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第39話 堕落都市の学者


 裏市場の外れにその建物はあった。ウルゴルヌーマの中でも治安が悪く、近くには何もない、浮浪者ばかりの寂れた路地の奥にサウィンから紹介されたシンスエフという人物の住むというそれなりに大きな住居があった。


 キーは同伴していたカルクゥ達を待機させると、まずはドアをノックし、来訪を告げる。


「失礼!サウィンの紹介でアルコールの売買について商談をしに来たものだガ!」




 このくらいの大きさの建物でも聞こえるようにキーは声を張り上げたつもりだが、返答はなかった。シンスエフという人物は不在なのであろうか。それともサウィンの言では偏屈ということから居留守でもしているのだろうか。


 再度キーはノックをして、叫ぶ。


「誰かいなイか!?」


「留守っすかね?」


「めんどくせェな……書き置きでモして出直すか……」




 肩透かしを受け、キーは懐をまさぐろうとすると、ドアが開いた。キー達は身構える。


 しかし中を見ると誰もいない。薄暗い屋内が見えるが、屋外から覗き込む限りでは人はいないようだ。


「なンだ……?誘い込まれていルのか?」


「兄貴行くんすか?危なくないです?」


「行くわけないだロ不法侵入だぞ。俺様がそンなことするわけがない」


「そうっすよね!それじゃ帰りましょう!」


 キー達が踵を返そうとすると、屋内からガラスが割れるような音がして、悍ましい何かの叫び声が聞こえてくる。






「おぎょtbぎょwxcぎょqp―――――!!!!!」




「…………」


「…………」


 キー達は微妙な表情で顔を見合わせる。数秒沈黙するも、現実には立ち向かわねばならない。嫌々キーは言葉をひねり出す




「中で何かあったよウだな。一応弁解の理由はデきたが」


「怪しすぎでしょう……ぶっちゃけ俺たちに都合よく事が転ぶ予感がしませんっす……」


「帰ったところでシンスエフってやつの身にマジで何かあれバ、俺様たちにとっても都合が悪いんだヨな……」


「もちろん兄貴の判断に従いますよ!」


「ルルアガもそうだ。キー。指示を」




 イルーシャの指示で同行しているルルアガの面々もキーに判断をゆだねるようだ。キーは頷いて突入を決める。


「調査を行ウ。しかし罠の可能性が否めない。お前たちの大半は屋外で待機しロ。数人俺様についテこい。侵入経路の途中で二人ずつ置いてイく。何かあッたら後続の者に逐一知らせろ。一定時間報せがなければ各自の判断で撤退シ、応援を呼べ」


「「「応っ!!!」」」






 キー達は建物の内部に侵入し、2階までを隈なく調べるが、何も異常はない。生活感がない何も家具がない部屋ばかりが並び、罠なども存在しないようだ。しかしそれこそが異常である。


「何も異常がないなどアりえん。確かにこの中から叫び声のようなものが聞こえたのだかラな。……とイうことは」


「ええ。地下っすよね?」


「アあ。床を調べロ」




 キーは指示を出すと、ルルアガの面々は素早く散開し、ものの数十秒で床の空洞を見つけ、床を剥がすと階段が見えた。かなり奥まで続いている。中からは冷たい風が吹き抜けてくる。ホラーゲームなんかでありがちな光景だ。


「今から突入すル。お前達二人はここに残り、外にいる奴らに知らせた後は階段で待機しロ」


「「了解」」




 キー達は階段を下りていく。靴の反響する音を聞くに、かなり広々とした空間のようだ。ルルアガの者たちが火をつけて薄暗い足元を照らす。

 カルクゥは壁を叩きながらかなり警戒している。キーは松明を受け取ると剣と共に両手で持ちながらずかずかと進んでいく。ルルアガの者たちは周囲を警戒しながら後を追うのに精いっぱいだ。


 しばらくすると深い緑色に薄く発光する明かりが見えた。階段も終わりのようである。降りきると、かなり広々とした空間に出た。天井もかなり高い。蛍光灯のような証明が天井に据え付けられている。


 キーがまた二人待機させ、後続の者に連絡させることを指示し、進んでいこうとすると、またもや何かの絶叫する音が聞こえてきた。かなり近い。人間の声帯で出せる音ではない。




「ギョvbギョmljkギョdfg――――――――――!!!!!!!!!!」




「いルな……オ前達。やハり1人残れ。音の正体を見極めタら続いて連絡をしに行け」


「「了解」」


「左の道から来ますね…………っ!曲がり角の奥から来ます……!」


 キーは頷き、松明を渡すと片手をかざす。ルルアガの面々は弓を準備し、そうでない者やカルクゥはキーを守るように、そしてキーの体を後ろから支える。






 床をひっかくような音と、何か硬いものがきしむような音が近づいてくる。ルルアガの者が固唾を飲む音が聞こえる。不気味に床を照らす緑の光が曲がり角付近で影が濃くなっていく。


 キーの片手から風が吹いてくる。しかしその風は今までよりも周囲構わず吹き荒れるものではなかった。指向性を持ち、なおかつ風圧も抑えられている。日々の修行の成果だろうか。だが今は緊張からか気づく余裕がないからか指摘せず、弓を引き絞る音は強まる。




「キキキ……ギョpbギョjwkギョdg――――――――――!!!」


 叫びの主はいよいよその正体を現した。緑がかかった黒い甲殻。複眼であろうか瞳孔のない無数に飛び出した触角の先に着いた球。頭部に存在する脊椎動物ではありえない左右に牙がついた外口器。蟻の上に無理やりカマキリを接合したような天井まで届くほどの体躯。人の銅より太い複数本存在する多節の足。


 映画にでも出てくるようなクリーチャーが現実に存在した。紫の粘液の滴る鎌首をもたげ、その全容を露わにする。鋭利な多脚を次々と動かしながら頭部を上下左右に振り乱して進み、曲がり角にぶつかるとこちらとは反対側に向いた。




「……」


 誰かの息を吞む音が木霊すると、怪物はこちらに勢いよく向いた。サソリのような青紫の尾を振りかざし、巨体から信じられないようなスピードで壁を破壊しながら迫りくる。


 誰かがこらえきれず矢を放つが外角に阻まれてはじき返される。たまらずルルアガの者たちは抜剣するも、まごついている。とうとう廊下からキー達のいる広場までやってきた。




「ギギギガギャァァァアアアアアア!!!!!」 


「…………!!!!!」


 キーは狙いを定めて怪物を限界まで引き付けると、魔力放出を打ち出した。以前よりも収束された分、威力と速度は増している。鎌風が切り刻むように怪物の足を複数持っていきながら壁に打ち付ける。


 並の生物なら瞬時に息絶える死の嵐が、貫けないのかと思うほどの堅甲をあちこちへしゃげさせる。おそらく悲鳴を上げているのだろうが音をすべて持っていくほどの風圧で何も聞こえない。






「~~~~~~~~~~!!!!!!」


「…………っっっ!!!!!」


 怪物はもがいているが、まだ生きている。キーは力を振り絞り、魔力放出の反動に凄まじい形相で歯を食いしばっている。それを屈強な男たち全員で支えているも次第に階段まで押し流されていく。


 とうとうルルアガの者たちは吹き飛ばされてしまうと、キーは魔力放出を止めた。キーはきしむ体を無視して、声高く張り上げる。




「動ける奴は囮になって目や関節部ヲ狙え!!!俺様がとどめヲ刺す!!!!!」


「「「応っ!!!」」」


 キーは魔道具のナイフを取り出し口にくわえる。そして長剣を構えて怪物の前に躍り出た。ルルアガの者たちも散開して怪物の周りを囲んでいく。




「ググググググゴァ――――――!!!!!!!!!!!」


 怪物は怒り狂ったようにもがいているが、キーが近寄ると弾丸のように巨体を空に浮かべながら突っ込んできた。キーはナイフを腰から取り出して怪物の頭部に投げると複眼が複数吹き飛ぶ。


怪物は少し仰け反るとキーはなくなった目の死角から体勢を低くして足の関節に飛びつく。そして関節部に狙いを定めると長剣を突き刺し捩じり回した。






「ガグァァァアアアアッッッ!!!!!」


 怪物はたまらず尾をキーに突き刺そうとするもキーは多脚の節足の間に転がり、怪物の胴体の下に入った。




「兄貴っ!?」


「死んじゃいねェよっ!!!こいつの気をそらセ!!!」


 キーはそのまま怪物の胴を潜り抜け、背中に回った。その間に囮の面々は追い打ちをかけ、怪物の目を時間差で攻撃し、ターゲットを絞らせない。




 キーは怪物がルルアガの面々に殺意を向けたことを確認すると、後ろから尾に飛び出して抱き着いた。そして長剣を尾の根元に深々と突き刺す。




「ゴギャギャグギャァァァアアアアア!!!!!」


 怪物はこれまでで一番甲高く鳴き、身を震わせながらひっくり返るように体勢を崩す。キーは激しく揺れる化物の胴の上に、猫のような四つ足で怪物の後ろ首まで駆け上がる。キーの体が宙に浮きあがると、キーは口にくわえていた魔導具のナイフを手に取っているのが見える。


 魔道具は高速振動しており、キーの手もつられて振動している。キーはそれを抑え込むように手の甲に筋を浮き上がらせながら握りしめ、死神が大鎌を振るうように怪物の後ろ首を薙ぎ払った。




 しかし怪物の甲殻は固く、毒々しい紫色の体液が噴出するも首の中ほどまで削ぎ落としたところで止まってしまう。キーへの誤射を避けるため、手を止めて様子を窺っていたカルクゥは悲痛な声を上げる。


「そんなっ……!兄貴ぃっ!!!早く逃げてくださいっ!!!」


 怪物は怒り心頭という様子で、カマキリのような手を首の後ろのキーに振りかざす。ついにキーの体をえぐりぬくための攻撃が迫りくる。






 だがキーは笑みを浮かべる。怪物の後ろ首に突き刺さった魔導具のナイフの高速振動はなお増して怪物の頭は勢いよく揺れ動き始める。

 

「これが刺さった時点で俺様の勝チだ。詰ミだ」




 キーの言葉と共に魔導具のナイフは射出される。怪物の首をちぎりながら貫通し、階段の横の壁に突き刺さった。


 怪物の体は魔道具の振動の残留により揺れていたが、轟音を立ててついに躯を横たえた。キーは柔軟な身のこなしで地面に着地する。






「あっ……!兄貴っっっ!!!半端ねぇっす!!!!!」


「はァ……いきなり出て来られるとホンマびっくりすルわ……俺様はドッキリが苦手なンだ」


 キーは萎えながら全身の関節を鳴らして歩いてくると、魔導具のナイフを回収し体液をふき取る。


 ルルアガの面々は苦笑しながらもキーの背中を叩いて激賞する。キー達は激戦を終えてお互いに労をねぎらいあった。




 戦いを終えて休憩をしながら外にいる者たちへ連絡を完了すると、キー達は慎重に化物の死骸に近づいてそれを調べ始める。


「ったくなんだったんだこノ化物は?こんなのその辺にいルもんなのか?」


「そんなはずがない俺たちも初めて見た。聞いたこともない」


「地獄にもいそウにないバケモンだからな。そうそウこの世に居られては困る」


「できれば後で調査しよう」


「アあ。それじャ先に進むぞ。こんなことがあっては内部の様子を探らないとならなイ」






 全員が賛成の意を示し、奥へと進もうとキーは振り返ると怪物の出てきた曲がり角から靴の床を打つ音と共に影が現れた。


 襟のない白衣のような白いロングコートに、魔法陣のような複雑な刺繍の施された白地のインナーを着た白づくめの青年が歩いてくる。

 緻密に整えられた白髪に近い銀髪。眼鏡の奥には深い知性の宿る銀のまなざしがこちらを見据えている。




 違和感しかなかった場に、ぽっかりとした穴があいたような更に浮いた存在が現れ、キー達は困惑と警戒を募らせる。その青年は眼鏡をくいと押し上げ、几帳面そうな整った容貌から声を掛けられる。


「私の実験動物を始末したのは君達か?」


「そうダが……都合が悪かッたか?」


「いや。事故で逃げ出したところをどう処理したものかと思っていたところだった。感謝したいところだが君たちはなんだね?」


「サウィンの紹介でアルコールの売買につイて商談をしに来たキーという。建物をノックしても出てこないから帰ろうとシたらこの化物の声が聞こえてきてな。事件かト思い入ったんだが……」


「そうか。手間をかけた。私がシンスエフだ。アルコールなら現在非常に不足している。言い値で買おう」


「ハ……?いいのかヨ?」


「金はある。もったいぶった会話は嫌いでね。ものを持ってきたらそこにおいて価格を報告してくれ。それでは研究があるので失礼する」


「おウ……毎度アり……?」




 シンスエフは静かに、だが間断なく用件だけを伝えると化物の死骸を息つく暇もない速さで魔法で燃やし、去っていった。


 キー達はシンスエフの独特の調子に圧倒され、シンスエフの姿が見えなくなるまで度肝を抜かれたように立ち竦んでいたが、我に返ると口々にぼやきながらその場を離れていった。










 シンスエフは廊下を歩いていくと、培養槽のような巨大な試験管に見える円筒形のガラス管が立ち並んだ部屋に着く。

 魔法陣を2つ目に止まらぬ速さで起動すると、散乱していたガラス片と紫色の液体が浮き上がり、元の形状であろう培養槽のようなガラス管に戻っていった。


「会えてよかっただろう?」


「そのために私の実験成果を使われては困るのだが」


「ごめんね。この償いはいずれするよ」


 シンスエフの背後の巨大なガラス管の上にヨユルニルが胡坐をかいている。謝罪の言葉を口にしているが、全く誠意のない口ぶりだ。相変わらず賽子を放り投げながら気の籠っていない様子である。




「でも僕の言いたいことは言わずともわかるだろう?」


「理論上ありえない。あの魔力はなんだ……?私の理論が間違っていた……?いやしかし……」


「すごいよね。僕も見つけた時は驚いたよ」


 シンスエフは焦ったように早口で独り言ちながら考えに没頭していく。ヨユルニルはシンスエフが机に戻り紙の束を取り出した時に言い放った。






「君の事だからキーを無理やりにでも捕まえるかと思ったよ。彼のことをずっと食い入るように見ていただろう?」


 シンスエフの体はピタリと一瞬止まるが、筆を取り出して紙に素早く書きなぐりながら返答する。


「抵抗されて研究室を破壊されてはかなわない。あそこまでの魔力では何が起こるかわからない。何より『象徴化』でもされたら始末に負えない」


「そうかい」




 ヨユルニルは興味を失ったのかそれきり何も口にしない。シンスエフは研究に没頭し、神の束が山のように机に積み上がっていく。


 ヨユルニルはガラス管の上から飛び降りると、ふと自分の座って居たガラス管を見上げる。そこには先ほどキーが戦っていた怪物の数倍にも及ぶ高さの影が浮かんでいる。ヨユルニルはそれを見ながら賽子を投げ続けていた。




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