第21話 自由時間、4日目
アベルの自由時間、4日目。
昼、最北端の街ベールバーナ。
(アリシア‥‥‥遅いな。今まで1回も遅れたこと無かったのに)
アベルは周囲を見渡す。
約束した時間に来ないアリシアを、既に30分は待ち続けていた。
「ーーーはぁ、はぁ、はぁっ、アリシアっ‥‥‥」
すると彼女の名前を呼ぶ声が聞こえ、アベルは前を向く。
そこにいたのは‥‥‥水色髪の女性だった。
「あ、耳が尖ってる」
アベルは無意識に、女性の特徴を口にする。そう、彼女はエルフだった。
声に気づいた女性は、膝に手をついた状態でアベルを見つめた。
「あなたっ‥‥‥もしかしてアベルくん!?」
そして彼女は我を忘れた様子で距離を詰めると、座るアベルの両肩を掴んで目を合わせる。
「う、うん。アリシアの、お母さんですか?」
突然の行動に困惑しつつも、アベルは辛うじて頷く。すると、彼女は口を開く。
「アリシアの母です! あの子、魔術の練習するって朝に出ていったんだけど、昼食の時間に帰ってこなくて!! 今まで遅れたことなんて無いのに!!」
「‥‥‥え。待ち合わせは、今から30分前ですけど」
アベルは率直に言葉を返した。そして、何か胸騒ぎを覚える。
「そんなっ‥‥‥!! あの子、朝の9時に出て行ったのに、今まで帰ってきてないなんてっ‥‥‥」
すると、アリシアの母が崩れ落ちた。
彼女は頭を抱えて、娘のことを叫んで泣き始める。
「アリシアが‥‥‥行方不明」
そしてアベルは、両手を強く握り締める。
◆◇◆◇
「っ‥‥‥なんでこんなことするんですか!?」
アリシアは‥‥‥一室に拘束されていた。椅子に座った状態で手足を縛られた状態で。
「ひっひ」
彼女の前に立ったのは、同年代の少年。
豊かな生活をしているのか、彼の身体は平均よりもかなり肥えている。
「パパから良いことを聞いたんだ。エルフは奴隷にしても構わないって。この街の有力貴族ナパロ家の嫡子である俺に仕えられるなんて、お前は幸せ者だ!!」
「っ‥‥‥気持ち悪いです!!」
アリシアは感じた事を口に出して言い放った。自分に何度も暴言を浴びせてきた、目の前の少年に。
「なんだとぉ‥‥‥!? このリパル・ナパロ様に向かって、何だその口はぁ!!?」
リパルが怒りを露わにすると、勢いよくアリシアの頬を叩こうとする。
「待てリパル!! 傷を付けると価値が下がるだろうが!!」
すると彼の後ろに立っていた男が声を荒げて静止させる。
その男はリパルの父親‥‥‥ルバリ・ナパロ。
ナパロ家の当主だった。
「なに言ってるんだよパパ、この女は俺の物になるんだ!」
「まあ待てリパル。この子を売り飛ばした金で、幾らでも気に入った奴隷を買えばいい。それでも有り余る金が、手元に残るだろうしなぁ!」
ルバリが卑しい笑みを浮かべると、彼の後ろに控えていた傭兵たちが賛同する。
「っ‥‥‥!!」
アリシアは彼らを睨みつける。背後から拉致して、自分に魔力封じの手錠を掛けた‥‥‥実行犯の傭兵を。
「ちょっと待ってよ!! 俺はこいつがいいんだ!」
リパルが抗議の声を上げると、ルバリが苦笑いを浮かべて説得を始める。その2人の会話など、アリシアには届いていない。
(怖いっ‥‥‥助けてアベルくんっ!!)
彼女は心の中で強く願う。
だが当然、そんな上手く事は運ばない。
拉致されて数時間‥‥‥一向に、アベルが姿を見せる気配は無い。
(‥‥‥こんなんじゃ、ダメ。ただ願ってても、何も解決しない。私も、アベルくんみたいに強くなるんだ)
そしてアリシアは自覚し‥‥‥決意した。
今の自分が、出来ることをやり遂げると。
「‥‥‥何が俺の物よ。へぇ? まさかあなた、私のことが好きなの?」
アリシアは嘲笑を浮かべ、見下ろしてくるリパルを見つめた。
「な、何言ってるんだ奴隷の分際で!!」
彼は声を荒げる。
「私に構って欲しくて、私をいじめてきたの? 私があなたを好きになるとでも?」
心から思った事が、すらすらと口から出ていく。
「ハっ。心の底から大嫌いよ‥‥‥このデブ」
「な、なぁぁぁ!!?」
アリシアは、あからさまに挑発を続けた。
(殴るなら、さっさと殴りなさいっ‥‥‥!!)
そうすれば、価値が下がったと言い出して‥‥‥どこかへ売り飛ばされることは無いと、アリシアは踏んでいた。
「こう言ってることだし、丁度いいじゃないか。このエルフを売り飛ばしてから、好きな奴隷を買えばいい」
「っ‥‥‥!!」
だがルバリの発言で、アリシアは動揺する。
自分の発言が、完全に裏目に出てしまったと。
下手をすれば、今までより早く売り飛ばしに掛かる可能性が高まったと。
「‥‥‥わかったよパパ。こんな口答えするやつ、もうどうでもいい!! 今すぐ謝れば、許してやってもいいけどなぁ!?」
「っ、そんなっ」
そして、アリシアは窮地の淵に立たされた。
人身売買を止めようとしていたのは、皮肉にもリパルのみ。その彼を煽った事で、遂に止めなくなってしまったのだ。
(‥‥‥これは、助かるためっ‥‥‥私の意思じゃ、ない)
アリシアは唇を噛み、少しずつ‥‥‥頭を下げていく。だが到底受け入れられず、謝っているようには見えない頭の角度。
「‥‥‥ご、ごっ‥‥‥」
口が、続きを発さない。言おうとしても、彼女の心が拒んでいる。
(こんな奴に頭を下げたらっ‥‥‥私はもう、アベルくんとは居られなくなるっ‥‥‥!!)
アリシアは、自分の心が汚れたくなかった。
「ーーールバリ様ッ!!! き、緊急の報告があります!!!」
室内に響き渡る声。
走ってきた1人の男が、当社のルバリに頭を下げる。
「‥‥‥なんだ」
ルバリは不機嫌そうに、続きを話すよう促した。
「し、侵入者です!!! 門の前にいる警備兵2人を薙ぎ倒し、既に屋敷の中に入っていると!!」
「なんだと!?」
その報告を聞いたルバリが血相を変え、眉間に皺を寄せる。
「し、侵入者!? そんなのっ、早く殺せ!!」
「命知らずの馬鹿だな」
息子リパルは必死に大声を出し、傭兵たちは呆れた様子で呟いた。
(‥‥‥侵入者っ。この街の有力貴族である、ナパロ家の屋敷に‥‥‥まさかっ)
アリシアは思わず、顔を上げて考え込む。
それは、自分にとって都合の良い希望的観測。
(まさかっ‥‥‥でも、どうやって私の場所をっ‥‥‥!!)
そんな願望が‥‥‥頭から離れない。
「我がナパロ家に侵入した愚か者は!? どんな奴だ!!!」
ルバリが尊大な態度で声を荒げた。報告にきた男は少しだけ顔を上げると、躊躇しながら話し出す。
「そ、それが子どもらしいのです。金髪でリパル様と同年代らしき少年が‥‥‥たった1人で」
「なに!? 子どもだと!? たった1人の子どもに警備兵はやられ、屋敷内まで侵入されているのか!? 恥ずかしくないのか!!!」
ルバリが憤慨しながら大声を出す。侵入者だけでなく、対処できなかった警備兵にも怒りを露わにしていた。
「ま、まさかそいつって‥‥‥!!!」
リパルの顔がどんどん青ざめていく。
子どもの侵入者が、1人で乗り込んできた理由。
(嘘っ‥‥‥助けてって心の中で願ったけど、たった1人で名門貴族を敵に回すなんてっ‥‥‥!!)
アリシアは唇を震えながら、嬉しさと同時に悲しみが湧き上がる。
自分のせいで、人生を台無しにするかもしれないと。
「ーーーアリシアっ!!!」
そして遂に、侵入者である少年が姿を現す。
ルバリとリパルが後退り、傭兵たちが警戒を強める。
「ああっ‥‥‥」
アリシアは息を漏らし、嗚咽も漏らした。彼の姿をもう一度見れた事で、涙腺が崩壊した。
「よかった、無事で‥‥‥もう大丈夫だから」
金髪少年が、優しく微笑んでいた。




