第2話 儚い約束
「はい、アベル!」
花畑に座ったセリカが、笑顔で花の冠を渡す。
赤、灰色、黄、紫‥‥‥色とりどりの花が交差して輪を成している。
「ありがとう」
アベルは感謝を告げて手を伸ばすと、その花の冠を右手でーーー掴めなかった。
咄嗟に手を下げたセリカが、なぜか頬が膨らませている。
「ちーがーう!! わたしに被せて!」
頬を膨らませた理由が、彼女の口から明かされた。
「え? う、うん」
アベルは少し困惑しながらも、渡された花の冠をセリカの頭に乗せる。両目を閉じて待ち続ける、彼女の頭に。
「えへ、ありがとっ!」
両目を開けて、はにかむセリカ。頭にある花の冠を、彼女は両手で優しく触る。
「今回のは自信作なんだ〜! きれいでしょ!」
そう言ったセリカが、歯を見せて微笑む。
太陽の日差しが、彼女の銀髪を優しく照らす。
「ぁ‥‥‥」
ーーー薄く輝く銀髪の天使が、そこにいる。
アベルは目が離せなかった。
太陽のように眩しい彼女の笑顔は、満開の花畑の中で‥‥‥一際輝いて見えた。
「‥‥‥うん。本当に綺麗だよ」
アベルは素直な感想を赤裸々に呟く。自然と口から漏れていた。それくらい、今のセリカから目が離せない。
「えへへ〜‥‥‥じゃあ次はアベルね!」
そんな事には気付かず、はにかんで喜ぶセリカ。
「えぇ!? ぼくは別にいいよぉ」
「今作ったから」
「はや!?」
アベルは驚いて声を出す間に、似た花の冠が頭に乗った。セリカが率先して被せたのだ。
「お揃いだね、アベルっ!」
「‥‥‥うん、お揃いだ」
アベルはいつものように、セリカと幸せな時間を過ごす。ありきたりで、平穏な生活を。
この生活を、アベルはずっと望んでいる。
「これからも、ずっと一緒にいようね! アベルが、私を嫌にならない限り‥‥‥」
どうやら、それはセリカも同じようだった。だが語尾が小さくなり、彼女は少し俯いてしまう。
「後半の言葉は必要ないよ。ずっとさ、一緒にいるから」
「ほんと‥‥‥? その言葉、嘘じゃない‥‥‥?」
そして、一点を見つめて呟くセリカ。その表情は、どこか儚い。
(なんで、こんなに不安そうなんだろう?)
アベルは湧き上がる疑問に首を傾げる。
前向きで明るいセリカが、時折見せる謎の不安。
それがアベルには分からず、心配が募る。
そんな自分に、出来ることは一つのみ。
「本当だよ。セリカは疑い深いなぁ」
安心させる言葉を送って、しっかりと自分の気持ちを伝える事。不安を見せる彼女を、こうやって何度も励ましてきた。
「‥‥‥うん。そうだよねっ」
アベルは今、彼女と気持ちが重なった気がした。
これからも、幸せな時間を一緒に過ごしたいと。
(セリカと、ずっと一緒に‥‥‥)
そして自分たちが大きくなっても、彼女との変わらない日々を‥‥‥アベルは強く望んだ。
「アベル、あれやろっ?」
笑顔のセリカが、右手の小指を向けてくる。
その仕草だけで、何をしたいのか分かった。
「‥‥‥うん。わかった」
アベルは穏やかに笑い、自分の小指を差し出す。
セリカの小指が、僅かに触れる。
徐々に、風が強くなっていく。
「何があっても」
アベルは優しく呟いて。
「私たちの‥‥‥」
セリカは笑顔で話す。
そして2人の‥‥‥小指が優しく絡み合う。
「「心は、ずっと一緒に」」
昔からやっている、アベルとセリカの儚い約束。
「えへへっ」
彼女を笑顔を見て、アベルは幸せな気持ちに満たされる。
「これからも、ずっと一緒だ」
アベルの幸せは、セリカと共に生きる事にある。
ーーーズバッ!!!
だが突然‥‥‥強い風と共に、花畑の中に走る鋭い音。花弁が瞬く間に吹き飛んでいく。
アベルとセリカは、その衝撃による強い突風に晒された。
「いったいなにがっ」
アベルは咄嗟に、彼女の両肩に手を乗せる。そして一緒にしゃがみ込む。だが花畑の中に入っても、突風が全身を激しく打つ。
そして、二人が頭に付けていた花の冠は‥‥‥吹き飛ばされていた。
「あぁっ、冠が!」
セリカが必死に手を伸ばすが、既に花の冠は視界から遠ざかっていた。
「セリカ危ない!!」
アベルは歯を噛み締めながら、自分たちの無事を祈って姿勢を低くする。
やがて風が弱まっていき、二人が立てるようになるまで落ち着く。
「グヘヘヘヘェ」
アベルとセリカは呼吸を忘れ、無意識に上を向く。耳障りな声が、聞こえる方へ。
「きゃぁぁぁぁッ!!!!」
セリカの口が歪み、絶叫した。
「バケ、モノっ‥‥‥!!」
二人を見下ろしている‥‥‥異形の生物。
人間とは思えない不恰好な化け物‥‥‥まさに、魔物。
ゴブリンという言葉が、しっくり来る。
「小さな雄と雌かァ〜。こりゃ美味そうだナァ」
再び低く唸るような声が、ゴブリンの口から発せられた。その声の不快感に、アベルは鳥肌が立つ。
「あ、あっ」
だが、隣で震えるセリカに意識が向く。
「‥‥‥ぼくが、守るんだ」
本能が、身体の奥底で叫んでいた。
アベルは一歩前に出て、深呼吸して口を開く。
「‥‥‥セリカっ、先に逃げて。ぼくが注意を引くっ」
少年は、勇気を振り絞って前に立つ。その原動力は、ただ一つ。
「ぇっ‥‥‥アベルっ」
ただ、大切な人を守りたい。




