性悪のテンポリズム
キリウへと突っ込み――圧。
車輪から火花を散らしながら、突っ込んできた二台目の朧車に弾き飛ばされる。
「ぐっ……!」
咄嗟に、霧手を伸ばし動輪を掴む。
派手な火花を散らしながら廻転を続ける動輪に巻き込まれ、掌の形を作る度に霧手は千切れ飛んでいく。腰後ろから追加で生やした二本の霧手でカウキャッチャーを掴み上方へ上がる。
風切り音が耳朶を切り裂く。
加速する朧車にしがみついた俺は後方へ振り返り――画。
四方八方に開き乱れた画から、次から次へと朧車が突っ込んでくる。
「在庫過多にも程があるだろ!!」
右へ、左へ。
並行世界から呼び出された朧車から朧車へと乗り移り、躱し、その軌道から逃れる。
が、その蒸気機関車弾の弾数は無限。
蛇行しうねりながら突進する機関車の弾丸は、熱を帯びながら風を切り、八艘飛びの要領で回避を続ける俺を狙撃する。
「おい、キリもなければトキもないぞ。視ろ」
宙空で逆さまになり、あぐらをかいた状態でアルスハリヤは三条櫻を指す。
その櫻を目指し、魔人は行進を始めていた。
一、二、三、四、五、六。
六方から開いた巨大な画から垂れ流された墨を思わせる色の粘質な液体……その粘着質な漆黒は人型を取り、突き出した両手に載せたキリウの指示に従い、山裾を思わせる大きな右足と左足を交互に前へ前へと繰り出した。
どんっ、どんっ、どんっと。
リズミカルに音を立てながら、大足は前方へとつま先を運び、その足先を受け入れた水面はびちゃびちゃと囃し立てる。
挑発的な笑みを浮かべ、ライゼリュートに乗った霧雨は咲かなかった櫻を目指す。
三条櫻を指した指先で、アルスハリヤは宙空をかき混ぜる。
「あの櫻が爆心地だ。現界と異界の重ね合わせを行うための軸、最も深いズレの在る継ぎ目。あちこちに切れ目が入った布地の真ん中にある一番デカい穴ぼこみたいなものだな。ヤツらは、そこに指先を突っ込み布地に裂け目を入れる。その裂け目は起点となって、小さな切れ目と重なり、最終的には取り返しのつかない八つ裂きへと至るだろう。重ねて合わせる……陽を連れた霧雨があの起点に辿り着けば終幕だ」
「んなことしたところでッ!!」
継ぎ人で朧車を両断し、宙空で鞘ごと持ち替えた俺は逆手の左で再度抜刀し、一刀の下に二台目を切り捨てる。
「陽と霧雨の目的は果たされるのかッ!? んなことして、アイツらの大切な人間が救われるとでもッ!?」
「おいおい、インタビュー先を間違えるなよ。僕は、ヤツらの代弁者としてデビューしちゃあいない。サンドイッチの具じゃあるまいし、シッチャカメッチャカの間に挟んで質問攻めにするのはやめて欲しいね」
下方から上方へ。
半回転しながら機関室に着地した俺は、足を組みあくびをしているアルスハリヤを睨めつける。
「……アルスハリヤ」
「おいおい、この危急に責任の所在を問うつもりかい? 確かに、僕は藤原陽の顛末を知っていた。その儚い一生の要因のひとつを担ってもいる。しかしね、過去へ遡及してまで、現在において僕の罪過の是非を問うかね」
真っ直ぐに。
アルスハリヤの両目が俺を射抜く。
「言ったろ」
「…………」
「相棒、正直に本心を吐露しよう。僕は僕の存在証明によって、悪の味方が迎える結末を知りたい。他者のために自己を捨て去り、他者のために他者を切り捨てる……実に不可解で興味深い。人間という源泉から湧き上がる神秘は、君という喜劇役者の視点を借りて視るほどに深まっていく。だからこそ、僕は、悪の味方が語り部をする朗読劇に耳を傾けたいと願っている。それが、愛する君の嫌悪する終わりを招くとしたとしても、だ」
「だ――」
「話者のテンポを読めよ。イージーイージー……4分の4拍子だ、人と人の会話は常にリズムを刻んでる」
人差し指と人差し指でバッテンを作り、たん、たん、たん、たんと、4分の4拍子を叩いているアルスハリヤは苦笑する。
次から次へと。
飛び交う蒸気機関車の狙いを濃霧で逸らしながら、俺は、爛々と輝いている魔人の眼光へと向き合った。
「大事な質問だ……なぜ、君はあのふたりを止める?」
「現界と異界の重ね合わせを行えば、長和六年の禍と同じことが現代でも起きる。なんの罪もない大勢の人間が死ぬ」
「そこだ、そこが不理解だ」
バッテン、ひっくり返して、またバッテン。
8分の6拍子で、アルスハリヤは対話をコントロールする。
「君は、三条黎を救いに来たんじゃないのか? その他の人間がどうなろうとも、知ったこっちゃあない筈だ。現在のうちに彼女を連れて逃げれば、君の当初の目的は達せられる」
「…………」
「藤原陽は既に死んでいる」
「…………」
「屍も夭も星も光も死んでいる。死人を生者へ反魂させる術などない。僕の権能を持ってしても間に合わない。藤原陽とライゼリュートが揃い踏みで現状へ至っているということは、平行時空仮構論を持ってしても事態は好転しなかったのだろう。黎も霧雨も華扇も、救うには既に時間を逸し常軌を逸し摂理に逸している」
「…………」
「なのに、なぜ、君は未だに正義へ味方する」
俺は、静かに小指を立てる。
最早、誰とも結ばれていない小指を……捧げる。
「約束した」
――やくそく
「だから、俺が」
――はじめて、しました
「この誓いを違えることはない」
「…………」
「俺は、正義には味方しない」
そして、俺は言った。
「俺は、俺の誓いに味方する」
「あぁ、そうだ」
魔人は笑う。
「そのテンポだ」




