エルフの少女
「はぁ、はぁ、はぁ‥‥‥」
エルフの少女が、息を切らして膝に手を置く。
「ごめん、ちょっと走り過ぎた。大丈夫?」
アベルは謝りながら、彼女を近くのベンチに座らせる。少女が話せない間に、アベルは自分から自己紹介を始めた。
「僕はD級冒険者のアベル。君は?」
「あ、アリシアです‥‥‥」
アリシアと名乗った少女は、おずおずと顔を上げる。
「さ、さっきはありがとうございました」
それは感謝の言葉だった。アベルは少し驚き、目を丸くする。
「僕はただ、君に聞きたいことがあって連れてきたんだ。むしろ、邪魔してごめん」
「なんでアベルくんが謝るんです‥‥‥!?」
今度はアリシアが目を丸くした。だが、アベルの言葉は止まらない。
「え、だって友達なんでしょ? そんな中に、僕は自分の都合で割り込んだから」
「‥‥‥へ?」
アリシアが絶句し、目を見開いて手を振り始める。
「いや友達ではありませんよ!? まさか仲良さそうに見えたんですか!?」
「え、あの子たちと友達じゃないの?」
「そうですよ!?」
もはや、収拾がつかない状態となっていた。
(あんなに男子たちは馴れ馴れしかったのに、彼女とは友達じゃなかったのか‥‥‥)
アベルはセリカの他に同年代の知り合いがいないため、友達の概念が曖昧になっていた。
「‥‥‥ふぅん。じゃあいっか」
「軽いですね!?」
アリシアはずっと目を見開いて過剰に反応していた。
「じゃあ、さっそく本題なんだけど」
アベルは話を変えて、意気揚々と口を開く。
アリシアが少し身体を硬直させて、生唾を呑む。
「エルフって魔術が得意なんだよね? もしよかったら教えてくれないかなっ!」
アベルの口から飛び出したのは、純度100%の頼み事だった。アリシアが身体を脱力させながら、目を丸くして口を開く。
「え、魔術? そんな事ですか? あの‥‥‥もっと複雑な話が飛んでくるものだと」
「そんな事って何さ。僕にとってはこれ以上ない重要な話なんだよ!」
アベルは口を尖らせて声を出す。自分の要件を軽く見られたと思い、
その態度に、アリシアはさらに困惑した。
「‥‥‥アベル君って私が怖くないの? 私‥‥‥エルフなんだよ?」
アリシアが、絞り出すような声を漏らす。身体を縮こませて、少し顔を下げながら。
「え、何が? エルフって魔術の扱いに長けた種族なんでしょ? すごいじゃん!」
アベルは素直な感想を口に出した。
エルフという種族という認識は、アベルにとって『魔術』が上手いというものだけ。
「アベルくん‥‥‥」
アリシアが目を見開いた後、穏やかに微笑んだ。
「‥‥‥わかった! アベルくんに、私の魔術を教えてあげる! だからね‥‥‥私とお友達になって!」
そして彼女は、少し緊張した様子で右手を差し出した。
「友達‥‥‥うん! これからよろしく!」
アベルは笑顔で、彼女の手を握り返した。
(友達っ‥‥‥!!)
こうしてアベルは‥‥‥初めての友達ができた。
「ヅっ!?」
そして、なぜか左肩が酷く痛んだ。
時刻は夜。
ギルド本部2階の酒場。
「友達ができただぁ!?」
バンギネスの大声が響き渡る。
だが彼は次の瞬間、隣に座るフィーアに頭を叩かれていた。
「何を驚くことがあるの? 同い年の友達なんて、素晴らしいじゃない。よかったわねアベル!」
微笑むフィーアに、アベルは頭を撫でられる。
もはや何かに付けて彼女に頭を撫でられるのが、習慣となっていた。
「これであと4日間、退屈せずに済むな! なあアベル、その友達の名前は?」
ノールが意気揚々と質問する。子供の学校生活を書く、親のように。
「名前はアリシア。氷属性魔術が得意らしくて、さっきまで教えてもらった。本当にすごかったんだよ!」
アベルは嬉しそうに言葉を返す。
『ーーーすごっ!!』
『そ、そんな事ないよぉ‥‥‥』
アリシアが作り出した氷の彫刻。
それを思い出しながら、意気揚々と話したのだ。
そして魔術の話題を聞けば、真っ先に反応するのは魔術師フィーアである。
「氷属性魔術!! それは凄い子ね。アベルと同い年で氷を扱うなんて、その子に会ってみたいわね」
「本当に凄い練度の氷属性魔術だった。教えてもらったけど、今日は全く出来なかったんだ。やっぱりエルフって魔術の扱いに長けた種族って再認識したよ」
アベルはアリシアを褒め称えた後、嬉しそうに肉を口に頬張る。
「「「‥‥‥‥‥‥」」」
すると突然、周囲に沈黙が訪れる。
「あれ? みんなどうしたの」
アベルは不思議に思い、目を丸くして話しかける。 その問いかけに答えたのは、神妙な顔をしたノールだった。
「‥‥‥アベル。その友達って、エルフなのか」
それは念入りに確認するような口ぶりだった。
アベルは特に気にせず、「うん」と即答する。
「‥‥‥なあ、アベル。これからは、声を少し控えよう。彼女の存在を大っぴらに話すのは、危険だ」
ノールが眉を下げて注意した。
「なんで?」
その意味が分からず、アベルは素直に呟いて首を傾げる。
「ごめん、アベル。まだ必要ないかと思って、エルフについて詳しく話してなかったわね。せっかくだし、今から話すわ」
するとフィーアが諭すように話しかけ、一息ついた後に口を開く。
「エルフはね‥‥‥数が少ない希少種族なの。長命な分、生殖意欲も低い」
「長命って‥‥‥長生きって事?」
アベルは率直な疑問を口に出していた。
だが、フィーアが淡々と話を続ける。
「外見はあまりにも整い過ぎてて、人間たちの視線を集める」
「それが‥‥‥なに?」
アベルはまた聞き返す。話の意図が、何も分からない。
するとフィーアが深呼吸して、口を開く。
「だからエルフは‥‥‥よく高値で人身売買される。つまり、誰かの奴隷にさせられることがあるの」
そう言った彼女の声は、少し弱々しかった。
あまりに残酷な事に、9歳の少年は両手を震わせる。
「‥‥‥なにそれ。そんなのおかしいよ!!」
話を聞いたアベルは‥‥‥声を荒げた。両手で勢いよく机を叩いて、フィーアを睨み付ける。
「落ち着けアベル!!」
だがその態度に、ノールが一喝する。
アベルは「‥‥‥ごめん」と言って冷静になる。
「この話を、他の人に話さない方がいい。エルフを良く思ってない奴らも多い」
「‥‥‥みんなも、そうなの?」
アベルは、無意識に声が小さくなっていた。
友達となったアリシアの事を、信頼しているノールたちに‥‥‥悪く言われたくない。
「俺は普通に、優れた種族だと思ってるよ。長寿な分、豊富な知識と技術を持ってるし」
「私はエルフ大好きよ。魔術の扱いが桁違いだし、何よりすごく綺麗だし‥‥‥」
「考えたことねえな。無差別に襲いかかってくる魔物じゃねえんだから、敵対する理由は特にねえよ」
ノールたちはそれぞれ、三者三様の言葉を述べる。 誰も、エルフを悪く言っている者はいなかった。
「‥‥‥そうだよね。わかった、今度から気をつける!」
アベルにとって、それが堪まらなく嬉しかった。
ノールたちも友達となったアリシアも、みんなが大切だからだ。
「そうだな、アベル。彼女と遊ぶ時は、なるべく周囲を気にした方がいい」
「うん、わかった!」
アベルは笑顔で返事し。気兼ねなく食事を楽しんだ。
「‥‥‥」
目を細めるノールの視線には、気付かなかった。




