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蒼い死神の懐古

 

 ***



 ちょっと思い出してみよう、あの人のこと。

 今、死神は零の陛下から玖の私までの九人いて、そこに新しく千隼が数えられることになる。

 千隼が来るよりとてもとても前のことだ。初代壱の死神の彼女は、ヒュプノス・キャッスルになくてはならない存在だった。


『かざちゃん、おいで。一緒に行こ?』


『……かざちゃん、あたしがいなくなった後はチェーザレのこと、よろしくね』


 しかし、必要不可欠な存在であったにも関わらず、彼女は失われた。

 あの人の声はいつも優しくて、纏う空気はいつも気高い。最期まで誇りを忘れないまま、逝った。


「かざりちゃん?」


 そしてあの人が死んだのは——


「かざり、どうしたの?」


 死んだのは、


「かざり。聞いているのか」

「――……っ、えっ?」


 我に返って瞬きをすると、目の前には訝しげに眉を顰めるジェッツと、心配そうに私の顔を覗き込む千隼、そして呆れ顔の陛下がいた。辺りを見回せば、いつの間にかアーソルドやエフィーちゃん達はいなくなっている。


「あっれー、アーソルド達は?」

「随分前に仕事に行った。お前という奴は本当に話を聞いていないんだな」


 どうやら、ぼうっと考え込んでしまっていたらしい。いつもパワフルなかざりちゃんも、たまにはセンチメンタルなのだ。


「……それで、何の話でしたっけ?」

「だから、千隼の死神としての初任務についてだ」

「え。千隼、死神になることを了承したの?」


 思わず千隼を凝視すると、彼は事もなげに頷いた。


「うん。死神になれば、アリッサみたいな奴に襲われた時に、自分でも対処できるし。それに、チェーザレは死神になっても、今まで通りの生活を約束してくれるって言うから」


 損はないしね、と真顔で言い切る千隼。私は千隼の自己判断に任せるつもりだが、いくらなんでも即決し過ぎではなかろうか。私だって、死神になれと言われた時は一週間悩んだというのに。こいつは将来詐欺に引っ掛かったりしないのだろうか、と不安が過った。


「……まっ、『零の宣言』もあって、他の死神は反対できないしねー。千隼がそれで良いと思ったならそれで良いんじゃない?」

「うん。かざり、よろしくね。それからはアーソルドみたいに先輩ってつけた方が良いの?」

「上下関係なんて気にしてたら、陛下をからかえないよ?」

「僕をからかったりするのはお前だけだ、かざり」


 陛下が睨んできたので、私はわざとらしく肩を竦めて見せた。


 だが、皆が先輩後輩を気にしていないのは事実だ。皆、陛下を王として仰いではいるが、それ以外の上下関係は皆無に等しい。大体それを言ったら、古株である私から見れば、エフィーちゃんもジェッツもルぺも、皆後輩ということになる。ちなみにアーソルドの先輩呼びから、敬意を感じたことは一度もない。あいつのあれは、体育会系特有のただのノリだ。

 閑話休題。そういえば、千隼の初任務についてなのに、何故私とジェッツがここにいるのだろう? 話を聞かずにぼんやりしていた私はともかく、何故ジェッツが残っているんだ?

 陛下にそう問うと、彼はこれ見よがしに溜息をついた。


「何処まで話を聞いていないんだお前は。その耳はお飾りか」

「むっすー、うっさいですねー。そんで何でジェッツがいるんですか?」

「俺とかざりちゃんはね、蒼井君の初任務のお手伝いをするんだって」


 すると、今までニコニコと笑いながら傍観に徹していたジェッツが口を開いた。……って、はい?


「私と? キミが? 千隼の? 手伝い?」

「うん、らしいよ。我が主君のご指名なんだ」


 何だそれは。我が王の人選おかしくないか。


「陛下」

「なんだ」

「貴方は阿呆ですか」

「……ほう。覚悟は出来てるらしいなっ!」


 私が飛び退いた直後、音を立てて陛下の死神の鎌が赤い絨毯に穴を開けた。


「あっちゃー、また穴空けちゃってー。昨日瑞雪が敷き直してくれたっていうのにあんまりじゃないですか」


 基本的にヒュプノス・キャッスルから出ることがないあの無口な死神は、この城の管理も一任されている。彼が文句の一言も言わずにせっせと絨毯を交換しているというのに、申し訳ないと思わないのか。

 非難の目で陛下を睨みあげると、彼もまた、こちらを睨めつけてきた。


「お前が挑発してくるのが悪いんだろう。それで何だ、誰が阿呆だと?」

「貴方がですよ陛下ー。何でよりによってジェッツなんですか。さっきのやりとりを覚えてないとでも言うんですか?」


 そう、こいつは千隼を見るなり、まるで疑ってかかっているかのような目つきをしていた。別にジェッツを信頼していない訳ではないが、千隼からしたら好印象とは言い難いし、あまり関わり合いたくないだろう。


「明らかなる人選ミスですよ」

「ふむ。ではアーソルドと交代するか?」

「……うっわー、それもそれで微妙ですね」


 いや、アーソルドは可愛い後輩だよ? ただ、安直で猪突猛進系のワンコみたいな奴だから、一緒にいると少々疲れるのだ。


「というかさ、かざりちゃんはあんなこと言ってるけど、蒼井君自身はどう思ってるのかな?」

「えっ?」

「単刀直入に言って、俺のこと苦手?嫌い?」

「え、えっと……」

「ねえねえ、どうなのかな?」

「ジェッツ、その辺にしろ」


 すっかり困り果てる千隼に、陛下は助け舟を出す。そりゃあ、面と向かって「嫌いです」だなんて言えないだろう。

 陛下は私とジェッツの顔を見比べて、額に手をやった。


「……仕方ないことだ、そう文句を言うな。最近はあちこちで迷える御魂の気配がある。ただでさえ慢性的な人手不足だというのに、果てには天使も妙な動きをしてるときた。比較的手が空いている奴はジェッツかアーソルドか、もしくはお前だけだ、かざり」

「むっかー、人を暇人みたいに言わないでくれますかー」


 確かに、瑞雪は記憶図書館を守ることが役目だし、ルぺは情報収集の任についている。エフィーちゃんも、今日は紛争地区に行くとかで大変そうだ。


「ともかく、文句は受け付けないからな。千隼に協力すると思ってやれ」

「はいはーい、もう、陛下ってば横暴ですよねー、これだから何千年も生きてるくせにカノジョできないんですよー」

 と、毒を吐いてみたが、陛下は華麗にスルーして、千隼と話し始めた。図星だったのだろうか。


「千隼」

「何?」

「お前は死神は何のためにいると思う?」


 意図の読めない陛下の問いに、千隼は目をぱちくりとさせて、僅かに首を傾げた。


「死神の存在理由ってこと?」

「そうだ」


 死神の存在理由、そういえば私も考えたことがなかった。ジェッツも同じらしく、千隼の回答に耳を澄ませている。


「うーん……。俺が初めて見た死神のかざりとアーソルドは、天使のアリッサと戦ってたけど」


 何か違うんだよな、と独り言ちる千隼。


「俺の中の死神のイメージは、もっとこう、静謐な感じなんだ。人間の最期を看取る静かなるひと。だからきっと、人が死ぬから死神がいる」

「それってどういう意味?」


 思わず口を挟むと、千隼ははっとして、それから相変わらずの表情に乏しい顔に、少し照れ臭そうな表情を浮かべながら目を逸らした。


「……ごめん、意味分かんないでしょ。俺、昔から絵ばっか描いてたから、ちょっと抽象的な物言いをする癖があって。――つまり、俺が言いたいのは、人間が迷ってばかりだから、死神はいるのかなって」

「それはつまり、迷える人間の御魂を導くために、死神が存在する、と?」


 陛下の言葉に千隼は首肯した。

 ――それは、傲慢だと捉える死神もいるかもしれない考え方だ。

 人間が迷うから死神がいる。その、人間基準の考え方に不満を持つ死神も、きっと少なくない。

 だけど何故だろう、千隼が言うとそんな雰囲気は全くないのだ。まるで、死神の立場から「迷える人間を導き、愛すのは当然のこと」とでも思っているかのような、慈愛に満ちた何かを感じる。こんな無償の愛のようなものを、たった十七年しか生きていない少年が持ち得るなど、あり得るのだろうか。


「なるほどな。だったら、お前の初めての仕事は迷える御魂を葬送、天へと導くことだ。しっかりやれよ」


 千隼の言葉を吟味した陛下は、さらりとそう言ってのけた。というか、その言い方って、


「あっれー、陛下、もしかして千隼の返答で初任務の内容決めたの?」

「ああ、そうだが?」

「じゃあさ、もし千隼が、死神は天使と戦うために存在するって言ったら、」

「勿論、戦ってもらうぞ」

「うっわー、いきなり戦うとか。命拾いしたね、千隼……」

「流石我が主君、惚れ惚れする程の鬼畜っぷりだ」


 私とジェッツの言葉に、千隼は冷や汗を拭う。しかし、脅しでもなんでもなく、天使との戦いに今の千隼を放り込んだら、致命傷を負うことは間違いない。


「さあ、初任務だ、蒼井千隼。お前の死神としての働きぶりを見せてもらうぞ」


 にやり、と。実に楽しそうに笑う陛下。千隼と接しているときの陛下は、何故か楽しげだ。何を期待しているのやら。

 ――死神の存在理由。私がそれを問われたら、なんと答えただろう。

 ――そもそも私は、何故死神になろうと思ったんだっけ?

 ただの成り行きだったけれど、確かに自分の意志もあった筈だ。

 最初は、人外になってまで生きながらえる意味はない、だったら死んだ方がマシだと思っていた。だけど私はあの時、陛下に説かれたのだ。


『今のお前は実に無能だ、使い物にならないな。“奴”が何故、お前を死神にしてやってほしいと僕に頭を下げ懇願したのか考えたか。それを考えた上で尚も死神になりたくないというなら、僕は止めない。が、理解しないうちは、お前は僕の部下兼下僕だ。分かったな?』


 私は五百年経っても未だに、“あの人”が私を陛下の元へ連れてきて、死神にした理由が分からない。……だからといって陛下の下僕になんか成り下がった覚えもないが。

 だけど、あの時の陛下の言葉があったからこそ今の私があるのは、紛れもない事実なのだ。本当に凄く とってもかなり気に食わないけれど、陛下は私の恩人だ。

 だから、私にとっての死神わたしの存在理由は、陛下だ。陛下に報いるために、私は死神として二度目の人生を歩んでいる。


「……まっ、そんなこと言ったら陛下調子に乗るから、絶対に口には出さないけどねー」

「ん?かざりちゃん、何か言ったかい?」

「いっやー、何でもないよー?」


 独り言に訊き返してきたジェッツに、私は陛下を真似てにやりと笑んで見せた。


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