第65話前編 傲慢な化け物
「シレーナさんに、魔族を討伐したって合図しないと」
セレノアは右手を真上に挙げると、魔力の塊を放出する。無属性魔術、【魔力放出】。
「お前‥‥‥なんで詠唱しない。今のは無属性魔術で、固有魔術でもないだろ」
するとカインが、訝しげに目を細めて声を出す。彼の言った通り、セレノアは詠唱していなかった。
「え? 無詠唱も有用だって分かったから、練習しようと思ったんだ。当然、まだまだ使い物にはならないけどな」
セレノアは当然のように応える。魔族が行っていた技術を、すぐにでも取り入れようと。
セレノアは、ずっとそうやって成長し続けてきた。
「っ‥‥‥」
カインが息を詰まらせ、目を見開く。
そんな彼に、セレノアは声を掛ける。
「そういえばカイン、さっきの魔術は!? あの強固な魔力を壊した魔術!」
セレノアは一歩踏み込んで問い詰める。初めて見た未知の魔術に、興味が湧き上がる。
「‥‥‥俺の固有魔術だ。お前には一生、使え、ない‥‥‥」
すると突然、カインが脱力して前のめりに倒れ込む。
「カイン! どうした!?」
セレノアは驚きながらも、倒れ込む彼を支える。カインが自虐気味に笑うと、目を逸らして口を開いた。
「笑いたいなら笑え‥‥‥自分の魔術を少し使っただけでこのザマだ」
「そんな暇があるなら、無詠唱の練習してるよ」
セレノアは素直に答えると、脱力したカインを担いで走り出す。
「‥‥‥そういう所が、気に入らない‥‥‥」
そう言ったカインは、やがて気を失う。
(なんでこんな目の敵にされてるんだ‥‥‥?)
セレノアは困った顔をしながらも、マルタ砦へ向かう。
(でも、あんなに強力な魔術が使えるなんて‥‥‥正直、かなり羨ましいな)
そして少し、カインに対する意識が強くなった。
◆◇◆◇
「お。セレノアくんの合図。なんとか魔族は討伐したみたいですねー」
目を丸くしたシレーナは短剣をクルクルと回し、淡々と見下ろす。たった1人で築き上げた、数十体にも及ぶ魔物の死骸を。
「これで形勢逆転ですかねー。とりあえず防衛してる人たちにも報告しないと〜」
シレーナは場所を選びながら、死骸同士の隙間に足を置く。
「いけませんねーーーヅッ!?」
だが突然、シレーナが言葉を途切らせ、呻き声を漏らす。口から血を垂れ流し、腹には‥‥‥腕が貫通していた。
「ほう? まさか急所を外されるとはな」
背後から声が響く。誰もいなかったはずの空間から、1人の男が姿を現した。
「ッ!!」
鳥肌が立ったシレーナは、咄嗟に固有魔術『虚構立方体』を発動して相手を吹き飛ばす。
「あグッ‥‥‥!?」
当然、相手の腕も腹から離れていく。シレーナは抉られた激痛で呻き声を出しつつ、『虚構立方体』を傷口に発動する。
「ほう。傷口を穴と捉え、そこを魔力で生成した立方体で覆うことで応急処置か。なかなか興味深い魔術だ」
淡々と話す相手の容姿を、シレーナは確認する。
髪は黒で目鼻立ちが整っていて、背が高い。一見すれば、まるで好青年。人目を惹く容貌なのは間違いない。
そして‥‥‥2本の角が存在感を際立たせている。
「魔族っ‥‥‥!!」
シレーナは鬱陶しそうに舌打ちした。だが、すぐに笑みを浮かべる。
「‥‥‥やっぱり、魔力反応が殆どありませんね?」
それは力の源である魔力が、低級魔物ほどしか感じられない事。魔族と言っても、当然個体差はある。むしろ、人間よりも格差が激しい。
「魔力が少ないから気付けませんでしたが、もう不意打ちは受けません。正面から戦って、叩き潰してあげます」
「よく喋る子だ。だが、何か勘違いしてないか?」
魔族は不敵な笑みを浮かべ、両手を強く握り込む。
「どうした、震えているぞ?」
するとシレーナの身体が、小刻みに震え出す。
「っ‥‥‥!!」
シレーナは目を見開いて一歩下がった。
自分では計測不能な魔力が、魔族から滲み出したからだ。
その総量は、まるで全てを包み込んでしまうように感じられた。
「どうやら魔力の気配を消せる事を知らなかったようだな。だから私を無視して、出来の悪い子たちを狙ったわけだ」
魔族は飄々と様々な話を呟いていく。
シレーナはまるで、巨大な山と対峙している気分になった。
彼女からすれば、理解が追いつかないことばかり。魔力の気配を意図的に制御するなんて、考えた事が無いほどに。
「‥‥‥さっき見かけた幼い魔族って」
「私の子だ。望み薄のな」
シレーナが対峙している相手は、セレノアとカインが倒した魔族の父親。
「っ‥‥‥鬼畜な父親ですねっ」
数々の衝撃的な事実に、シレーナは悪寒が止まらなかった。動揺を必死に隠し、睨みつける事で牽制を続けている。
「私の名はグレイザーラ。魔王軍『六大魔殿』の一角と言えば分かるか?」
「はっ‥‥‥?」
彼の言葉を聞いた瞬間。
シレーナは呼吸を忘れて、足が震える。
「ーーーでっ、デタラメを言うなんて悪趣味ですね〜!!?」
だがすぐに強気に言い返す。
いや、そうしないと気持ちが切れてしまいそうだった。
「魔王に次ぐ地位を持つ者が、こんなところにいるわけないでしょ〜!!?」
『六大魔殿』‥‥‥魔王に次ぐ実力を持つ六人の総称で、魔王軍の総指揮を任される地位。つまり、魔王軍の最高幹部。
当然、彼らの実力は人間に測れる領域には‥‥‥無い。
「魔族と呼ばれるのは久々だな。普段はその括りで呼ぶ者がいないからな」
「っ‥‥‥大、魔族っ」
「ほう、詳しいな。この国の上層部は良い教育をしているようだ。いや、恐れているだけか」
また、その地位に付いた六人のみに与えられる‥‥‥『大魔族』という称号。その称号によって魔大陸での大規模な領地統括を一任され、絶大な名声を手にできるのだ。
それは魔王が支配する魔大陸内で、一軍隊を築き上げることが可能なほどに。
「あ、あり得ないっ‥‥‥昔話になるほどの化け物が、こんな辺境にいるわけっ‥‥‥」
「声が上擦っているぞ?」
魔力の気配を消すという理解不能な技術、姿を完璧に消していた幻影魔術の練度、そして‥‥‥今見せられている桁違いな魔力総量。
グレイザーラと名乗った魔族が、『六大魔殿』である根拠は充分すぎるほどあった。
「ーーー案外大きくないんですね〜!? あなたより大きい人も全然いますけどねぇー!!」
するとシレーナは強気な口調で捲し立てた。
辛うじて戦意を繋ぎ止めた彼女は、どう倒すかを必死に考え出す。
「まだ幼いのに大した度胸だ。私の前で倒れず、失禁もしないとは。それに扱う魔術も面白い」
グレイザーラは淡々と呟き、軽く一歩を踏み出す。だがその一歩は、他の生物に対しては心に剣を突き立てられたように重い衝撃があった。
「っ‥‥‥!!!」
シレーナは震える手を無理やり押さえ込み、固有魔術『虚構立方体』を右手に生成する。
「お前に少し興味が湧いた。その魔術をもっと見せてみろ」
「ーーー傲慢な化け物ですねぇ!!!?」
シレーナが立方体を勢いよく投げた瞬間‥‥‥鮮血が飛び散った。




