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王妃様による最高の再婚〜夫と愛人聖女に飼われるくらいなら離婚させていただきます。あ、慰謝料はもらいますけどね~  作者: 油性ペン
六章

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あなたは誰

「何か聞こえるなと思ったら……はは、誰が知らせに行ったのか」


 カーテンを巻き上げた風が部屋へと吹き込んでくる。部屋の空気が爽やかな風で攪拌され、先ほどまでより濃く芳醇な香りで満たされる。

 そして、風が運んできたものは香りだけでなく、耳をも刺激した。

 風の音に紛れて何か聞こえる。


「妃殿下、聞こえますか……この声が」


 レイスに促され、窓の外から聞こえる音に耳を澄ませてみた。


「妃殿下ー! ありがとうございます!」

「ご無事で何よりです」

「王妃さまぁ。ありがとー!」


 ザワザワとした喧騒は全て、リナフィアの目覚めを喜ぶ民の声だった。

 まるで、ミレーネがリナフィアを見たときのように、彼女は口をわななかせ、きゅうと眉間を絞ると、頬に幾本も涙の筋を作った。


「……っ」


 顔を覆った指の隙間からこぼれ落ちた雫が、布団の上にいくつものシミを作っていく。

 自分など、存在しないものと思われていると思っていた。もしかして今回も見捨てられるのかとも。

 それでも良いと言ったのは自分だ。見捨てられようと、自分が国母であることには変わりなく、差し伸べた手は無駄にはならないと信じて。


 まさか、握り返してくれる者達が、これほどいようとは。

 もし、回帰当初のまま復讐心だけで生きていたら、このような感情を覚えることは無かっただろう。見つめる相手は復讐すべき相手のみで、きっと暗く閉ざされた世界になっていたはずだ。


 でも、そうはならなかった。

 最初は復讐のために部屋を出た。

 近衛兵の手にハンカチを巻いたのは、ただの気まぐれ。

 利用するために、伯爵に近付き令嬢達に声をかけ、商会長を内側へと引き込んだ。

 しかし、気がつけばどれも手放せないものになっていて、掛けられる言葉はいつしか喜びとなっていた。


 もう、部屋の中だけの世界には戻れない。

 皆が自分を温かな声で妃殿下と呼ぶ。王妃様と呼んでくれる。

 ずっと変わらず傍にいてくれる者がいた。

 守るための盾になってくれた者がいた。

 意見を聞いてくれる者がいた。

 本気で心配してくれる者がいた。

 そして――。


「妃殿下、あなたは間違いなくこの国の母ですよ」


 全てを見つめてくれる者がいた。


「私……王妃でいて良かったわ。心の底から、そう思うの」


 リナフィアは、風が運ぶ民の声を、子守唄を聞くように幸せそうな顔で聞いていた。

 目を開けると、レイスの手がスッと差し出された。その上にはハンカチが乗っている。

 いつかの光景と被るものがあり、思わずフッと小さく噴き出す。


「そういえば、返しそびれてたわね。さすがに二枚もは悪いわ」


 しかしレイスは、リナフィアの手を握りしめるようにして、ハンカチを渡してくる。


「何枚でも、何百枚でも。アナタの涙は、全て私が拭いたいのです」


 手の中にある、彼の髪色を水で溶いたような淡い水色のハンカチを、リナフィアを見つめた。


「……勘違いするわよ」

「してください」


 夫以外から、こうも甘い言葉を捧げられるとは思わなかった。


「ねえ、レイス卿。実は、聞きたいことがあったの」

「なんなりと」


 胸に手を当て恭しく腰を折る姿は、彼の近衛兵時代を思い出させる。


「あなたは、ミッドネイル子爵家の子息だったわよね。近衛師団入団時の書類に、そう書いてあったのを見たわ」

「ええ、間違いありません」


 頷いた拍子、にさらりと彼の藍色の髪が揺れた。

 そう、とリナフィアも頷く。


「ミッドネイル家は廃位済みの家よ」


 遠いところで、まだ民の声が鳴り響いている。


「ねえ、『レイス・ミッドネイル』……あなたは、誰?」


 花の香りだけが甘かった。

 




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