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八十八年目の星結び  作者: 星 羽芽


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36/51

36 伝える



『こちらでも捕縛した者たちへの尋問は続いていますが、成果は芳しくありませんね』


 端末越しに聞こえてきた珠輝の声には僅かな疲労が滲んでいる。

 襲撃から幾日か経ち日常が戻り始めている中でも、千金楽家では今もなお事後処理が続いている現状を嫌でも感じさせた。

 規模を考えれば当然だろう。水筑家を含めた他国の護家も、今回の襲撃に関しての調査と対応に追われている。再誓の儀も近いというのに、汐凪も慌ただしく動き回っていた。


「やはり、反神獣団体は口を割りませんか」

『ええ。おかげさまで襲撃者の大部分は確保できましたが、計画の全体像は知らされていなかったようです』

「末端構成員ばかりだったんですかね。護家に襲撃をかけておいて……?」


 思わず眉を寄せながら呟くと、珠輝もまた同じ疑問を抱いているのか、小さな沈黙が返ってくる。

 襲撃そのものも不可解だったが、それ以上に気になるのは彼らの目的だった。ただ神獣への反発心だけで説明するにはやることが派手すぎるし、神域そのものを狙っている可能性も高い。

 考え込んでいた私に向かって、珠輝がふと声を落とす。


『ただ、一つだけ気になる報告があります。神域の周辺で、小さな結晶の欠片が複数発見されました』

「結晶? ですか」


 神域で神獣様から聞かされた結界の異変が頭を過った。

 原因不明のゆらぎが発生しているという話は気になっていたが、もしかすると何らかの形で繋がっているのかもしれない。


『はい。大きさは爪の先ほどで、どれも砕けた欠片のような状態でした。現時点では材質も用途も不明ですが、一般的な鉱石とは少し違う反応を示しています』


 珠輝の落ち着いた説明を聞きながら、脳裏に神域を囲む巨大な結界を思い浮かべる。


「神域の結界の欠片でしょうか?」


 そう口にすれば、自分でもそれらしく聞こえた。

 あの結晶体のような結界が物理的に破壊できるのかはわからないが、その表面が剥離したとでもいうのであれば、原因不明のゆらぎとも説明がつくし、神域周辺で発見されたという状況にも合致する。

 だが通信の向こうでは珠輝が即答せず、少し考えるような間を置いてから静かに返す。


『可能性は否定できません。ただ、直接的に結界を削ろうとしたのであれば、神獣様が気がつくと思いますが……』

「確かに」


 神獣様は結界に異常が生じていることこそ認識していたが、その原因までは掴めていない様子だった。もし誰かが力ずくで結界へ干渉していたのなら、気付かないとは考えにくい。


『現状では、何らかの術具や呪具の一部と見て解析を続けています。進展があればまたご報告しますね』

「よろしくお願いします」


 珠輝との連絡を終えた私は、机の上へ視線を落とした。


「……だそうです」

『フゥン……』


 そこには水虎様が当然のような顔でちょこんと座っている。小さな身体を丸めるようにしてこちらを眺めながら、私が話していた内容を聞いていたらしい。

 私と目が合うと水虎様は小さく首を傾げ、鼻先をひくつかせるようにして唸る。それから興味深そうに耳を揺らした。


『金のやつから聞いたのと、そう変わりはないな』


 言われて一瞬考えたものの、すぐに金の神獣様のことだと気がついた。

 神獣様たちは、どうやら私たち人間が考えている以上に互いのことを把握しているらしい。


「他の神獣様とご連絡できるんですか?」

『そう長いこと話せるわけではないがの』


 水虎様はそう答えながら、尻尾をゆるゆると揺らした。


 以前少し聞いたが、この地の安寧を守る加護の術式はそれぞれの神獣が独立して張っているものではないらしい。地中深くに大きな術式の基盤が存在していて、そこから枝分かれするように各地へ力が流れているという。

 つまり、私たちが普段「水の神獣の加護」「金の神獣の加護」と呼んでいるものも、根を辿れば一つの大きな術式へ繋がっている。

 そして、その術式を介しているからこそ、神獣同士も互いの存在を感じ、短いながら言葉を交わすことができるのだという。


「……そういう仕組みなら、今回の結界の異常も、他の神域に何か影響していないか気になりますね」

『うむ。我も気をつけておこう』


 軽い調子で返されるものの、その言葉にはいつもより僅かな真剣さが混じっていた。


「水虎様も、何か変なものを見つけたらすぐ教えてくださいね」

『分かっておる、分かっておる』


 どうにも頼りない返事ではあるけれど、これでも神獣様なのだから、私が心配しすぎるようなことでもないのかもしれない。

 私は小さく息を吐き、机の上へ置いていた端末を手に取った。


「では、汐凪様に報告してきますね。水虎様も来ます?」

『行く行く~』


 先ほどまでの神妙な空気はどこへやら、途端に嬉しそうな声が返ってくる。

 私は思わず苦笑しながら、水虎様を抱き上げた。


 それからの日々は、振り返ってみれば驚くほど慌ただしく過ぎていった。

 襲撃事件の調査は継続されていたものの、新たな手掛かりはほとんど見つからず、神域周辺で発見された結晶片についても解析は難航しているらしい。

 私も汐凪や珠輝から何度か報告を受けたが、結局のところ確定的な情報は得られないままだった。


 そうして時間だけが流れ、やがて人々の意識は目前へ迫った祭儀へと向かっていた。



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