第35話 ジェブラ・ジャバ
ルルアガの面々はルルアガの拠点に戻ると薬と酒樽を運び、捕虜を尋問する作業に入った。
しかしキーとラシオンは先ほどのジェブラとの会話について至急相談をするため、ラシオンの部屋でシユナを交えて話をしていた。
「ジェブラの野郎……とんでもない置き土産をしてくれやがる」
「そのようなことがあったのですか……中々判断しかねますね」
「そもそもアイツどんな奴なんダ?判断すルにも情報が欲しい」
「あれこれくっちゃっべっていた金髪のやつがジェブラ・ジャバ。数年前にウルゴルヌーマに現れてたった二人で勢力を築き上げ、瞬く間に黄金三日月会に加えられるほど暴れまわったやつだ」
ラシオンは椅子にどっかりと座り、机に肘をつく。その隣でシユナは考え込む。
「その奥にいた黒づくめのドレッドヘアの男はザンサ・サザーザルサってやつだ。俺も数回しか話したことはない寡黙な野郎だ。だが相当魔法を使うという。ドラゴニオ相手に全く引けをとらない力を持っているようだな」
「そウか……青白イ肌の耳の尖ったやつだよな?あれはどんな種族なンだ?」
「ペーズテーンデイセだな。大陸最強種族の一角だ。ディグリア大陸北部に非常に少数だが住んでいる。大陸北部の大体の国の王族や貴族位をほとんど独占しているな。閉鎖的な種族でこの辺では生涯一度も会わないこともざらだろう。不死に近い寿命。人間とは比べることのできないような美貌。卓越した魔法能力を持つ種族だ」
「たしか昨日捕虜にしていた貴族のガキもそうだったナ?」
「あぁ。捕まえた時は驚いたぜ。自分たちが傷つけられないとわかっていたんだろう大人しく捕まえられたがな。ペーズテーンデイセは同族意識が非常に強い。一人殺されれば種族総勢で苛烈な報復があると聞く」
「そウか……」
キーは黙りこくり思索にふける。ラシオンはシユナと今後の方針について相談している。キーが考えをまとめたころ、シユナはラシオンに疑問点を話していた。
「しかしキーさんをドラゴニオに対抗させたいですか……」
「ドラゴニオね……ウルゴルヌーマ最強の組織とは聞いているが詳しく教えてくれルか?」
「はい。首領のゲルベレザを頂点とし、周辺国へ武器の密売で財を成している武闘派組織です。弱肉強食の言葉のもとに活動しており、ゲルベレザの個人武力はおそらくウルゴルヌーマでも突出しています。最強であるといっていいでしょう」
「ゲルベレザを相手にするのは俺でも無理だな。対抗できるとしたらジェブラがいけるかどうか……後はもしかするとヨユルニルくらいか……?」
「おいおいジェブラってそんな強かったのかヨ?危なかッたな」
「あいつらが戦っている姿は見たことはないが。二人で黄金三日月会に出ているほどだ。尋常な腕ではないだろうよ。それにジェブラはおそらく詠唱魔法の使い手だと噂されている。あいつと会った時に俺たちが気づかなかったのはそれだろう」
キーは頷いて、ジェブラと会った時のことを思いだす。あんな爆音を出していたことに気づかないということは、認識への干渉を可能とする魔法であろうか。
だとしたら気が付かないうちに殺されていたなんてこともあったかもしれない。キーはジェブラへの警戒心を改めて強める。
「ウルゴルヌーマでドラゴニオを対等以上にわたりあっていたデュエムですら、ゲルベレザと戦闘することは徹底して避けていたほどだ。今思えばデュエムが居場所を転々として部下にすら秘匿していたのは、ゲルベレザの襲撃を警戒してのことだったのかもしれないな」
「デュエムって相当優秀だったンだな……」
「もしもデュエムが死んでいなければ、数年後にはウルゴルヌーマはビーボーイが支配していてもおかしくはなかったですね。本当に近年のビーボーイは勢いがありました。さすがのゲルベレザも貴族位までは持っていませんでしたので」
「めっちゃ運がよかったんだな俺様たチは」
「あぁ。だからこそ兄弟はウルゴルヌーマ中で注目されてんだ」
シユナの言葉にキーは感慨深そうに何度も頷く。ラシオンも今更ながらまだ信じられないような調子で話している。
しばらく場を沈黙が支配する。ラシオンたちは今生きていることが奇跡のようなことであると改めて実感したのだろう。生きている余韻を噛みしめるように物思いにふけっているが、キーの言葉で現実に引き戻される。
「お前達は俺様が黄金三日月会に入ることにツいてどう思ウ?」
「……もしも入ったら今以上に注目されるだろうな。ジェブラが兄弟を推していることを知れば、ゲルベレザもその意図に気づくかもしれねぇ。ジェブラの野郎のことだ。すでにドラゴニオ包囲網をつくっているかもしれねぇしな」
「またキーさんの黄金三日月会の加入にかかわらず、ジェブラの謀略でルルアガとドラゴニオを食い合わせられることも警戒せねばなりません。私たちは孤立しており、情報戦において圧倒的に不利です」
「確かにな。後は黄金三日月会に入らない場合か……今まで通り何も変わらないかもしれないが……その場合ジェブラの野郎がどう動くかだ」
「黄金三日月会に入ること自体にジェブラは何かをねらっているのかもしれません。また入らないことで相対的にルルアガの発言権は不利にはなりますね。黄金三日月会に席を持つこと自体が有利になることもありますので」
シユナの説明にキーは口を挟み、脳裏に浮かんだ疑問を尋ねる。
「黄金三日月会ッて具体的に何してたんだ?入ればなンか得になることでもあんのか?」
「黄金三日月会に入っている組織同士の折衝ってのもあるが、周辺国への対抗策について論議することを中心に集まることが多い。昔はウルゴルヌーマ独立のために一致団結したこともあったらしい。まぁ当然足の引っ張り合いはあっただろうが、それでも現にウルゴルヌーマは独立しているといっていい状態だ」
「また黄金三日月会の所属組織の間ではお互いの牽制のために、暗黙の了解で不戦とすることになりますね。また黄金三日月会に所属していない組織に対して戦争をしても、ほぼ無条件で許され介入されることはありません」
シユナの言葉にラシオンは皮肉な笑みを浮かべ椅子にもたれかかり、自嘲するように頭の後ろで腕を組んで語る。
「そんなものは組織の都合でたやすく覆されるがな。最近弱っていた俺たちルルアガは、勢いのあったビーボーイに食われようとしてもどの組織も無視を決め込んでいた」
「それでも黄金三日月会に入るだけで力があるという証明になるので、一定の安全は担保されるでしょうね。ウルゴルヌーマでは下剋上上等なので絶対とは言えませんが」
「なるほどな……まとめると黄金三日月会に入った方が得になるんだろうが、曲者のジェブラが罠を仕掛けている可能性が高いから、逆に狙われて危ないかもしれないってことか」
ラシオンとシユナはキーの言葉に同意する。キーはしばらく思案するも、頭を掻きむしって天を仰いで呟くように語る。
「ジェブラが何考えてんだかわかんねーんだかラそれを調べるしかねーな。それでもわかんねーならグダグダ悩んでないデ直感で決めた方が得なまである」
「結局はそれに尽きるか……」
「とりあえずエシニェイに次の会合で話だけでも持って行ってみルか?黄金三日月会に加えられているってんなラ目ざといアイツらのことだ。情報を持ってきた俺様たちを無下にはせンだろうよ」
「それがよろしいかと。私共も鋭意調査をします」
「頼ム」
話もきりのいいところでドアがノックされ、ルルアガの構成員が入室する。どうやら薬は適切に処理を始めることができたようだ。そして酒樽もルルアガの中に損失なく運び込まれたようである。
ラシオンは頷いて報告を聞く。報告者が退室するとラシオンはキーに向き直って問いかけた。
「兄弟……本当に手に入れた酒を売買することに決めたのか?」
「あア。捨てるには惜しイ。何度も言っていルがお前達がこの提案に後ろ向きであることを承知の上でだ」
「そうか……」
ラシオンは腕を組んで視線を下げる。その顔には迷いが見える。シユナも口をつぐんでおり、あまりいい雰囲気ではない。しかしキーは固く決心しているようだ。ラシオンは珍しく口をもごもごとさせているが、何とか言葉を吐いた。
「……俺たちルルアガは新大陸モルスーナで酒や薬を食事などに仕込まれて、酩酊しているところを捕まえられて奴隷となったものが多い。そのせいで酒や薬に湯よい嫌悪を持つものがほとんどだ。個人で使う分には口出しはしないが、他人に勧めることは禁じている」
「あア。前も少し聞いたことヲ覚えている」
「兄弟は今回手に入れた酒を売るだけはなく、自分で作ろうって話なんだろう?」
「ソうだ。酒は清浄な水を手に入れなイ地域において、水分確保における生命線となる。この世界は魔法はあるが、庶民はそノ恩恵にあずかることはそうはできない。そして白戒教団は飲酒を禁じていル。以上の要因から相当でかい市場になルと見込んで、俺様は酒を商うことをよく考えて決めた」
「ああ。論理はわかる。ビーボーイも人身売買以外に相当酒や薬で儲けていたからな。娯楽にもなる。俺も一概に否定する気はない。……だがルルアガのほとんどはそれに触れることすらしないだろう」
「……」
「兄弟の頼みなら今回の略奪品を売ることはしてくれるだろう。俺たちも今は少しでも稼ぎが欲しい。だが俺たちがかかわった酒が同胞を苦しめてしまうかもしれないことを想像すると……」
ラシオンはそれきり口ごもる。シユナもつらい顔をしている。キーはルルアガの逆鱗であることはわかっていたが、ここまでの拒否反応をされると無理強いすることは得策ではないと判断し、ため息を吐くように返答する。
「それ以上はもうイい。不躾な頼みだッたな」
「すまねぇな……」
「誰しも触れてほしくない傷というのはあル。それが余人には理解できないこともあるし、俺様も理解できなイ。しかシだからといって無遠慮に嘴を突っ込もうとは思わない」
「……」
シユナを見ると無言で深々と頭を下げる。ラシオンはしばらく瞠目し、開眼するとキーに語りかける。
「今回得た酒は兄弟の指示があれば運ばせよう」
「……複雑な思いの中での申シ出に感謝スる」
「そう気にしてくれるな、このぐらいなんてことはない」
ラシオンは白い歯を見せて爽やかに笑う。キーはラシオンが難しい立場で何とか自分のために動いてくれていることはわかっていた。だからこそ次の言葉を発する。
「ルルアガに酒関係の仕事は頼まないことにすル」
「そうか。酒を商うことはやめるのか?」
「いや話次第だが人を雇ってやッてみる。孤児院のガキ共を部下にしよウと思っている。売り先もサウィンやエシニェイに言えば扱ってくれるかもしれないし、最悪自家消費すればいい。それと技術者の確保を協力してほしいノだが?」
「構わないぜ」
「助かル。それと俺様に何かあった時の部下の保護もお願いしたイ」
キーの言葉にラシオンは一瞬言葉を詰まらせるが、返答をする。
「わかった……俺の方からも頼む」
「当タり前だ。こコまで来たら一蓮托生ってやつだ」
「末永くよろしく頼むぜ」
「おう」
キーとラシオンは拳をぶつけ合う。シユナは途中指を組んではらはらとしながら話を聞いていたが、無事に話がまとまると安心したように微笑んでいた。




