第1話 ダンジョン配信始めました
数年前、世界各地にナゾの穴が出現した。
『ダンジョン』と呼ばれるようになったその穴は、中からモンスターが這い出てくる恐ろしい場所――のはずだった。
日本政府はすぐに自衛隊を派遣し、徹底的な掃討作戦を開始した。
未知の異世界の力とはいえ、近代兵器を揃えた現代社会のパワーには敵わなかったらしい。戦車や機関銃の圧倒的な火力を前に、モンスターたちはあっけなく駆逐されてしまったのだ。
やがてダンジョンは、国が管理する有用な資源採取場と、一般に開放されるほど『安全な』ダンジョンに分けられるようになった。
もっとも、中にはいまだに誰も最深部へ到達できない、未陥落の危険なダンジョンも残っているらしいが、それは一部の天才たちのお話だ。
◇◆◇
コツン、と小気味いい音が薄暗い洞窟に響く。
「よし、これで三匹目っと」
俺――トーキは、右手に持った鉄製のバールを軽く振った。
足元では、先ほどまで青く身を震わせていたスライムが、水たまりのようになって消えていく。
俺は頭にかぶったヘルメットの感触を確かめた。
そこには小型の配信カメラが取り付けられており、俺の一人称視点の映像がリアルタイムでネット上に流れている。
世間では今、こうしたダンジョン探索を個人で生配信するのが大流行していた。
特に人気なのが、配信者が実際にリアルな現場を歩きながら中継するIRL配信というジャンルだ。カメラ越しにダンジョンの生々しい空気感が伝わるため、多くの視聴者が熱狂している。
一攫千金を夢見て、俺も機材を買い揃えてこの低難易度ダンジョンに潜り、IRL配信を始めてみたわけだが……。
(……まあ、現実はそんなに甘くないよな)
カメラと連動したスマートフォンの画面に目を落とす。
画面の片隅に表示されている同時接続数の数字は、ゼロと一を行ったり来たりしていた。コメント欄は、配信を始めてから一時間、真っ白なまそうだ。
IRL配信は臨場感が命だが、それは裏を返せば、地味な映像が続くとすぐに飽きられるということでもある。
正直なところ、見てくれている人が誰もいない状況でのソロ活動は、精神的にかなりくる。やる気もどんどん削られていくのが分かった。
今の時代、人気が出るのは大手の事務所に所属しているイケメンや、可愛いアバターを使ったVtuberばかりだ。俺のような地味な男がバール片手にスライムを叩くだけの配信なんて、誰も見向きもしない。
ため息をつき、そろそろ配信を切って帰ろうかと思ったその時だった。
ピコン、と小気味いい通知音が鳴り、白い画面に文字が躍る。
「あの、初めてコメントします。カッコいいですねっ!」
一瞬、自分の目が信じられなくて、俺は何度もまたたきをしてしまった。
「おっ、コメント!? ありがとうっ!」
嬉しさのあまり、俺は思わずダンジョンの真ん中で両手を突き上げて万歳していた。
初めてもらった反応が、まさか褒め言葉だなんて思ってもみなかったのだ。
すぐに次のコメントが流れてくる。
「あの、わたし、同じダンジョンにいるんですよ。一番奥にいますっ! そこまで来てくれませんか?」
(同じダンジョン? しかも一番奥って……)
少しだけ奇妙な違和感を覚える。
このダンジョンは初心者用で、奥へ進んでも特に何もない一本道のはずだ。悪質なリスナーによる、いわゆる『凸待ち』のいたずらだろうか。
怪しい、とは思った。
しかし、記念すべき初めての視聴者からの熱心なリクエストだ。ここで無下に断るのも配信者としてどうかと思う。
「分かった。奥へ行こう!」
俺はバールを握り直し、洞窟のさらに深みへと足を進めた。
◇◆◇
しばらく歩くと、本来なら行き止まりのはずの場所に、見たこともない仰々しい大きな扉が現れた。
黒い金属で補強された木製の扉は、まるで中世のお城のようだ。
(玉座の間か? こんなのがあるなんて、事前の情報には載っていなかったはずだけど……)
ゴクリと唾を飲み込み、俺はゆっくりと扉を押し開けた。
ギギギ、と重苦しい音を立てて開いた空間は、外からは想像もつかないほど広々としていた。
奥には数段の階段があり、その上には立派な椅子――まさに玉座が鎮座している。
そこにぽつんと座っていたのは、赤いジャージを着た、鮮やかなピンク色のツインテールが目を引く女の娘だった。
逆光のせいでシルエットのようになってよく見えないが、見た目は十二歳くらいにしか思えない。
その少女の、らんらんと輝く金色の瞳が、真っ直ぐに俺を射抜いた。
「よくぞ来た! このダンジョンの主は妾よ! さて、この世界の事を教えてもらおうかのう!」
室内に響き渡ったのは、見た目通りの幼いロリっこボイス。
だが、その口調には妙な威厳と、芝居がかった尊大さが満ち満ちていた。
「はぁ?」
俺の口から、間抜けた声が漏れる。
(めちゃくちゃ可愛い女の娘だけど……)
この状況はいったい何なんだ。
もしかして、頭の中は大丈夫なのだろうか。過酷なダンジョンに迷い込んで、現実逃避でもしているのかもしれない。
呆気にとられながらも、俺はその小さな少女から、どうしても目を離すことができなかった。
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