第36話 エルレアの意見
孤児院にて腹案である商売道具についてキーは話すと、メイエルハニカは難色を示している。彼女は敬虔な白戒教団の聖徒であり、酒を造るという行為そのものに後ろめたい気持ちがあるようだ。
しかしキーがわざわざ考えて真っ先に相談をしに来たという事で、宗教的良心と現実の間でのせめぎあいがあるようだ。もう一押しといったところかとキーは当たりをつける。
翻ってトアルは決めかねているという様子である。酒の製造に関わることで、裏社会にどっぷりとつかってしまうことが懸念であるようだ。莫大な利益が出るならばそれを狙われることもあるのではと危うんでいるのだ。
しかしキーの計画ならばと微かな希望も抱いているようである。
ティリは消極的賛成のようだ。計算高い彼女はこのまま何もせず年月が進んでいっても、事態は打開しないことをすでに想定しているのである。
手をこまねいているならば何であってもやってみるという主張をしている。だがトアルと同じように、それが酒でないことをできれば望んでいるようである。
「そういうわけで酒の製造は利益率も高いし、安定して稼げることを見込んでいル。労働者と設備さえあればすぐに始めらレるだろう。必需品だし在庫も抱えて置ケる。投資はもちろン俺様が受け持とう。ドうだ?」
「とてもありがたいんだけど少し……考えさせて」
メイエルハニカはそれきり口を噤む。トアルとティリは盛んに論を交わしているが、有意な結論は未だ出せないようだ。
「ティリ。君の言っていることはわかるよ。でもそれは必ずしも酒である必要はあるのかという話さ。利益が膨大なのはわかるけどリスクも果てしなく大きいことが僕は疑念があるんだ」
「私たちでも手っ取り早く稼ぎが出て、それなりのものが作れるのが酒しかないのよ。他の製造業で私たちがどれほどの時間を掛ければまともなものが作れると思うの?誰が私たちのような子供のつくったものを買ってくれるというの?私たちが一人前になるまでキーの厚意に頼り切りでやっていくというの?」
「それは……」
トアルはティリの意見に俯いて口籠ってしまう。キーは椅子によりかかり黙って話を聞いているが、この状態だと結論が出るまで時間がかかりそうだ。
ティリはよく考えているが、リスクが高いというトアルの主張ももっともだ。命がなければどれだけ稼いでも意味はないのだからトアルの主張にも理がある。
もちろん他の物をつくればいいという懸念はもっともなことだ。しかしキーはそもそもこの町に、いや世界に留まるつもりはない。自分がいる間に子供たちとルルアガの縁を確固たるものにしたいという考えが、急進的な酒を造るという案にしていた。
そうしていると突如部屋のドアが開けられる。キーが横眼を向けると、つかつかと音を立てて、深い青い髪をなびかせて小さな影が部屋に入ってくる。
「……どうしたのエルレア?今大事なお話をしているから外で遊んでおいで?」
「話はドア越しに聞いていました。私も話に参加させてください」
メイエルハニカは静かな口調でエルレアを退室させようと促すが、エルレアが幼いが怜悧な美貌に決意を浮かべ、議論への参加する旨を主張する。
「エルレアにはまだ早い話よ。まだあなたはこの孤児院にいるべき年齢なんだし……」
「私の将来に関わる話です。当事者がいることは当然では?」
「……そうね。あなたも意見も聞かせてくれるかしら」
「ティリ!」
メイエルハニカはティリを戒めるように叫ぶ。しかしティリはエルレアの肩を持つようだ。
「メイエル。ティリも将来は大人になるんだから。今から自分の将来について考えさせることは必要だと思う。何も知らない子供のまま社会に放り出されるって残酷なことじゃない?」
「それはわかるよ!でもエルレアはまだ何年も孤児院にいるでしょ?その間に教えればいいじゃない!」
「その間というけれど卒院した子供たちを雇ってくれるところがあるというの?エルレアの言う通り当事者の意見無しにキーの提案を判断するのもおかしな話よ」
「それは――――」
ティリとメイエルハニカは激しく口論を交わそうとしている。二人の口調はヒートアップしていき、トアルが二人を抑えようと立ち上がろうとしたとき、全員に痛烈な冷や水を浴びせる言葉がエルレアの小さな唇から出た。
「私は現状のままでは、数年も孤児院が存在しているかすら怪しいと予想しています」
「…………」
辺りを沈黙が包む。メイエルハニカだけでなく、ティリすらも呆然とエルレアを見ている。キーは興味深そうにエルレアの釣り目がちの顔を眺める。普段は大人しい少女だが、よく見ると気が強そうな顔立ちをしている。
エルレアは全員を眺めるとそのまま畳みかけるように持論を述べる。
「そもそもこの不景気はビーボーイが壊滅したことが端緒となって、物流が止まり、ウルゴルヌーマの製造業が深刻な需要不足に陥ったことが原因です」
「ほウ……」
キーは思わず感嘆の息を漏らす。当たっている。それも頭がこの自分の腰に届くかという小さな子供が言っているのだ。驚嘆に値する。
「ビーボーイの物流網をそのまま他の商人が使えるわけではありません。需要が復活するには商人が腕のいい職人を安く雇う。そして得た商品の卸先を見つけるという過程が不可欠です。商人たちは底値で職人を雇うため、そしてウルゴルヌーマの混乱の中でどの勢力が台頭するかを見極めるためにしばらく静観するでしょう」
「……その通りダ。素晴らしイ」
キーは無意識に賛辞をエルレアに送る。エルレアはキーに向いて深く礼をする。
「ありがとうございます。……話を続けます。現在の混乱の中では、商人はウルゴルヌーマ内での組織に商品を売りつけることは控えるでしょう。混乱が収まった時に勢力が衰えた組織と友誼を結んでいれば、対抗組織に潰されるからです。そのような状況では内需の回復は見込めないでしょう」
エルレアは可愛らしい咳払いをして、息を整える。そしてまた優れた頭脳が導き出した予測を再開する。メイエルハニカたちは唖然としながらそれを聞くしかないようだ。
「ここで重要なのは、現在の混乱を極めるウルゴルヌーマで激しい武力衝突が懸念されるという事です。組織ですので部下を食べさせていかなくてはなりません。しかし不景気で金がない組織は生きるために手っ取り早い方法で金銭を得なくてはなりません。……暴力による略奪です」
「なるホど……いズれはそれも想定できる」
「ええ。ビーボーイが衰えたところでできた勢力の空白に入り込もうと鎬を削る組織は数えきれないほどあるはずです。そして最大のライバルがいなくなったドラゴニオもそれを狙うことは、もはや必然と言っていいでしょう」
「可能性ハ大いにあり得る。ドラゴニオなどの強い組織にはじき出された弱小組織は更なる弱小組織を食らおうとすル。その先が孤児院となるとイう事だな。よってそうなる前に金銭という力を早急に得て対抗するために、またこの先孤児を雇う店もないだろうという事も見越して、今から酒を造ることに賛成したいというのがお前の意見だナ?」
「キーさんのご賢察の通りです」
キーとエルレアはなんてこともないように淡々と言葉を交わすが、メイエルハニカたちは残酷な予測に震えあがっているか、受け入れることができないでいる。
「……え?……え?」
「そんな……!僕たちはどうすれば……!」
「……話は聞いたわ。でも飲み込むのに時間を頂戴」
ティリの言葉にエルレアは無言で首を振り肯定する。キーもエルレアの先ほどの説明に思うところがあるのか、両肘で頬杖をついて瞑想するように考え込んでいる。
「キーさん。少しよろしいでしょうか?」
「……ン?」
「酒を造ることのできる技術者はいるのですか?また酒を造らないならどういった商品をつくろうとしていたのか聞かせていただいても?」
「技術者はいないが、ビーボーイの酒造設備の在処の当たりはついていル。そこにおそらくいるだろう。最悪いなくとも俺様も最低限の知識はあるがナ。簡単ナ蒸留装置くらいは作れるだろう。……それと酒を造らなイ場合はラシオンからルルアガに足りないものを見繕ってもらうことにしていた。ダがお前の言葉で悠長に構えていられる時間もそうないことに気づいた。礼を言ウ」
「光栄です。わかりました。ありがとうございます」
「昨日思いついたばかりノ案だ。粗しかないこトは自覚している。具体策を考えることをお前にも協力してほしイ」
「微力を尽くします」
「頼ム」
エルレアはこくりと頷く。メイエルハニカたちはまだ考えこんでいるようだ。キーは少し時間をおいてまた来ることを告げて帰る。行先はネフェイのもとだ。路地裏のストリートチルドレンにもこの話を持っていこうという思惑であった。
エルレアはキーが帰ると続いて部屋を退出して廊下を歩いていく。釣り目がちの目を細めながら嫌悪感がこもった声が漏れ出る。その言葉は誰からも認知されず、虚空へと吸い込まれていった。
「……私は娼婦なんて……絶対にごめんです」
娼館に帰ってサルーレとネフェイに事の次第を説明すると快く了承される。ネフェイは相変わらずぶつくさと文句を垂れているが、すぐに出発する用意をしている様子を見る限り、乗り気であるようだ。
路地裏に着くと、キーの周りにストリートチルドレン達がわらわらと群がり、しきりに用向きを聞いてくる。そこには小奇麗になったタクラもいた。装備も整い、小汚かった肌は潤いと血色を取り戻し、本来の可愛らしい顔立ちを取り戻している。
タクラは懸命にキーの話を聞き、ストリートチルドレンを集めてほしいというキーの要望を聞くと、我先にと走り出して集めて回っていた。キーに必死に媚を売ろうとしているようだ。キーはその様子を見て、集まってきたストリートチルドレンたちに用件を伝える。
「お前たちを継続的に雇い入れ、酒造りを商いたイ。儲かる仕事だが、周辺組織に狙われるリスクも大きイ。無論従業員は守るつもりだが、襲撃されることは多いだろウ。安全の保障はできない危険な仕事だが、誠実に契約は履行すルと誓う。やる気があるやつは俺様についテこい。俺様は仕事をこなす奴は差別しなイ」
キーの言葉にストリートチルドレン達はざわめく。戸惑いの声はあるが、乗り気である声が多いようだ。口々に何か罠でもあるのかと疑う声もあるが、かなりの好条件であると思われているようだ。
「大丈夫なのかよこれ?俺にはわかんねぇけど何か裏でもあるんじゃないのか?」
「でもキーさんはタクラに山みたいな銀貨を約束通り渡しただろ?」
「俺たちなんぞいくら殺しても誰も文句は言わないのにな。俺は信じていいと思う」
ストリートチルドレンたちの言葉に聞き耳を立てていると、この前のタクラへの情報の報酬が信用に足ると思われているようだ。
しかし聞いている限りストリートチルドレン達の境遇はひどいものだ。契約を守らないことについてこんなにも懸念をあげられるなど、よほどこの町の大人たちにひどい扱いを受けていることが推測できる。
そんなことを思っているとネフェイも助け船を出してくれる。ストリートチルドレン達の行く末を自分なりに案じているのだろう。
「キーはバカでキチガイだが約束は守る。お前らが騙されることを怪しんでいるならそれはないといっていい」
「……ネフェイがそこまで言うなら信じていいのか?」
「でもキーさんが危ないっていうなら俺たちなら死にかねないんじゃ……?」
「だそうだがどうなんだキー?」
キーはネフェイの自分への評価に憮然としていたが、ネフェイから寄せられた疑問に気を取り直して答える。
「……まだ契約内容は決めてはいなイが、オ前たちが仕事をしている間には護衛でも雇い入れて守らせるつもりだ。最低でも護衛は10人は雇い入れル。勿論経費は俺様が持ツ」
「護衛……!?そこまでしてくれるのか!?」
「これなら俺たちでも働けるんじゃ……!」
「えェ……?これだけでそんナ態度変わるもんなの……?」
キーはストリートチルドレン達がちょろすぎだと思っていたが、この荒んだ町でわざわざ弱者の命を守ろうとするものなど皆無と言っていいことに気づき、一人納得する。
キーの言葉にざわめいているストリートチルドレン達の中でも小柄な姿が進み出てくる。タクラはぎらついた眼でキーに話しかける。
「俺はキーさんに全面的に従う。全力で働くから雇い入れてほしい」
「ほウ……判断が早イな」
「俺はこんなところで終わりたくない。力が欲しい。何をしてでも生き残りたい。そのためならなんでもやるさ。なんだってやってみせる」
タクラの言葉にキーは満足げな笑みを浮かべる。それに触発されたのか次々とストリートチルドレン達はキーに殺到する
「お、俺もやる!」
「俺もだ!こんなところで死んでたまるか!」
「あたしも!大人になれないなんてごめんよ!」
キーは頷きながらストリートチルドレン達の必死な形相に向かって答える。命を守るためなら何でもするという子供たちを受け入れるその姿は、慈悲深い聖者のようにも、無慈悲な悪党にも見えた。だがストリートチルドレン達にとっては生きるためならどちらでもいいのだろう。
「俺様ノ役に立て。そうすればお前たちの一番望むものを与えよウ」




