第76話 招待状
アストリア王国領内、最南端の王国軍基地。
ルソス村周辺の魔物討伐から、10日が経過した。
(‥‥‥ルルカさんは相変わらずだったな)
セレノアは小さく息を吐きながら、遠くに見える新たな仲間を眺める。
「ほら走りなさいー。王国騎士たる者、まずは体力を付けないとダメですよー?」
それは鬼教官シレーナに訓練されている、期待の少女。
「はぁ、はぁ、んんっ‥‥‥ずっと走れそうですぅ♡」
とある村で見つけた人材、エマ。辛そうに息を切らすが、どこか嬉しそうにニヤけている。
(エマの執念が怖い‥‥‥しかもそれを利用しているシレーナさんはもっと怖いな‥‥‥)
セレノアは呆れていた。エマの内心は、騎士団へ連れてくる前から分かりきっている。
すると、シレーナの声が小さく響き渡る。
「これはあなたへの期待の現れですからねー? 一刻も早く、戦力になってほしいという隊長の意向です」
エマには聖属性魔力の素質がある。数少ない希少属性の中でも、治癒魔術に長けた属性。
(エマを連れてきて良かった。治癒役なんて多くて困る事は無いよな)
当然、隊長のハーティアには二つ返事で認められた。ほぼ飛び級扱いで、アストリア王国騎士団に入団したのだ。
「しかもシレーナさんと同じ隊だなんてっ‥‥‥うへへへへっ♡」
セレノアが所属する、『不可思議』の五番隊に。
「あのっ、どうして見習いなんですか!? セレノアさんは入団当初から、新人騎士だったんですよね!?」
しかし、実戦はまだ行わない育成段階の見習い騎士として。
「あなたは基礎が全くなってません。基礎体力、身体能力共に王国軍の兵士未満。聖属性というだけで騎士団に入れた、素質だけのボンボンです」
「辛辣っ‥‥‥でもシレーナさんに褒められたぁ♡」
「喋る余裕があるなら走り続けなさい。あと20周頑張りましょうねエマさん〜」
シレーナが容赦の無い言葉を軽々と言い放つ。だが、エマは何故か目を輝かせていた。
「エマで構いませんっ、いえむしろエマと呼んでくださいぃ〜!!」
「‥‥‥あーはい分かりましたぁ。もう走り終わるまで黙っててくださいね〜」
やがて、シレーナが乾いた笑みを浮かべる。
(あのシレーナさんが完全に困惑してる‥‥‥)
セレノアは呆れて、2人の様子を眺めていた。するとシレーナと目が合い、彼女が近づいて来る。
「なに覗いてるんですかー? セレノアくんの変態〜」
「いや、エマがしっかりやってるか心配で」
飛び出してきた軽口を難なく受け流し、セレノアは素直な気持ちを呟く。
すると、シレーナが目を細めて息を吐いた。
「‥‥‥はぁ。あの子って確か、私の1つ歳下ですよね? つまりセレノアくんより3歳上」
「? そうですけど」
突然の質問に、セレノアは首を傾げながらも率直に返答する。シレーナの視線が、ますます鋭くなる。
「ずいぶん気に掛けてますよねぇ〜? しかも歳上に呼び捨てだし、セレノア君らしくないと思うんですが〜?」
「俺らしくない? よく分かりませんけど、あれを見てください」
セレノアは困惑しながら、控えめに指を差す。目を細めているシレーナの視線を誘導する。
「はぁっ、はぁっ‥‥‥20周走ったら、シレーナさんが褒めてくれるっ♪」
そこには、表情を緩ませて走り続けるエマ。
シレーナが息を吐き、呆れて額に手を当てる。
「騎士団に入った動機があまりにも不純だから、ちゃんと鍛錬を行ってるか心配だったんです。まあ、シレーナさんが上手く制御してるようで安心しました」
そして、セレノアは素直な気持ちを呟いた。王国騎士団でエマが上手くやっていけるのか、その懸念を。
「ーーー疑ってすいませんでした。確かにあれを連れてきた当人なら、動向が気になりますよね」
シレーナが頭を閉じ、謝罪を述べる。素直に謝られたことで、セレノアは目を白黒させて困惑する。
「あ、そういえばルルカさんはどうでした? ここへ来る前に会ってきたんですよね?」
そのため、シレーナからの問いかけに暫く反応できなかった。
「え? あ、ああ相変わらずでした。なんか新しい薬が完成したらしくて、その試供品をくれました」
「‥‥‥意気込んでましたよ。あの薬を試すなら、セレノアが最適解だ〜! って」
「え」
セレノアは声を漏らして、無意識に右手を懐へ入れようとする。
「そういえば、あなた宛てにこんなものが届いてましたよ」
だがシレーナに気になる事を言われ、意識が彼女の左手に向かう。
「裏には何か文字が書いてました。個人情報ですので、誰かは把握してないですけど」
シレーナは左手に持っていた物を差し出す。それは白い紙に赤い蝋で封をされたもの。
「俺に手紙‥‥‥いったい誰だろ」
セレノアは声を漏らしながら受け取り、手紙を裏返して相手の名を確認する。そこには刺繍付きで名前が刻まれている。
「‥‥‥ユーリス王子からだ」
「え、隣国の第二王子ですか? 破天荒で型破りで王族らしくないと言われてる人からですか?」
シレーナが好き放題言うと、セレノアは苦笑いを浮かべる。そして、中の紙を取り出して目を通した。
『12の月始めに開催される大会、『武闘祭』。俺からの推薦枠で、お前を招待する事にした。大きな舞台で戦える事を楽しみにしている』
リースランド王国の第二王子ユーリスからの手紙と、『武闘祭』と呼ばれる大会の招待状だった。
「噂通りの豪快さですねー。来いという前提で話が進んでます」
隣で内容を盗み見たシレーナがため息を吐く。そして、セレノアの肩に手が置かれる。
「でも、これは良い機会ですよ? 『武闘祭』といえば、かなりリースランド王国の中でも長い歴史がある、国際的な行事です」
セレノアは目を丸くして手紙を見つめる。その間も、シレーナの話が続く。
「そして何より、リースランド王国はアストリア王国と同盟を結んでいて、友好的な関係にある。あなたが活躍すれば、アストリア王国の要人に目が留まる」
「‥‥‥!」
セレノアは目線をシレーナに移して息を呑んだ。セレノアは頭の中には、とある考えが浮かんでいた。
(そこで活躍できれば‥‥‥王女であるセリカの目にも届くかもしれない!)
まだ果たせていない、彼女との再会。
別れてから、もう7年が経っている。
「俺、『武闘祭』に出ます。絶対にいい成績を残して‥‥‥いや、違うな」
セレノアは小さく首を振った後、前を向いて口を開く。
「ーーー優勝します」
この機会を、絶対に逃がさない。その覚悟が必要だと察した。
「ふ、その意気ですよセレノアくん。これであなたの教育係である私の株も上がりますねぇー」
するとシレーナが口角を上げて微笑む。いや、ほくそ笑む。
「え、俺ってまだその立場なんですか?」
セレノアは目を点にしながら呟いた。ほくそ笑んでいたシレーナが目を丸くし、謎の静寂が訪れる。
「ーーー私も同じ立場ですからねぇぇぇ!!!?」
すると突然、大声と共に勢いよく扉が開かれる。茶髪のおさげを振り乱しながら、汗だくのエマが現れたのだ。シレーナに課せられた、ひたすら走る訓練を終えた直後である。
「ぜぇ、ぜぇ‥‥‥私の教育係もシレーナさんですからっ、あなただけが特別ではないんですよ!!」
「まだセレノアくんは13歳ですよね? それなら今も私が教育係です」
「ーーー無視ですか!!?」
大声を出したエマがうるうると涙を溜めるが、シレーナは意に介さず話を続ける。
「まさか1年前のあれが、こんな機会を与えてくるなんて。腐っても王子というわけですね」
「隣国の王子にそんなこと言わない方が‥‥‥」
「セレノアくんは本当に良い子ですねー」
「ちょ、やめてください」
シレーナが微笑みながら頭を撫でて来た事で、セレノアは少し気恥ずかしそうに頭を退ける。
「ーーーいつまで無視するんですかぁぁ!!?」
そして2人は、エマの扱いに慣れてきたのだった。




