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働きたくない死神は、死亡フラグを叩き折る――「俺、この戦いが終わったら……」それ以上言うなああああ!  作者: tomato.nit


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第10話 この戦いが終わったら


 黒い線が、中庭いっぱいに立ち上がった。


 床を這う。


 壁を登る。


 門を伝う。


 黒い筋が、砦ごと呑み込むように伸びていく。


 中庭の中央には、終幕の語り部が立っていた。


 長い外套。


 開いた本。


 笑う仮面。


 その手には、黒い羽根ペン。


 羽根ペンの先から、黒いインクが垂れている。


 インクは床に落ちない。


 空中に文字を刻んでいく。


『最終幕』


 ミエル・ザ・リッパーは、それを見上げた。


 金色のツインテールは片方ほどけている。


 黒いフードは裂れている。


 頬には煤と黒い筋。


 小さな手は、鎌の柄を強く握っていた。


「勝手に閉じるな!」


 ミエルが叫んだ。


「帳簿を閉じても仕事は終わらないんだ! 苦しむのは明日の僕なんだ!」


 語り部の仮面が、少しだけ傾いた。


『騎士は散り』


 黒い羽根がロイドの足元へ落ちる。


『勇者は倒れ』


 アレンの肩に羽根が触れかける。


『聖女は祈り』


 聖女の杖に、黒い文字が這う。


『老兵は若者を送り』


 老兵の背後で、黒い線が膨らむ。


『死神は帳簿を閉じる』


「閉じない!」


 ミエルは羽根を鎌で払った。


「少なくとも、お前の都合では閉じない!」


 ロイドが剣を構えた。


 だが、足元の黒い線が剣先へ絡む。


 耳元で、声がする。


『ここは、俺が』


 ロイドの口が、わずかに動いた。


 ミエルが振り向く。


 ロイドは一度、息を吸った。


「背中は任せろ」


 黒い線が、ぴたりと止まった。


 ミエルが目を瞬かせる。


「背中で語るなって言ったでしょ!」


「語っていない。支えている」


「そういう返し、ちょっと上手くならないで!」


 アレンの前にも羽根が落ちる。


『俺が死ねば』


 アレンは大剣を握り直した。


「俺が生きて、魔王を倒す」


 黒い羽根が、焼けるように縮んだ。


 聖女の足元に、黒い文字が浮かぶ。


『この命に代えて』


 聖女は、杖を胸の前で握った。


 目は伏せない。


 声も震えなかった。


「絶対に治療します。皆を」


 若い騎士の耳元で、黒い羽根が囁く。


『後で追いつく』


 騎士は、自分の頬を軽く叩いた。


「遅れたら引っ張ってください!」


 老兵の肩に、黒い線が絡む。


『若い者だけでも』


 老兵は鼻で笑った。


「年寄りも数に入れろ。引く力くらいは残っとる」


 ミエルは、ぽかんと口を開けた。


 黒い羽根が、次々としぼんでいく。


「学習してる……」


「泣くな」


 ロイドが言った。


「泣いてない!」


 ミエルは鼻をすすった。


「労働環境が少し改善しただけ!」


 語り部の仮面が、ゆっくりとミエルへ向いた。


『なぜ拒む』


 声は、また柔らかくなった。


『終わりは、人に意味を与える』


『人は、語られるために終わる』


 ミエルの目が細くなった。


「お前の都合で、人の運命を弄ぶな!」


 鎌の刃が、黒い線を弾く。


「意味とか、見栄えとか、語り継がれるとか、そういうのを勝手に足すな!」


『では、何が残る』


 語り部が問う。


『美しく死なぬ者に、何が残る』


「明日だよ!」


 ミエルは中庭の全員へ振り向いた。


「明日の予定を言って!」


 誰も動かない。


 ミエルは鎌の柄で床を叩いた。


「格好いいことじゃなくていい! ううん、くだらないことの方がいい!」


 ロイドが、少しだけ目を伏せた。


 それから言う。


「帰って、ミリアに伝える」


 黒い線が揺れる。


「帰ったぞと」


 アレンが続く。


「魔王を倒す。その後、寝る。できれば、誰にも起こされずに」


「いい!」


 ミエルが指さした。


「すごくいい! 寝るのは大事!」


 若い騎士が手を上げる。


「飯を食います。肉を。できれば厚い肉を」


「いいね! 肉は生きてないと食べられない!」


 老兵が顎を撫でた。


「酒は」


「生きて帰ってからなら好きにしろ!」


「では、酒だ」


 廊下の方から、毛布に巻かれた補給官の声がした。


「私は……補給帳簿を確認する」


 ミエルがそちらを見た。


「偉い!」


「偉いのか」


「責任者が仕事するのは偉い!」


 補給官は毛布の中で黙った。


 ちょっと嬉しそうだった。


『違う』


 語り部の声が歪む。


『そのようなものは幕ではない』


「そうだよ」


 ミエルは鎌を構えた。


「幕じゃない。続きだよ」


 語り部が羽根ペンを振る。


 中庭の空気が、黒く染まった。


『ならば、君が閉じればよい』


 黒い線がミエルへ集まる。


『小さな死神よ』


『君だけが、この幕を終わらせられる』


 ミエルの足元に、また白い余白が開きかける。


 ミエルは、息を吸った。


 ロイドが一歩横に立つ。


「背中は任せろ」


「だから、背中で語るなって」


「支えている」


 アレンも並ぶ。


「俺も行く」


「君は魔王を倒すんでしょ!」


「そのために、ここを越える」


 聖女が杖を握る。


「治療しながら行きます」


 若い騎士が縄を持つ。


「遅れたら引っ張ってください」


 老兵が後ろで腰を鳴らした。


「引っ張る側にも回るぞ」


 ミエルは、みんなを見た。


 それから、怒ったように顔を歪める。


「……もう」


 鎌を肩に乗せる。


「うるさい! 全員で来い!」


 黒い線が、一斉に襲いかかった。


 ロイドが前に出る。


 黒い線を剣で受ける。


 切れない。


 だが、止めることはできた。


 アレンの大剣が、羽根の嵐を払う。


 聖女の光が、黒い線に触れて焼けた手を治す。


 若い騎士たちは縄を張り、中庭にいる者たちを繋いだ。


 老兵が号令を飛ばす。


「足を止めるな!」


「前!」


「右から来る!」


「上も見ろ!」


 ミエルは走った。


 小さな体で、黒い線の隙間を抜ける。


 鎌が鳴る。


 一撃。


 線が折れる。


 羽根が散る。


 言葉が砕ける。


『ここで終わるべき』


「それはもう聞き飽きたんだよ!」


 大きく振り抜いた鎌が、無数の羽を折り、弾き飛ばす。


「全部折る。一本残らず!」


 黒い線の奥に、語り部の本体が見えた。


 笑う仮面ではない。


 外套でもない。


 開いた本でもない。


 その手の、黒い羽根ペン。


 それだけが、まだ書き続けていた。


『騎士は散る』


「散らない」


 ロイドが踏み込む。


『勇者は倒れる』


「倒れてても、起きる」


 アレンが羽根を払う。


『聖女は祈る』


「治します」


 聖女の光が走る。


『死神は消える』


「帰るんだよ!」


 ミエルが跳んだ。


 届かない。


 黒い羽根ペンは高い。


 ミエルの背丈では、刃が届かない。


 ロイドが一瞬、目を向ける。


 ミエルも見た。


「上げて!」


「今度はいいのか」


「今だけ!」


 ロイドがミエルを持ち上げる。


 前より丁寧だった。


 アレンが前に出て、黒い羽根を大剣で散らす。


 聖女の光が、ロイドの腕を支える。


 騎士たちの縄が、全員の足場を繋ぐ。


 ミエルは空中で鎌を構えた。


 黒い羽根ペンの先が、まだ動いている。


『終わりのない物語などない』


 語り部が言った。


 ミエルは、止まらなかった。


「知ってるよ」


 鎌の刃が、羽根ペンへ迫る。


「だからって、お前が前倒しにしていいわけないだろ!」


 刃が落ちた。


 ぱきん。


 何かが折れた。


 黒い羽根ペンが、真ん中から折れる。


 インクが飛び散った。


 しかし、床には落ちない。


 空中で薄くなり、灰のように消えていく。


 語り部の仮面に、ひびが入った。


『なぜ』


 声がかすれる。


『終わりを拒む』


「拒んでない」


 ミエルは、ロイドの腕から地面へ降りた。


 今度はちゃんと着地した。


「いつかは終わるよ。僕は死神だから、それは知ってる」


 ミエルは折れた羽根ペンを見上げる。


「でも、今日じゃない」


 蜂蜜色の目が、まっすぐ語り部を睨んだ。


「お前が勝手に決めることじゃない」


『物語は』


「うるさい」


 ミエルは鎌を引いた。


「人間は、お前の物語のために生きてるんじゃない」


 最後の黒い線が、刃に絡む。


 ミエルはそれを引きちぎるように振り抜いた。


「帰って、昨日はひどかったねって言うために生きてるんだよ!」


 語り部の仮面が割れた。


 開いた本が閉じる。


 長い外套が、黒い羽根になって崩れていく。


『幕は』


「下りない。降ろさせない!」


 ミエルが言った。


「今日は、まだ終わってない」


 終幕の語り部は、音もなくほどけた。


 黒い線が消える。


 中庭を覆っていた影が薄くなる。


 門の外で、黒い獣の声が遠ざかっていく。


 砦の空に、朝の色が差していた。


 若い騎士が、慎重に息を吸う。


「終幕の語り部の活動停止を確認」


 ミエルが顔を上げる。


「残敵確認、負傷者確認、退路確認に移ります」


 ミエルは、ゆっくりとうなずいた。


「よろしい」


 アレンが少し笑った。


「これで、もう――」


 ミエルが睨む。


 アレンは口を閉じた。


 そして言い直す。


「確認が終わるまでは、途中だな」


「大変よろしい」


 ミエルは満足げに胸を張った。


 ロイドは周囲を見回した。


 黒い羽根は、もう落ちてこない.


 ロイドは息を吐いた。


「……確認は十分だな」


「勝利宣言じゃないよね?」


「確認だ」


「よし」


 その時、黒い紙が一枚、空中から落ちてきた。


 ミエルの肩が跳ねる。


「今度は何!?」


 紙には、整った文字が並んでいる。


『終幕案件、暫定停止を確認。報告書は翌営業日午前中まで』


 ミエルは紙を握りつぶしかけた。


「翌営業日午前中!?」


 もう一枚、紙が落ちる。


『なお、本日は直帰を許可します』


 ミエルの動きが止まった。


「……直帰」


 ロイドが見る。


「よかったのか」


「すごくいい言葉」


 ミエルは紙を両手で持った。


 少し震えていた。


「直帰……いい響き……」


 さらに小さな文字が、紙の下に浮かぶ。


『クロムより。ご安全に』


 ミエルは、ほんの少しだけ口を尖らせた。


「……クロムも、ちゃんと帰りなよ」


 返事はない。


 でも、どこかで黒猫が尻尾を揺らしたような気がした。


 数日後。


 街の高いところから、ミエルは下を見ていた。


「せっかく直帰していいって言われたのにな。何してんだろ、僕」


 その視線の先には、ロイドとミリア。


 ロイドが言う。


「帰ったぞ」


 それを聞いて、ミエルは満足そうにうなずいた。


「そうそう。それでいいんだよ。よくできました!」


 黒い線は立たない。


 羽根も落ちない。


 帳簿も鳴らない。


「よし、それじゃあ、僕も帰って寝よう」


 くるりと背を向ける。


「どうしようかな~。こんなに早く帰っちゃうと、ご飯食べて、すぐ寝ちゃうのももったいないしなぁ~」


 その時だった。


 少し離れた酒場の前で、男の声がした。


「今日はやけに静かだな」


 ミエルの肩が跳ねた。


 金色のツインテールが、ぴんと立つ。


 ……。


 ミエルは、ゆっくりと振り向いた。


「帰らせろおおおおおおお!」


 死神の絶叫が、昼下がりの街に響いた。

ここまでお付き合いくださりありがとうございました。


感想、評価等いただけると、大変励みになります。


ミエルはこれからも苦労するでしょうが、機械があれば書いてみたいなと思います

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