第12話 ビィボ・オイ幹部の襲撃 我夢の魔法 ②
近くの家の屋根から町一帯まで通るかのような大声がする。その場にいる全員が声の方向に目が向くと、誰かが腕を組んで立っている。だが逆光で見えない。
「ん~~~?」
オゼが額に手をあてて傘を作り、目を凝らしてみいる。ヴァゲスは無機質な視線を向け、ブーメランの用意をしている。最後にキーがうちのめされたような表情をしながら、恐る恐るといったように振り返り不安に揺れる瞳を向けると、安心させるかのような穏やかで優しい口調で声が聞こえた。
「其処の君!もう大丈夫だ!とうっ!!!!!」
声の主は掛け声を上げてジャンプしてキーと襲撃者たちの間に地面に降りた。どう見ても10mはありそうな高さである。しかし膝を少し曲げただけで自然な体勢で着地した。ショッキングピンクの髪を短く刈り込んだ爽やかな男前だ。そしてヴァゲスとオゼに指をさす。
「御前達!この大陸で蛮行を繰り返すビーボーイの輩だろう!」
「なんだテメ~?今時そうぃぅのはやんないんだけど?」
「黙れ!正義に流行り廃りなどはないっ!!!」
ピンク神の男は怒り心頭といった様子で叫ぶ。
「その邪悪な出で立ちを見ればすぐにわかった!其処の珍しい人種の御仁を攫おうとしていたのだろうっ!白昼堂々とそのような蛮行を行うことはこの我夢が許さんっ!!!」
ヴァゲスとオゼは白けた様子で我夢という男の話を聞いていたが我夢という男の名前に反応を示した。ヴァゲスが口を開き淡々と情報を口にする。
「我夢というピンク髪の男の名は先日壊滅したダーリレン支部の残党から聞いている。なんでも一人でダーリレン支部に殴り込み、奴隷を開放したという噂があった」
「そんな話ぁったっけ?」
「昨日の幹部総会でボスが話しただろう」
「キーをぶっ殺すことで頭ぃっぱぃだった」
オゼは情けなさそうに頭を掻く。しかしナイフを取り出し舐めながら、出来損ないの人形のように歪んだ笑いを浮かべる。
「ま、ボクがぶっ殺しちゃうから♪」
「来い!!!御前たちはこの俺が倒す!!!」
我夢はファイティングポーズをとる。オゼが前傾姿勢で駆け出す。ヴァゲスはブーメランを振りかぶった。キーはやっと意識が戻ったかのように怒涛の展開に追いつくと、我夢に向かって叫ぶ。
「おいアンタ!あのヴァゲスって男が持つ武器は魔道具だっ!ノーモーションでいきなり爆速で飛んでくるっ!武器も持ってないんだから早く逃げろっ!死んじまうぞっ!?」
キーは我夢に自分のことは構わず逃亡を進める。我夢は振り向いて一瞬驚いたような顔をするも、余裕の笑みを浮かべた。
「何!心配には及ばん!俺にはこの鍛え上げられた肉体がある!」
「何馬鹿言ってヤがる!もう来ルぞ!」
「そこで待って見ていればいい!行くぞ!」
我夢は無謀にも見える突撃をした。だがその勢いはまるで戦車のようだ。一歩一歩踏みしめるたびに地面がひび割れ、砂飛沫が上がる。オゼと交錯するとさらに急加速し、オゼの後ろに回り込み背中を殴る。殴った瞬間風が吹き荒れ、オゼがバウンドしながら家に突っ込んで瓦礫の中に埋もれた。しかしブーメランが我夢の後ろに迫っている。
「後ろダっ!!!」
キーは金切り声を上げる。我夢はその言葉を聞く前に既に対処を始めていた。地面を強く踏みしめるとバック転し、空中で逆立ちしながらブーメランをオーバーヘッドキックして地面にめり込ませるほどの強烈な蹴りをした。そのままヴァゲスに突撃する。
「……!!!魔導士かっ」
ヴァゲスの顔が初めて焦りに歪む。ブーメランを浮かして呼び戻すも、我夢の方が圧倒的に速い。キーはこれで勝てるかと拳を握り締めて戦いを見守る。
「(すげぇ!マジで勝てる!)」
しかしオゼが叩き込まれたがれきが爆発し、火の玉がキーに飛んでいく。キーは慌てて地面に這いつくばるように避ける。瓦礫からは血濡れのオゼが出てきた。
「ヴァゲス!!!キーを殺じだらずらがるぞっ!!!」
オゼは咳き込みながら濁声で叫ぶ。我夢はキーを狙った攻撃を心配してか方向転換し、ヴァゲスを仕留めきれなかった。ヴァゲスは我夢の動向を見ると、オゼの言葉にすぐさま返答した。
「いや分が悪い。今日は引くぞ」
「……まじ?……萎えぽよです……」
オゼはぼさぼさで所々血の赤が混じった髪が顔に被さり、どんよりとした雰囲気を纏い項垂れる。すると突然魔法陣がオゼの前で輝き煙幕が噴出した。
「はぁ……。次は絶対殺すから……」
「この借りは必ず返す」
煙の広がる中でヴァゲスがこちらを見つめているのが見える。そこに何時の間にかオゼも隣にいた。キーは歯噛みしながら見つめ返す。我夢は流れ出る煙に警戒している。
「ヴァゲス・ジ・グロンド。お前の最期を共にする名だ」
「……オゼ・デドライダカ」
オゼは先ほどまでとは打って変わって鬱々とした様子で、ヴァゲスと共にフルネームのような名前を口にして煙に消えて見えなくなった。キーにはどうすることもできず、無力を噛みしめながら見送るしかなかった。
キーは煙幕に咳き込み顔に布を巻く。しばらくして煙が晴れるとそこにはキーと我夢以外誰もいなかった。
「……終わったのカ?」
「逃げられたようだが俺達の勝利と言っていいだろう!君もよく頑張ったな!お疲れ様だ!」
キーは無言で呆然とするも、間を開けてから大粒の涙を目に溜め、口を震わせる。我夢が寄ってきてキーの肩を優しく叩いて激励した。一瞬驚いたような顔をするも、キーの言葉の勢いに掻き消えていった。ついにキーの涙腺が決壊し、滝のように涙が滴り落ちる。長い睫毛が濡れて纏まって顔にへばりついている。
「怖がッだ!!!あいツらいぎなり襲ってぎで!!!」
キーは大泣きしながら我夢に謝意を述べる。我夢は困ったように笑いながら頷く。
「あノっ!アりがどうございまずっ!俺様ごンな怖いの初めてでッ!死ぬがど思ッだ!!!死ぬがど思ッだ!!!!!」
「うむ!怖かっただろう!当然のことをしたまでだ!気にするな!」
「そんな事ナい!本当に助かりまジだっ!ナんでお礼を言っだらいいが……!」
「構わん!弱きものを守ることはこの我夢の誉れである!さぁ家まで送ろう!」
キーはもう鼻水だらだらで顔がぐしゃぐしゃである。
「帰る場所はネぇっ!あいつラに襲われるから逃げてきた!」
「何?困ったな……。君、金はあるかい?」
「あいつラから身を守るために防具を買ったらなくなっだ!金稼グために働いてたら襲われだっ!!!」
「ふむ……。仕方ない。君の生活がある程普度落ち着くまでは一緒にいよう。何、俺も流浪の身だ。もののついでだと思えばいい!」
「ありがドうございまずっ!!!」
「さぁ涙を拭くといい。綺麗なな顔が台無しだ!泣き止んだら明日に向かって頑張ろう!!!」
キーは顔を縦にぶんぶん振って袖で目をぬぐう。しばらくすると泣き止んだのか呼吸も落ち着いてくる。我夢は律儀に隣でキーの様子を見守っていた。
「落ち着いたか?何かこれからの当てはあるか?」
我夢はキーに問う。キーは考え込むも力なく首を横に振る。
「知り合いは巻き込めナい。ビーボーイに共闘ヲ約束した相手はいるが俺様を助けてくれるかは微妙なところだ。むしろ俺様が助ケてやる約束だった」
キーは珍しく自信なさげに声を萎ませていく。
「とりあえズ俺様の荷物を取りに行きながら考える」
「うむ!俺がついているから時間はある。ゆっくり考えるといい!」
キーは依頼を受けた製粉所に戻り、荷物を取り戻したが顔は暗かった。冷静になって考えるとこれからの金銭問題だ。サウィンに依頼をもらうにも今回の騒動で、完全に依頼は失敗だ。違約金を確実に支払うことになるだろう。今の状況でそんな余裕はない。ルルアガに行くにも、大口叩いた後でこんな無様を曝したら信用にかかわるだろう。今回のことは報告せねばならないだろうが、今のボロボロの姿を見せるわけにはいかない。金をせびるなどもってのほかだろう。取り急ぎ服の買えを用意して体を拭くくらいはしてから会いたかった。
「金……どウすっかな」
「俺も金がない!正直明日の飯にも事欠くありさまだ!どうしよう!」
キーは顔が引きつる。だが我夢だけなら道はあった。
「アンタだけなら当てはアる。依頼斡旋所の場所ヲ教える。ソこで日雇いの仕事でも探せばいい」
「我夢でいいぞ!それはありがたいが......君はどうなる?」
「申し遅レたな。キーだ。俺様はマぁ……どウにかするさ」
キーは自分のことはうやむやにしようと笑顔で返答した。我夢は首を横に振る。
「言ったではないか。君の生活が落ち着くまでは一緒にいると。気を使ってくれるな!」
「でモよ……」
「俺にだって得はある!この町には来たばかりなのでな!土地勘がない!少し教授してはくれまいか!?」
「我夢は異国人なノか?」
「西方からきた!君こそどこの出身なんだ?今まで旅をしてきたが一人も見たことがない人種だが……」
「わからねェ俺様は記憶喪失だ。少し前に気が付いたラこの町の近くにいた」
「なんと!本当か!?」
我夢は初めて自信に満ち溢れた顔を変えて、太い眉が垂れて口が下方に反る。
「それは大変だったのだな……!なおさら捨て置けん!!!君はしばらくこの俺が面倒を見よう!!!!!」
「いやそこまではいイです」
人情深い男のようだ。だがすごく暑苦しい。キーにとって我夢の面倒見の良さは今後のことを考えると渡りに船だったが、何となくめんどくさそうな天啓めいたものを感じていた。
しばらく我夢と生活について話していると、キーの持ち物の話から我夢はある提案をした。
「キーはリュビトスを持っているようだな!弾けるのか!?」
「鋭意練習中ダ」
「そうか!これは提案なのだが路上演奏してみてはどうだ?おひねりを貰うのだ!!!」
「急オブ急だナ……。路上ライブか。歌には自信アるが……」
キーは困り顔をする。リュビトスの演奏はとても覚束ない。そうすると歌を歌うということも考えたが、楽器なしでこの世界の曲ではない音楽を歌っても音楽として受け止められるかが微妙なところだった。何よりウルゴルヌーマで路上演奏している姿を見たことがない。おひねりが入った箱など秒で浮浪児にかっさらわれる未来が容易に想像できた。演奏どころではないだろう。
「何!俺も協力する!迷ったら行動だ!!!」
「うーン……正直うまくいク未来が見えん……」
「魂がこもった行動は人々を感動させるものだ!絶対うまくいく!!!絶対!!!!!」
「押し強ッ」
キーは我夢に引きずられるように連れていかれる。もう日が暮れていたのでキーはすることも限られているとわかっていた。だから我夢の提案に強く反対しなかったのだろう。キーの中では筋が通っていると思ったからこそ我夢に引きずられているのだ。決して押しの強さに負けたわけではないのだ。キーはどうせ演奏するなら娼館付近で行うことを提案した。
「もう日没時間だからな!近所迷惑にもなるだろう!娼館というのはいい考えだと思う!キーもノリノリだな!!!流石は俺の提案だ!!!」
「うーン……畳みかけてくるナこいつ」
キー達は娼館前にたどり着く。キーが初依頼を受けた場所だ。ここなら娼婦の知り合いもいるのではないかと期待し、少しの恵みを与えてくれるのではと期待する。リュビトスを出して適当な箱の底を壊して裏返し、おひねりを入れてもらうことにする。いよいよ演奏が始まる。
「~~~♪」
キーの拙い演奏が響き渡る。娼館に出入りする男たちがジロジロと眺めてきた。だがまだ足を止めて直視するものはいない。キーはしばらく演奏していたが趣を変えてみることにした。まずは我夢に歌わせてみる。
「☆■▶―――――――――!!!♪」
「めちゃくちゃでかくナったインコがはしゃいでるみたいな歌声だな」
「よくわからんがショックなんだが……」
とりあえず向いていないので我夢に歌わせることはやめた。少しリュビトスを触ったことはあり、よく音楽は聴いていたとのことなので我夢にリュビトスを任せることにしてキーが歌を担当した。キーの美しい歌声が響き渡り、見れるものになっていた。最初はこの世の終わりのような演奏だったが、今やそんな影もない。当然耳目を集めたが、悪いものもよってくるのがウルゴルヌーマでの文化だった。
「テメーさりげ人様が稼いだおひねりギリようとしヤがって……!舐めてンのかゴミが!!!楽して金稼ごうナんてな......俺様以外許さレねーんだよ!!!!!!!?!!!!!」
キーはチンピラをシバいて財布を分捕る。チンピラは山のように折り重なっている。ウルゴルヌーマでもなかなか壮観である。今回のチンピラはキーに因縁をつけている間におひねりの入った箱を仲間が素早く奪い取ろうという手口であった。しかし武闘派二人になすすべなく沈黙したという事の顛末であった。
「キーその辺にしておいたらどうだ?彼らももう懲りただろう」
「……はっ」
キーは嘲笑する。
「こいつらは懲りネーよ。謝罪モ反省も後悔もしない。 貧困がソうさせるんだがな。こいつら自身わかっテんだ糞見たいなことやってることがよ」
キーはチンピラを最後に思いきり蹴飛ばすと、演奏に戻る。我夢は悲しそうな表情を一瞬つくるもリュビトスを持ちなおした。
「それよりおひねりよりチンピラカツアゲして手に入れた金が多いってどウいうことだよ!!!」
「心が貧しいのだ。この町は」
チンピラのシケた財布から出た金も小箱に積み上げていくとそろそろ満杯になってきた。小箱を見た客が寄ってくることが魂胆であったが、キー達の殺伐とした演奏風景を目の端に入れていた通行人たちはキー達の周りに寄り付かなくなっていた。皆がキー達の視界に入る位置に入ると露骨に足早になる。キーは歯ぎしりをしながらそれを睨んでいるのも一因であろう。この男は一度始めたことは熱くなる性質であった。我夢を見ると飄々とリュビトスを弾いている。当初の目的であった金集めはうまくいっているが、キーは言い出しっぺの男の態度にどこか釈然としない。
「お前まさか最初から俺様をチンピラの餌に仕立て上げたんトちゃうか???」
「……?誓ってそんなことはないぞ!想定外がたまたま続いただけだ!」
キーは苦虫を嚙み潰したような面持ちで歌を歌い続ける。もう帰って寝たいと思っていたが我夢はまだ続ける様子なので義理から続けていた。ひとしきり我夢が演奏に慣れたころ、ようやく良き変化を訪れる。
娼館の入り口から赤毛の美しい女が出てきて、男を見送っていた。当然娼婦だろう。こちらをしげしげと見つめながら客であろう男を見送った後、まっすぐ近づいてくる。キーは歌いながら女を見る。輝くばかりの薄い赤髪に爛々と煌めくライムイエローの眼。婀娜やかな肢体。だがそこにいやらしさはなくまるで鮮麗な女優のような、眩しいほどの華やかさがあった。曲が一通り終わると白魚のような手で拍手をする。
「異国の方々、素晴らしい演奏でしたわ。初めて聞く曲ばかりでわたくしとても感動しました。」
「光栄ノ至り」
「ご清聴感謝する!」
女は口々に音楽の感想を述べ、キー達は相槌を打つ。とても音楽が好きなようだ。会話の節々から音楽への造詣の深さが窺える。しばらく会話を続けていると、話が長くなったことに気づいたのかきりのいいところで話を切り上げる。美しい所作で腰を折り、その名を名乗った。
「わたくしサルーレと申します。そこの娼館で働いておりますの。もしよろしければまた演奏なさる時、娼館にお声かけ下さると嬉しいわ。もちろん厚く御礼申し上げますわ」
「キーだ。気に入ってもらっタようで幸甚だ。演奏するとキは連絡しよう」
「我夢だ!おお!嬉しい提案だ!実にありがたい!」
「お二人とも今日は楽しいひと時を感謝いたしますわ。これはほんの心付けです。長い間お邪魔いたしました。それではごきげんよう」
サルーレはかなり大きな額を小箱に入れると優雅に一礼し、踵を返して娼館へと戻っていった。少しばかりキー達は小箱を見て固まっていたが、わずかな間をおいて二人は顔を見合わせて揃って歓声を上げた。
「「ウェー――――――――――――――――――――イ!!!!!!!!!!!」」
「俺様の輝きにマた一人魂を奪われてしまった……。見てルか世界?どんなモんじゃーーーい!!!」
「為せば成る。気合と根性の無限の可能性をまた一つ証明してしまったな!!!」
キーと我夢は聞くとあほになるような話を延々続けた。間抜けにも娼館から蹴る客がちらほらと散見されるにもかかわらずである。サルーレが曲を聴いて帰った後すぐにでも演奏を再開していればより多くの観客が気になって来たであろう。それをしなかったのはもちろん二人とも底が見えないほどのばかのお調子者だったからであった。
気が付くと娼館から帰る客も完全にいなくなっていた。キー達は適当な高い建物を見繕って屋根の上に上った。布を敷いて、袋を枕にして寝支度をする。キーは就寝の挨拶をしようかと我夢に向くと、かしこまって真面目な表情で我夢は座ってキーを見ている。
「どうしタよ?そんな顔しテよ」
「少し大事な話がしたい」
「今しないといケない話か?手短にな」
我夢は頷く。息をつくと思いもよらない言葉を口にした。
「なぜそれほど莫大な魔力を持ちながら魔法を使わなかった?」




