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勇者の隣は、茨道。〜最愛の少女の隣に立つために、弱肉強食の異世界で必死に足掻く少年〜  作者: とい
3章 運命の分かれ道

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第65話後編 六大魔殿

「ーーーこの魔力は!!?」


 セレノアは大声を出していた。

 気を失っているカインを砦内に降ろした直後、唐突に感じた‥‥‥()()()()()魔力。


(それにこの方角は‥‥‥っ!!!)


 セレノアは勢いよく走り出した。周囲の兵士たちに止められようとも、振り払ってマルタ砦を出ていく。


(シレーナさんッ‥‥‥!!!)


 セレノアは心の中で叫んでいた。

 自分にいつも意地悪で‥‥‥気にかけてくれる先輩を。周囲の戦闘状況は、目に入らなかった。ただひたすら、最短距離で異質な魔力反応へと走る。

 そして‥‥‥ついにその地点へ近づく。視界に広がる平原に、2人の姿。その内の1人は、セレノアが探していた相手。


「シレーナさんっ!!!!」


 セレノアは大声で叫んでいた。微かに膝を曲げて、脱力しているような、黒髪の少女。セレノアの声が届いたのか、目が合う。そして、彼女の口が不自然に動いた。


        『に‥‥‥げ‥‥‥て』



 その直後ーーーおびただしい量の血が身体から飛び散る。まるで身体から力が逃げたように、彼女はガクンと脱力して倒れ込む。昏倒した彼女を中心に、赤い血溜まりが平原に広がっていく。


「は‥‥‥??」


 セレノアは素っ頓狂な声を漏らしていた。自分の目に映る光景を、無意識に拒絶する。夢なら覚めてくれと、突拍子もない事が頭をよぎるほど錯乱していた。


 ーーージクっ。


 ひどく、痛む。だが、その痛みはどこから来ているか分からない。いつものように左肩か、それとも精神的なものか。


 ジクッ、ジクッ、ジクッ!!!


 激しい痛みが、心臓のように鼓動する。

 身体が何かを訴えているように、感じられる。


「人間の子供にしては、なかなかの魔力総量だな」


 魔族の、いや大魔族の男が淡々と呟く。その声が、セレノアの心を刺激する。これが夢ではないと、当たり前の事を認識させる。


「ーーーお前が」


 セレノアは目を迸らせながら突進し、無我夢中で右拳を振り抜く。大魔族グレイザーラは、わざとその一撃を頬で受けた。


「お前がッ!!」


 セレノアは湧き上がる感情を全て拳に乗せ、全力で振り抜いた。だが、グレイザーラは微塵も動かない。


「ふむ。なかなか良い拳打だ。魔力総量からも頷ける魔力出力、それを活かした魔力による強化術。人間の子どもがここまで無属性を扱うとは」


 彼は感心したように呟きながら、淡々と見下ろしている。その態度が、セレノアを奮起させる。


「ゔぁァァァァッ!!!」


 セレノアは声を荒げながら左の拳を鳩尾に当てーーー右、左と全力の殴打を続けていく。


「お前はっ、いったい何なんだッ!!?」


 まるで駄々を捏ねる子供のように、大声で感情ぶちまけて拳を振るう。


「何のために侵略してきたっ!?」


 セレノアは無我夢中で叫び、乱打の手を止めない。抵抗せずに殴られ続けているグレイザーラは、無表情で口を開く。



        「ただの暇つぶしだ」



 それは、セレノアを戦慄させるには充分すぎる言葉だった。本当にそんな理由で、シレーナを傷付けたというのか。

 セレノアは無意識に目を見開き、身体が硬直する。


「この状況で動揺するのは、死と同義だぞ」


 グレイザーラが残念そうに息を吐き、右手を振り抜く。セレノアは反射的に、魔力で強化した両腕を交差する。真っ向から、グレイザーラの右拳を待ち構える。


「ーーーーーー」


 すると、セレノアの両腕が強風に晒された紙切れのように、勢いよく後ろへ伸びた。

 かろうじて両腕は千切れていないが、吹き飛んだと勘違いするほどの衝撃だった。両腕の大部分が瞬く間に鬱血し、脳が危険信号を発している。

 当然、その衝撃を身体で受けたらどうなるか。まるで大砲のように吹き飛ばされ、地面を何度も横転する。


「ゔっ‥‥‥ぁ」


 もはや、セレノアは碌に声を出す事もできなかった。あまりにも重い一撃に、全身の感覚が麻痺している。うつ伏せに倒れたまま、まるで四肢が全て無くなったのかと勘違いするほどだった。


「シレーナ、さん‥‥‥」


 偶然にも‥‥‥ セレノアがうつ伏せに倒れた近くに、彼女がいる。横向きに寝転がり、血溜まりの中で眠っているように見える彼女が。


「っ‥‥‥」


 そして何より、彼女の右腕が()()()()()独立して落ちている。右肩の断面からは絞り出されるように、体内の血がチョロチョロと漏れ出ている。


「よく耐えた。さっきの気迫に咄嗟の反応。今殺してしまうのは惜しい気がするな」


 グレイザーラは歩き出し、動けないセレノアへと近づいていく。もはや、倒れたシレーナの事は眼中に無いようだった。


「だからこそ、さっき動揺したのは勿体無い。暇を弄ぶことは誰にだってあるだろう」


 グレイザーラが一方的に話を進める。セレノアは必死に立ちあがろうとするが、両腕は不自然に震えるだけ。両足にも碌に力が入らない。


「まあ、少しだけ待ってやる。どうやら()()は楽しめそうだからな」


 グレイザーラはそう呟いた瞬間ーーー背後へ手を伸ばして()()を受け止める。


「っ!!!」


「良い剣筋だ。さっきまで子どもの相手ばかりで、少し飽きてきた所なんだ」


 グレイザーラに奇襲をかけたのは‥‥‥茶髪の青年。


「‥‥‥ぁ」


 セレノアは目を見開いて口をパクパクさせるが、碌に声も出せない。


 ーーージクっ。


 痛みが、体内から何かを訴えてくる。


「ーーーバンギネスっ!!」


「ウォォッッ!!!!」


 するとグレイザーラの死角から迫った大男が、両手で持った盾で背中を押し飛ばす。グレイザーラは体勢を崩し、隙が生まれる。


「ッ!!」


 その瞬間、茶髪の青年が剣で素早く切り付ける。だが薄皮1枚ほどしか切れていない。


「良い剣だ。咄嗟に魔力を纏わせてなければ、致命傷を受けてたかもな」


「〜〜〜ッ!!」


 青年は歯を食いしばりながら、咄嗟にグレイザーラの脇腹を蹴飛ばした。


「「フィーア!!!」」


 2人の声が同時に重なり、グレイザーラが後方に吹き飛んだ瞬間。


「【水槍アクアランス】!!」


 黒髪女性の杖から5本の水の槍が放出され、グレイザーラの身体に衝突して弾けた。魔術の余波で、周辺に土煙が上がる。


 ーーージクッ、ジクッ!!


 セレノアは体内の痛みに歯を食いしばりながら、彼らの戦闘を傍観する。


「2人とも大丈夫!?」


 すると黒髪女性が足早に近づいてきて、しゃがみ込んだ。彼女は目を見開いて確認する。

 満身創痍で動けないセレノアと、右腕が転げ落ちている血塗れのシレーナを。


「【治癒ヒール】!!」


 女性は先に、重傷のシレーナへ杖をかざして魔術を発動させた。少しずつ、彼女の傷が癒えていく。


「‥‥‥ごめんなさい。私の治癒魔術は、誰でも使えるような初級で精一杯。でも、何もしないよりはマシだと思うから!」


 黒髪女性はシレーナの右腕の断面を肩にくっつけ、集中的に「【ヒール】」と詠唱する。


『ーーー怪我には本当に気を付けてね。私の治癒魔術は、まだ重傷を癒すことはできない練度だから』


「っ‥‥‥」


 今の彼女を見て、懐かしい記憶が蘇る。


 ーーージクッ、ジクッ、ジクッ!!


 だが体内の痛みに、思考を激しく乱される。


「フィーア‥‥‥さんっ」


 セレノアは無意識に、黒髪女性の名前を呼んでいた。自分たちに寄り添ってくれる彼女に、感謝の気持ちが溢れ出す。


「! やっぱり‥‥‥あなたは」


 フィーアは目を見開いた後、待ち焦がれた瞬間だったように微笑む。

 セレノアも、懐かしむように穏やかに笑う。



       「今日はーーーぶッッ」



 フィーアの身体が、くの字に折れ曲がった。


「え‥‥‥?」


 セレノアは限界まで目を見開く。その光景が、セレノアにとっては永遠に感じられた。


「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」


 吹き飛ばされたフィーアは何度も横転し、やがて横向きに倒れる。セレノアと目が合った彼女は、一言も発さない。

 光を失った虚な瞳は、まるで命が宿っていないように感じられる。


「フィーア、さん‥‥‥?」


 セレノアは息をするのも忘れ、うつ伏せのまま顔を上げて声を漏らす。唇が震える。寒くも無いのに歯がガチガチと鳴る。今を受け入れたくなくて、視界が揺れる。


 ーーージクッ、ジクジクジクッ!!!


 痛みが激しさを増していく。

 だがセレノアは意に介さず、動かない彼女を呆然と見つめ続ける。


「戦いの最中に隙を見せる奴が悪い。しかも和気藹々と会話を始めるとはな」


 響いてくるのは、大魔族グレイザーラの声のみ。そして、彼の近くには2人が倒れている。


 ーーージクジクジクジクッ!!!


「バンギネス、さん‥‥‥?」


 坊主頭の大男は、まるでひれ伏したかのようにうつ伏せに倒れ込んでいる。血が身体を包み込むように、だらだらと流れる。


「ノール、さん」


 茶髪の青年は、無造作に仰向けに倒れていた。右腕が横に伸び切っていて左膝を立てているのが、あまりにも不自然だった。


「連携は取れていたが、それだけだ」



 ジクジクジクジクジクジクジクッ!!!!



 体内の痛みが際限無く増えてーーー振り切れた。

 まるで今だけは、時が止まったようだった。


「‥‥‥ふざけんな」


 セレノアは立ち上がる。

 これまでの疲労や鋭い痛みは、今の冷え切った身体には、不思議と何も感じられない。

 ふらりと首を揺らすと、両目からは今までに無いほどの()()を覗かせていた。


「! お前、その魔力はまさかーーー」


 グレイザーラが目を見開いて声を漏らす。

 そして、セレノアは全く話を聞いていなかった。


「‥‥‥殺すッ」


 ただ湧き上がる衝動に身を委ね、魔力を溢れさせる。足元から地面に浸透するように‥‥‥()()()()が滲み出す。


「希少属性‥‥‥!! まさかこんな辺境で巡り逢えるとはーーー」


 セレノアは間髪入れずに、何か呟く彼を勢いよく殴り付けていた。


    今だけは‥‥‥なんでもできる気がした。

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