第38話 略奪の流儀
武装した赤褐色肌の人間たちが走っていく姿を見ると、通行人は我先にと逃げていく。その後必ずと言っていいほど轟音と共に建物が吹き飛んでいく。もはやウルゴルヌーマでは風物詩となりつつある景色だ。
建物にいたビーボーイの団員はもはや諦めたように逃げ出すものも今となっては多いものだ。しかし慈悲をかけることもなくルルアガの者たちは弓矢で背中を射る。
逃走できないことを悟るものは死に物狂いで抵抗をするも、数の差は度重なる戦の結果絶望的であり、兵の質の差も歴然としている。ビーボーイの戦闘員はほとんどがチンピラ崩れでしかないのだ。
「マジカルナイフゥッ!!!ヒャア゛ッッッ!!!!!」
滑稽な掛け声とともに投げられたナイフは言葉とは裏腹に、軌道がねじ曲がりながら人間が投擲したとは思えないスピードで荒れ狂いながら進み、ビーボーイの者たちの胴体や手足を引きちぎりながら進んでいく。壁にぶつかって掘削したと思うとそのまま壊して突き抜けていった。
「やべッ……魔力込めすぎたナ……ちょっと取ってくるわ!」
「しっかりしてよね……ここで派手に魔法を使って大事な設備を壊すわけにはいかないんだだから」
「面目ねェ。ついでに道すがらいろイろ探してくる」
「私は裏からまわるわ。今回は誰も逃がすわけにはいかないしね」
イルーシャは部隊を建物を包囲するように展開していった。キー達は道中ビーボーイの連中を片付けながら建物の奥へ奥へと進んでいく。
「あったあッた。あんまばかすか投げるわけにはいかないなコりゃ」
「貴重な魔道具をなくすのはもったいないっすからね」
ビーボーイの団員のちぎれかかった肩から先ほどのマジカルナイフと呼んでいたナイフを乱雑に引き抜く。ルルアガで手に入れたビーボーイの略奪品の一品だ。
そうするとキーは幼子のように泣きべそをかいて命乞いをしているビーボーイの団員にそのままナイフを突きつける。
「ここはビーボーイの酒造施設ダな?技術者と生産設備の在処を教えテもらう」
「お願いだよぉっ!教えたら見逃してくれっ!頼むっ!」
「教えてもらうと言ッた。取引じゃアない」
キーはビーボーイの団員の肩の傷口をぐりぐりと踏みつける。耳をつんざくような絶叫が響き渡り、ビーボーイの団員は暴れまわるがキーの脚力から逃れられない。
「血が出てるな止めてやルよ」
「あぁぁぁあぁあぁっぁああぁやめでぐれぇぇぇええぇえぇぇぇ言うぅ言うがらぁぁあぁああ」
キーは生産設備の在処と技術者がここにいることを突き止めると、ビーボーイの団員の頭を踏み抜きそのまま捜索を続ける。
事切れたビーボーイの団員からの聴収に沿って捜索していくと、非常に広大な部屋の中に、醸成装置らしき樽と言えないような巨大な円筒形の設備がいくつも並んでいる。
キーがカルクゥ達を散開させて技術者たちを探させると、いかにも学者然とした白衣の男たちがぞろぞろと引き連れられてくる。
「奴隷風情がぁっ!私に気安く触れるなっ!!!」
「いや元気だネ。どうやらご自分の立場が分かッてないようだな」
ルルアガの面々は厭らしく笑っている。ヒステリックに暴れるこの男の末路が見えて笑いを禁じ得ないという様子だ。他の技術者たちは身の程をわきまえて沈黙している。
「サて。お前たちはビーボーイの酒造技術者トいう事で間違いないな?」
「「「……」」」
「はい」
「おい何を証言しているっ!」
「証言させる力があるからでしょうに……」
酒造技術者の者たちは沈黙した後、代表者のような男が肯定した。それを聞いたヒステリックな技術者は甲高く証言者を戒めると、カルクゥは流石に呆れかえる。ルルアガの面々は失笑し、もはやこの男に興味をなくしていた。
「やさしい言葉に武器を添えれば、やさしい言葉だけのときよりも多くのものを獲得できる。いい言葉だ」
キーは歌い上げるように話しながら、新鮮な血の滴る魔道具のナイフをヒステリックな技術者の額に浅く刺す。キャンキャンとわめいていたこの男は蛙が首が絞められたような息を出し、硬直する。
「お前うちに来たいよナ?」
「……はい」
一工夫加えて口が断然緩くなり、協力的になった技術者たちの案内で、様々な資料を傷一つなく手に入れることができた。
技術資料はもちろんの事、顧客名簿や名義入りの証文、味の注文が書かれたメモまでご丁寧に保存されている。
中には貴族であろうか、長ったらしい家名と家門入りの書類まであるのだ。一体どこまでビーボーイの手は伸びていたのだろうか。その総力がウルゴルヌーマに注ぎ込まれていたら自分たちの命はなかったのではないかとキーは息をのむ。
「兄貴。これを見てもらってもいいっすか?」
「どレ……こレは……!」
カルクゥから渡された書類を手に取り見ると、白戒教団当ての証文がある。サウィンの店やルルアガとの契約の際によく見た書式だ。
それも尋常じゃないほどの数の取引をしているようだ。夥しい数の書類が白戒教団の名前が記載されている。
ビーボーイは貴族位を持ち、国家に食い込むほどの権力を得ていた。もしかするとその後ろ盾として聖堂勢力が、酒の密売に加担していたからであるのかもしれない。
別にキーは酒に思うところなど微塵もないのであるが、飲酒を禁止する白戒教団が自らその禁を破っている腐敗した組織であることに侮蔑を隠せない模様である。
「宗教ってのは腐る部分もあルもんだが、ここまでとハな」
「まだ俺はそれ本物かどうか疑ってるところはあるんすけど……」
「本物だろウよ。金ノ流れは雄弁だ」
キーは無作為に証文の束を確認すると、どれもが白戒教団の名義である。納品先を見ると様々な地名が記載されている。となると組織ぐるみで密売が横行しているのだろう。すでに宛先の記載された梱包済みの酒樽も積まれている。
「まぁいイ。欲の皮が突っ張ったクズどもも俺様に見つかったのが運ノ尽きだ」
キーは散らかっていた書類を整頓すると満面の笑みを浮かべる。暴力と欲望の掃きだめのような町で、全てを食らいつくそうとするような覇気が満ちていく。
「俺様が有効利用してやろうじャねぇか!この世界の帝王になル為にな」
ひとまず技術者の捕虜をルルアガに移送すると、イルーシャ達は酒造設備の守備を買ってくれた。キーがこれらの設備を使用できるようになるまでは見回ってくれるとのことだ。
ルルアガの拠点に帰るとラシオンとメイエルハニカが話していた。メイエルハニカがルルアガに来ているのを見るのは初めてだ。
「ラシオン。無事任務完了ダ」
「おう兄弟。ご苦労だったな」
「俺様も助かッた。酒の生産設備モ技術者も揃って万々歳だ。……メイエルはガキどもの話をしていタのか?」
「キーちゃん……うん。ラシオンさんにお願いしてた。それとキーちゃんにも話があるの」
ラシオンは腕を組んで少し困ったような表情だ。いつもなら任務を達成したと聞けば喜びを露わにするのだろうが、原因は躊躇いがちに話そうとしているメイエルハニカだろう。キーを見つめていたが意を決して頭を下げる。
「エルレアたちとあの後よく話をしたよ。みんな私なんかよりもよく考えてた……私あの子たちの気持ちを考えてなかったってわかった……」
「そンなことはない。お前があれだけ悩んでいたのはソれだけ真剣に考えている証拠だ。ただお前を取り巻く状況が悪かっただけダ」
メイエルハニカは力なく首を振る。いつも周囲に元気を与えてくれる笑顔は影もなく、無力感に染まっている。
「キーちゃんはそれでもできたんだよ……私は何もできなくてただキーちゃんやラシオンさんたちに頼ってただけだった。」
「お前に頼られて協力しているのは、俺様がいつもお前に助けられていたからだ。普段のお前の振る舞いが俺様たちを動かした」
「キーちゃん……ありがとう」
メイエルハニカはようやく笑みが戻る。近くで話を聞いてたラシオンも目をつぶって口角を上げている。
「キーちゃんだからあの子たちのことを頼みたいの。どうか……よろしくお願いします」
「全力を尽くス。誰も並ぶことなき栄光を築き上げヨう」
キーの尊大なまでの自信もメイエルハニカにとっては安心できるのだろう。メイエルハニカは花が咲くような微笑みを浮かべた。
「後は販路の開拓を残すのミだ。ラシオン。これからサウィンの所に行ってクる。交渉が成功すれば酒を運んでほシい」
「任せておけ。頑張れよ!」
「オう。それじゃ行っテくる」
「うん。行ってらっしゃい」
キーはサウィンの店まで歩いていく。メイエルハニカはその姿が見えなくなるまで見送っていた。
サウィンの店に着くとベニオが荒れているようだ。ちびりちびりと舐めるように酒を飲んでいる。酒もいつもと違うものを飲んでいるようだ。不機嫌そうに天井を見上げている。
アレッツをはじめとするいつもの取り巻きも今日は離れているようだ。キーは何事が起きているのかとアレッツに尋ねる。
「アレッツ。おっさんがご機嫌斜めな様子だがどウしたんだ?」
「酒の仕入れが途絶えてるみたいで、師匠のお気に入りの酒がないらしいべ。安酒も値上がりしてるらしいだ……おっかなくて話しかけられないだ」
「ほーン……おッさん!朗報を持ッて来たぜ!!!」
キーは暢気な声でベニオの前に立つ。ベニオは血走った目でドスのきいた声で凄む。
「あ?俺は機嫌が悪い。くだらない用件なら潰すぞ」
「酒をたんマり手に入れた。おっさンの飲んでる酒もある。今からサウィンに商談を持チ掛けるところだ」
「お前……神か?」
「かもしれンな。お前にとってハ」
ベニオは声を震わせ信じられないものを見るようにキーを見る。崇拝するような目つきでキーを見つめ、グラスを持つ手が震えている。禁断症状が出るほどベニオは抑圧されていた。
「速く!!!欲しいんだよ!!!くれ!!!はやく!!!」
「俺様の一存では決められなイな。サウィンの返答次第ダ」
「サウィーーーーーン!!!!!速く―――――っっっ!!!」
「黙れ」
ベニオが絶叫するとサウィンがのっそりとカウンターに出てくる。キーを戒めるように目を細めて見つめる。キーはそれを無視して自分の都合を述べる。
「酒が足りないみたイだな。俺様が都合してやルよ」
「……」
「どうしタ?」
「いくらだ?」
「俺様とある取引をしてくれたら今までと同じ卸値で売ってやル」
「サウィーーーーーン!!!速くーーーーー!!!!!」
「黙れ」
サウィンはキーを見つめ、淡々と述べる。いつもなら話すときに何か作業をしているところだが、話に集中していることからサウィンも乗り気なのだろう。
「取引とはなんだ?」
「俺様が生産した酒を今後継続的に買い取ってほしイ。品質は保証すル。何せビーボーイの技術者と生産設備をそっくりそのまま使うんだかラな」
「現物を見ないことには返答不可能だ」
「そうだナ。だが品質が保証されれば取引スるということだな?」
「サウィーーーーーーーーーーンッッッ!!!!!!!!!!速く―――――っっっ!!!!!!!!!!」
「……かまわん」
サウィンはベニオの絶叫に切れ長の目をを細めながら、了承の意を口にする。
「よーシ。なら今ある酒の在庫ヲ売ろう。大量にあルがお前の店で全部捌けるか?」
「いくつだ」
「ざっと4000樽はあッた」
「無理だ」
「よっっっっっしゃぁぁぁぁあぁああああああ!!!!!うぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!!!!!」
サウィンは即答する。キーは納得しつつ、どのように在庫を処理するか思案する。ベニオは跪き天を仰いで涙を流しながら雄たけびを上げていた。
「ならどこか酒の在庫を捌いてくれルところと原料の仕入れ先を紹介してくれるか?」
「構わん」
「ホう?ありがタいね」
キーはサウィンに対価を求められるかと思っていたのか意外そうにしている。ベニオを見るとアレッツたちと肩を組み跳ね回るように騒いでいた。サウィンは何を考えているのかわからないが、ポツリと言葉を出す。
「一つ聞きたい」
「なんダ?」
「継続的に酒の生産できる能力があるか疑念がある。ビーボーイの技術者は裏切らず仕事をするのか?」
「そンな舐めたことをする奴は見せしめだな。それに孤児のガキどもヲ雇って技術を伝授させる。またカルクゥの紹介で何の因縁もない技術者も雇える見込ミだ。……ガキどもには監視の役目も期待シている」
「そうか」
キーの返答にサウィンは満足したようだ。サウィンはコップを手に取り吹き始めた。キーは酒を持ってまた来ることを告げると、カウンターから離れていく。するとサウィンから珍しく話しかけてきた。
「待て」
「まだなんかあんノか?」
「なぜおまえはそこまでする?すでにお前は巨額の資産を持っているはずだ」
「そりゃもッと稼いで成り上がるためだろうが?」
「学のない孤児を使う理由はない。カルクゥなどの紹介で使える人間を雇った方が早い」
「信用がなイ。後がない孤児を雇った方が生殺与奪権を握ることができて俺様に絶対的に従わせらレる」
「故あれば人は裏切る」
サウィンは断言するように少し力強く言う。キーはサウィンを観察する。コップを拭く音がやや強くなった摩擦によって大きくなった。
推測するに先ほど話していた信用や裏切りという言葉が、サウィンの琴線に触れたのだろうか。キーは静かに息を吐いてから語調を改め答える。
「お前の言う通り、人は容易ク裏切る」
「……」
コップを拭く音は小さくなっていく。キーは自分の思いを確かめるように遠い目をしながら話す。
「ガキどもを雇う利点なんてほとんどないに等シい。手間バかりかかるだろう」
「ならなぜそうしている」
「ガキどもを雇うのは俺様の感傷に過ぎなイ。ガキどもに厳しイ世界だ。年長者が少しばかり情けをかけてやっても罰は当たらなイ。俺様モ他人様からそうされてこの町で生き残れたからな」
「……」
「俺様がひと手間かけてガキどもが死ぬような仕事から逃れられるならそうスる。それだけの情が湧いたってだケだ」
サウィンはコップを拭く手を止めるが無言を貫く。キーは話が終わったとみて、扉に手をかけた。
「じゃあな。酒は後日持ってくるから卸先の手配を頼む」
「待て。卸先を教える」
サウィンはメモに素早く記入すると、カウンターに戻ってきたキーに押し付けるように渡す。
キーはそれを受け取ると記載内容を眺める。
「その建物に行け。大量の純度の高いアルコールの調達を継続的に依頼されている。……おそらく酒の生産設備も製作できる技術があるだろう」
「へェ。ソりゃ凄ぇな」
「偏屈な男だ。頼んでも承諾されるとは限らない」
「期待してオこう。どーモ」
キーは店から出ていった。サウィンは少し考え込んでいたがコップを拭き始めることを再開する。
するとベニオは有頂天になりながらも、サウィンに先ほどの話について冷やかす。
「お前にしてはずいぶん肩入れするじゃねぇか。そんなに坊主が気にいったのか?」
「……」
サウィンはコップを拭く強さを少し強める。顔色一つ変えないが、手先に感情が現れている。ベニオはそれを一瞬無表情で見やると笑みを浮かべる。
「坊主は期待以上の働きをしたがどこまで加担するつもりだ?ドラゴニオと衝突する可能性も高い」
「ジェブラが動いている。奴の動向により情勢がどう動くか不明確だ」
「そうだな。それで?」
「諸問題の渦中にあるキーの行動をこちらである程度コントロールする。ドラゴニオなどにすぐ潰されるようなことは望ましくない」
「俺にとってもドラゴニオにこれ以上好き勝手やられるのは都合が悪いね」
ベニオは先程舐めるように飲んでいた酒瓶を手に取り一気飲みする。口の端から垂れた水滴を舐めとると、恍惚と息を吐く。渇きを癒すと話を改める。
「コントロールとは言うが当面はどうするつもりだ?」
「キーの酒の卸先や原料の仕入れ先を俺の手で紹介する。酒商いで生まれるであろう利害関係の軋みを俺の都合がいいように操作し、紹介した対価で俺の思惑通りに動いてもらう」
サウィンはおもむろに書類を眺める。書類には依頼が記載されていた。納品の依頼である。納品先の建物はキーにメモしたものと同じだ。書類が自重で折れ曲がり、サウィンが振って風圧で直すと依頼者の欄が出てきた。そこにはこう書かれている。『シンスエフ』と。




