三条
「お兄ちゃん!!」
待ち合わせ場所には、レイとスノウが並んで待っていた。
「おやまぁ珍しい、お忙しいご当主様が下々の者と並んでご遊覧ですか。片っ端から女を侍らすご家業はお済みで?」
笑顔で駆け寄ってくるレイとは対照的に、ぶすっとした顔をしているスノウは嫌味を言ってくる。
「巫蠱継承の儀に参加しといて、今更、その結果を覆したりは出来ねーだろ。三条家の面々に『はい、解散』は通らねぇし、徐々にお家騒動を活発化させて、じわじわと無嗣断絶へと向かわせていく魂胆だから安心しろ……で?」
俺は、俺の腕にスリスリと顔を擦り付けてくる妹を見下ろす。
「あ、貴女は誰……? お、俺のこと『お兄ちゃん』って呼ばなかった……?」
「うんっ!!」
レイは元気に返事をし、衝撃で俺は思わず叫ぶ。
「うん!? うんって言った、今!? もしかして踏ん張ってる!?」
「遅れてきた甘え期ですよ。現在、レイ様はトイレレッスンの真っ只中。抑えつけてきた『甘えたい』という自我が緩みきった穴という穴から漏れ始めてるんです。舐めんなよ、排出効率にこだわったデレ穴エディションだぞ」
賢者スノウの明瞭な解説を聞いて、思わず俺は顔を歪める。
「レイ、お前、激戦の挙句に肛門が緩むヒロインなんて前代未聞だぞ……」
「殺しますね?」
右手と左手。
レイの手で同時に首を締め上げられた俺とスノウは「グエーッ!!」と断末魔を上げ、顔面を赤紫色に染めながらバタバタと藻掻く。
家族殺しのチキンレースでもしているのか、俺たちを死の一歩手前まで追い詰めた妹は、ようやく首絞め式御家断絶を諦めて下ろしてくれる。
下ろすや否や、レイは俺の腕を抱き締めながら顔を肩に擦り付けてくる。
「う~……」
「スノウくん、彼女は、痒みを覚えた前頭葉は皮膚と頭蓋骨に守られてるから兄の肩では搔きむしることは出来ないってことを知らないのかい?」
「かわいいじゃないですか、おでこからデカ乳フェロモンでも分泌してんでしょ」
レイの手で同時に首を締め上げられた俺とスノウは(略)。
四つん這いになって、むせている俺たちを見下ろし涙目のレイは顔を真っ赤にする。
「どうして、からかうのっ!!」
「「甘え慣れてないガキ、からかうのたのし~!!(理由)」」
「もーっ!! もーっ!!」
俺の背中に乗って、ぽこぽこと叩いてくるレイを背負投げで地面へ叩きつける。
衝撃で目を瞬かせていた妹(弱者)は、ぽろぽろと涙を零し始める。
「うっ……うぅ~……っ!!」
「救急車かな?」
「ひとりで、ドップラー効果再現してみろよ」
家族相手に遠慮は無用。
俺とスノウに煽られたレイは、本格的に泣き始めようとし――
「ヒイロくんとその使い魔が妹いじめてる」
やって来た月檻たちを見るなり、ぴたりと涙を止めてすくっと立ち上がる。
「桜さん、珍しく遅刻しなかったんですか。それは重畳、常日頃から平常の時間感覚は意識して欲しいところですが、本日はめでたき日、余計なお小言はやめにしましょうか」
「おい、スノウくん、彼女の甘えん坊モードは時限式かね?」
「うちのお嬢様は、他所様の前では格好つけるキッズなんですよ。もう帰るよって言っても、尻が擦り切れるまで滑り台を滑り続けるだけの覚悟を抱いてるんです。あまり舐めてもらっては困る」
「…………」
「「隣の能無しがすいません」」
レイに睨め付けられて、俺とスノウは互いの頭を掴んで下げさせる。
「おい、三条家メイドと愉快な三条燈色の漫才は堪能したから、そろそろ移動して始めたらどうだ? 真面目なわたしは、この日のために3日間絶食して来たから、下手すれば宴も酣の前に会場が葬式場と化すぞ?」
「この日のために、迷惑をかける体調に整えてきている心意気に感動すればいい……? 蔑んだ方がいい……?」
いつも通りの寮長に対し、ラピスはドン引きする。
俺は、集合場所の周辺を見回す。
「いや、まだ、面々が集まってな――」
「だから、私はヒイロの師であることが以上の推論から確定的でぇっ!! 画面端ぃっ!! 反論読んでえぇっ!! まだしゃべるぅっ!! アステミルがぁッ!! 画面端ぃッ!! つっ近づいてぇっ!! アステミルがぁ決めたぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
「アステミル・クルエ・ラ・キルリシアの殺し方を教えてください」
『良い質問ですね! 彼女は、社会的には既に死んでいるため殺す必要はありません!』
最早、馴染みしかない光景。
一方的に食って掛かっている師匠に対し、偽姉印のリウはスマホのAIとのおしゃべりに夢中になっている。
やって来たシショーズと挨拶を交わしていると、次なる一団がやって来る。
「ヒイロ!」
相も変わらぬガーリーコーデのクリスは、小走りでこっちに走ってきて俺の隣をキープする。その横に素知らぬ顔のソフィアが並び「お招き、ありがとうございます」とリリィさんが丁寧に挨拶してくれる。
遠くに人影が視えて、俺は、その見覚えのあるシルエット(ヒント:金髪縦ロール)を確認する。
「わたくしぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!?」
バカでかい大声。
急に静まり返った場の中で、注目を集めたお嬢はお耳に片手を当ててこちらへ向ける。
「「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」」
「…………」
「「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」」
「…………」
「「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」」
「…………」
「「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」」
「…………オフィーリア・フォン・マージライン(小声)」
「「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」」
「…………オフィーリア・フォン・マージライン(小声)」
「「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」」
「…………オフィーリア・フォン・マージライン(小声)」
会場のボルテージが高まったのを確認した俺(主観)は、ミュールとリウを引き連れてサイリウムと推し団扇を手にして構える。
そして――叫んだ。
「「「ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」」」
リウの両腿に両脚を置いて、腰を掴んでもらった俺は両手を広げる。
その俺の肩に乗ったミュールは、両手に持ったサイリウムを左右へ振り回し始める。
「「「O・J・O!! O・J・O!! What's your name!? O・J・O!!」」」
「世界の平和は~?」
ぴょんと跳ねて、お耳に片手を当てたお嬢の問いかけに俺たちは叫ぶ。
「「「おじょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」」」
「金融政策~?」
「「「おじょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」」」
「e=mc2~?」
「「「おじょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」」」
「限定じゃないガチャの名称は~?」
「「「恒常ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」」」
俺たち四人を置いて、全員が次元扉を通って会場へと足を運んでおり、取り残された四者は慌てて後を追いかけた。
*
陽の光が満ちる。
お嬢に続いて、お嬢父、レイディ、シャルも合流する。
遅まきながら、やって来たキリウ、エイデルガルトは雑談を交わしている。
ネズミを筆頭とした燈色衆の面々も参加し、賑やかさは増していく。
重箱に用意されたおにぎり、いなり寿司、巻き寿司、ちらし寿司、鶏の唐揚げ、卵焼き、焼き鳥に串焼き、デザートには三色団子と桜餅が用意され、酒類をたしなむ大人たちはどんちゃん騒ぎを始める。
異界、平安異京。
澄み渡る水、空、そして桜。
桜色の花びらが舞い散る世界で、俺たちは頭上に広がる三条櫻を見上げる。
「……見れたかな?」
「きっと、見れましたよ」
そっと、手が繋がれる。
俺の隣に並んだレイは、しっかりと俺の手を握った。
「……きっと」
微笑んで、俺は、頭上の桜を見上げる。
色づいた桜の花びらが視界を覆い――視えた。
満開の桜の下、並んでいる六人の姿。
その中心にいた少女は、こちらへと振り返る。
目を見開いた俺は、彼女を見つめ――
「お兄様? 大丈夫ですか?」
レイに呼びかけられ、目元をなぞった俺は笑う。
「あぁ」
俺は、立てた小指を空へ捧げる。
「もう、大丈夫だ」
俺たちは、手を握り合い、家族で揃って桜を見上げる。
ひらひらと、降り注ぐ桜の花びらが頬を撫でて消える。
ほんの一瞬。
ほんの一瞬だけ垣間見た彼女を思い返し、目を閉じた俺はその光景を刻み込む。
あぁ、確かに。
約束は果たされた。
この話にて、第十八章及び第五部は終了となります。
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