドカフェだ!!」
「…………は?」
俺は、ゆっくりと首を傾げた。