完遂
穴が開く。
あたかも、蜂の巣を思わせるハニカム構造。
隙間なく並べられた正六角形のあなぼこ、そこから降り注ぐのはセダン、クーペ、ハッチバック、コンパクト、ワゴン、ミニバン、ワンボックス、SUV、ピックアップトラック、キャンピングカー、スーパーカー、フォーミュラーカー、ラリーカー、バギー……色とりどりの自動車たち。
頭から落ちてきた自動車は、エンジンを唸らせながら下方へと空いた画へ飛び込み――月檻の真横に空いた画から飛び出してくる。
「水芸の次はモビリティショー? 芸達者だね」
双鈎を繰り出した月檻は、迫りくるボンネットへと湾曲した刃を引っ掛けて痩身を押し上げる。わん、つー、すりーでフロントガラスを蹴破り、そのままの勢いで吹っ飛んだトランクと一緒に飛び出してくる。
「なら、私も芸をひとつ」
目にも留まらぬ速さで。
双鈎を振るった月檻の周りで、次から次へと車の群れたちのトランクは上部へ飛び出し、パーパーパーパーパー、盛大にセキュリティアラームが鳴り始め上へ上へとアラーム音が舞い上がる。
『猫踏んじゃった』の曲調で警報音を奏でた月檻は、指揮者よろしく胸に手を当ててお辞儀をする。
自芸には興味があっても、他芸には興味はないのか。
車を使った即席の演奏芸を無視し、両脚に大量の自動車を装着したライゼリュートは、スケートよろしく水面を軽快に滑り始める。
「月檻、洒落てる場合じゃないぞ!! 止めろッ!! アイツ、止めないと現界ごとココが吹っ飛ぶから!!」
「はいはい、わかっ――」
川。
画から飛び出してきた数多の自動車群は、真っ白な排気ガスを垂れ流しながら河川を思わせる動きで流れ流れ流れ、高きから低きへ流れる流水がごとく画から画へと突っ込んでいく。
その怒涛へと呑み込まれた月檻は姿を消し――加速したライゼリュートは三条櫻へと迫り――
「クソゴミがぁッ!!」
どうしようもなくなった俺は引き金を引いて、ライゼリュートへ向かって鉄くずを投げつける。
「奇跡を願った瞬間には敗けているとは誰の言だったか」
捨鉢になった俺を哀れみ、アルスハリヤは肩を竦める。
放物線を描いた鉄くずは、コツンと音を立てて巨体の肩へ命中し――猛烈な勢いで、ライゼリュートはすっ転ぶ。
「「はぁ!?」」
俺とアルスハリヤは、顔を見合わせる。
「「…………」」
パァンと音を鳴らし、俺たちは、高らかにハイタッチを交わす。
ピシピシガッガッと、アメリカ式のクソ長いハンドシェイクを終えた後、俺は対面のアルスハリヤを殴り飛ばした。
「よっしゃー、ガッハッハ!! ヒイロくんの強肩をその目に焼き付けたか、ライゼリュートちゃんよぉ~!? レーザービームレーザービーム!! 俺のあまりの肩の強さで、お前の身体にクレーター型のスタンプ押しちゃうよぉ~ん!?」
「そんなこと出来るわけないでしょ」
金色。
俺の真横に着地したラピスは弓を引き――撃つ。
正鵠無比の一射は立ち上がろうとしたライゼリュートの足指を射抜いて吹き飛ばし、再度、魔人の巨体は右方へ傾いて水飛沫を上げる。
よくよく見てみれば。
ライゼリュートが履いていた自動車ブーツは粉々に破壊されており、そこには射撃を受けたと思わしき巨大な穴が開いていた。
「……なんで、この距離であそこに当てられんの?」
「今年、視力検査の結果良かったんだよね」
ラピスは、愛らしいウィンクを送ってくる。
「そ、そんなポンポンポンポン、散歩に出たばっかりの小型犬みたいなはしゃぎ具合で進むな、ラピス・クルエ・ラ・ルーメット……が、学生生活の先達に対する思いやりは通学路にでも落としてきたのか……」
ぜいぜい言いながら。
上がってきた寮長は俺の横に座り込む。
「それで?」
そんなミュールのことは意にも介さず。
ヒュンヒュンと矢を飛ばしては再生を続けるライゼリュートの指や腱を壊し、進行妨害を続けているラピスはこちらを見遣る。
「どうするの、アレ? 世界平和を懸けて、早いもの勝ちの鬼ごっこをするには厄介過ぎる大物だと思うけど?」
「そ、そもそも……」
へたれ込んでいるミュールは、天を仰いだまま肩で息をする。
「ふ、ふかし芋だか腑抜けどもだかの儀はどうなったんだ……き、霧雨と話をするんじゃなかったのか……け、結局、交渉は決裂であのキツそうな妹も取り返せず仕舞いか……な、なんで、急にライゼリュートが……と、というか、あの櫻にあのクソデカ穴フェチ魔人が着いたところでなにが……」
「現界ごと周辺一帯が『水地』になるんじゃない?」
いつの間にか。
俺の後ろにいた月檻は、のんびりとした声音で言った。
「は……? み、水地……? な、なんで……?」
要点をかいつまんで、俺は、ミュールたちに霧雨と陽の目的を話して聞かせる。
長和六年の禍、異界と現界の重ね合わせ、それによって起こった『漂白』こそが、現在、目の当たりにしている光景であることを聞いて、顔を真っ青にしたミュールはきょろきょろと辺りを見回した。
「おいおい、水っぽいのはおかゆだけで十分だろ……」
「えぇ、水っぽいのは南蛮漬けで十分ですよ」
「そうだな、水っぽいのは水あ――」
「良い良いもう良い、そういうの平和だった時間軸にやって平和だった時間軸に」
寮長と俺の水っぽいものバトルの間へラピスは割り込み、ちらりと、自身の矢で貫かれ続けているライゼリュートを見遣る。
矢継ぎ早に。
自身の体表に画を開いたライゼリュートは、ラピスの矢を吸い込んでこちらへ撃ち返し始め、その返し矢へラピスは速射で応じて撃ち落とし、徐々に余裕を得始めた魔人は立ち上がり始める。
「もう順応し始めた、早いね」
物見遊山感覚で、その光景を眺めている月檻は微笑む。
「たぶん、あと数分で三条櫻に着いちゃうか……正面から足止めするにしても限界が先に来るのはこっちだろうし、どうする、ヒーローくん?」
考え込んでいた俺は顔を上げる。
「……巫蠱継承の儀を」
そして、言った。
「完遂させる」




