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働きたくない死神は、死亡フラグを叩き折る――「俺、この戦いが終わったら……」それ以上言うなああああ!  作者: tomato.nit


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第1話 それ以上言うなあああああ!


「俺、この戦いが終わったら……」


「それ以上言うなああああああああ!」


 絶叫が響いた。


 剣の音でも、魔物の咆哮でもない。


 もっと切実で、もっと情けなくて、どう聞いても戦場に似合わない悲鳴だった。


「な、なんだ。誰だ君は」


「誰でもなんでもどうでもいい! とりあえずそれ以上喋んないで!」


 黒い影が、男の顔面に飛びついていた。


 小さい。


 黒いフードを被った何かが、両手で男の口をふさいでいる。


 背中には、体に合わないほど大きな鎌。


 足は宙に浮き、ぶらぶらと揺れていた。


「むぐっ、むぐぐ!」


「喋るな! 今それを言い切ったら来る!」


「むぐ?」


「死が! 予定外の死が!」


 男は目を白黒させた。


 口をふさがれているので、顔しか動かせなかった。


「俺は、この戦いが終わったらミリアと、むぐっ!?」


「だから言うなつってんでしょうが!」


 黒い影は、さらに強く男の口をふさいだ。


「戦場! 夕暮れ! 恋人! 終わったら! もう数え役満なんだよ!」


 その拍子に、ぱさりと黒いフードが落ちた。


 金色の短いツインテールがこぼれる。


 煤に汚れている。


 それでも、ふわりと柔らかい髪だった。


 丸い額。


 幼さの残る頬。


 大きな蜂蜜色の瞳。


 眉間にはしわが寄り、口元は必死に引き結ばれている。


 どう見ても、背伸びして怖い格好をしている子供だった。


 男は、口をふさがれたまま目だけで訴えた。


 子供?


「誰がお子様だよ!」


 黒フードの少女が叫んだ。


「違うわい! 死神じゃい!」


 男は目だけで首を振った。


「否定すんな! 死神は死神なの! ほんとなの!」


 少女は涙目で歯をむいた。


「僕はミエル・ザ・リッパー! 魂の終着に立つ者! 定命の終わりを見届ける者! 死を刈る者!」


 男はじっと見た。


 金髪。


 ツインテール。


 低身長。


 涙目。


 背中の鎌がなければ、迷子の子供である。


 鎌があっても、少し危ない迷子の子供である。


「なんで、君は口数少ない癖に、表情はそんなに分かりやすいんだよ!腹立つな!」


 ミエルは男の顔面から飛び降りた。


 着地する。


 少しよろける。


 踏ん張る。


 それから、何事もなかったように胸を張った。


「今ので胸、抜かれてたからね」


「ここは戦場だ。危ないのは承知している」


「そういう危ないじゃない!」


 ミエルは懐から小さな黒い帳簿を取り出した。


 表紙には銀の文字が刻まれている。


 読めない。


 けれど、見ているだけで背筋が冷えた。


「ロイド・ハーゼン。二十四歳。王国騎士団所属」


 帳簿のページが、風もないのにぱらぱらとめくれる。


「死亡予定、六十八歳。死因、老衰。場所、自宅の寝台。家族に囲まれて穏やかに死亡」


 ロイドは黙った。


 剣戟も、怒号も、魔物の唸りも遠くなる。


「それなのに何? 今? 二十四歳? 戦場? 黒槍で串刺し?」


「俺は別に串刺しになりたいわけでは」


「なりに行ってたの!」


 ミエルはロイドを指さした。


「あの台詞はそういうやつなの!」


「そんな馬鹿な。たかが、言葉で」


 黒い槍が、ロイドのすぐ横を通り過ぎた。


 頬が裂ける。


 背後の岩が砕けた。


 破片がばらばらと地面に散る。


 ロイドは動けなかった。


 槍が通った場所は、ほんの少し前まで自分の胸があった位置だった。


「……」


「ね?」


 ミエルは半眼で見上げた。


「喋るなって言ったでしょ」


「今のは、偶然では」


「偶然で四十四年前倒しになってたまるか!」


 ミエルは帳簿をばしんと閉じた。


「予定より四十四年早いんだよ!? 現場確認! 魂回収! 死因照合! 帳簿修正! 上長報告! 場合によっては始末書!」


 拳を握る。


 目には涙が浮かんでいた。


「僕が書くんだよ!」


 ロイドは眉を寄せた。


「いい? 君が今死ぬと、僕の仕事が増える」


 ミエルは堂々と言った。


「僕は働きたくない。だから君は死ぬな!」


「……それは、助けてくれているということでいいのか」


「違う。僕は今日は定時で帰るの。絶対に残業はしない!」


 ミエルは胸を張った。


「そのためには君の命を守るの。不本意だけど」


「……助けられてるのは分かるが、言い方が腹立つな」


「助かってるんだから感謝してよね」


 ロイドは、砕けた岩を見た。


 黒い槍。


 金色のツインテール。


 涙目の死神。


 どう見ても死神ではない。


 けれど、彼女がいなければ死んでいた。


「分かった」


 ロイドは息を吐いた。


「礼を言う。ミエル・ザ・リッパー」


「分かればよろしい」


 ミエルは満足げにうなずいた。


「では改めて。俺はこの戦いが終わったら、ミリ――」


「学習しろおおおおおおおおお!」


 ミエルが再び飛びついた。


「むぐっ!?」


「なんで今言おうとしたの!? 何を聞いてたの君!」


「むぐぐ!」


「謝罪も決意も恋人の名前も全部あと! 戦場を出てから! 日付が変わってから! できれば湯を浴びて寝て起きてから!」


 前方で爆発が起きた。


 土煙が上がる。


 魔物の群れが割れ、その奥から黒い甲冑の魔族が現れた。


 右手には、先ほどの黒槍。


 ロイドの顔が険しくなる。


「黒槍のガルザ……」


 ミエルは帳簿を開いた。


 ぱらぱら。


 ぱらぱら。


「ガルザ。今日だ。こいつは今日死ぬ」


 ロイドは剣を握り直した。


「ならば、行くしかない」


「待って」


 ミエルがロイドの前に立つ。


「君の死亡予定は今日じゃない。ガルザは今日」


「分かっている」


「分かってない。人間はすぐ格好つけて死にに行くんだよ。どいつもこいつも!」


 ミエルはロイドの鎧に手を伸ばした。


 胸倉には届かなかった。


 仕方なく、鎧のベルトを掴む。


「死ぬな。刺されるな。恋人の名前を言うな。終わったらとか言うな。あと、勝ったな、も禁止」


「勝ったな、もか?」


「言った瞬間に何か来る!」


「そんなバカな」


「第二形態とか! 伏兵とか! 崖崩れとか! 昔の因縁とか!」


「昔の因縁までか。笑えるな」


「来るんだってば!」


 ロイドは眉をひそめたまま、うなずいた。


「言わない」


「絶対?」


「絶対だ」


「じゃあ復唱して。俺は戦いが終わっても何も言いません」


「俺は戦いが終わっても何も言いません」


「よし」


 ミエルはベルトから手を離した。


 ロイドが黒槍のガルザへ向き直る。


 その背を見上げながら、ミエルは小さく息を吐いた。


 帳簿の端に、黒い線が浮かんでいた。


 ロイドの名前へ伸びていた線は、薄くなっている。


 まだ、消えてはいない。


 この戦場には、言ってはいけない言葉が多すぎる。


 『ここは俺たちに任せて』


 『勝ったな』


 『終わったら話したいことがある』


 そういう崖っぷちだけ、人間はなぜか嬉々として踏みに行く。


「ほんと、やだ」


 ミエルは鎌を引きずりながら歩き出した。


「僕は働きたくないだけなのに」


 少し離れたところで、別の騎士が叫んだ。


「隊長! ここは俺たちに任せて、先に――」


 ミエルの肩が跳ねた。


 金色のツインテールが、ぴんと立つ。


「またかあああああああああ!」


 死神の絶叫が、再び戦場に響いた。


全10話。


全て書き終えていますので、完結保障!

毎日19:30投下しますので、是非お愉しみください

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