第15話 祝杯
「それじゃあ‥‥‥B級のブラックベア討伐依頼、その達成を祝して乾杯!!」
「かんぱ〜い!!」
ノールが言った後に、フィーアが笑顔で後に続く。
「あはは‥‥‥乾杯」
「‥‥‥」
アベルは苦笑いを浮かべながら呟く。バンギネスは声を出さず、無言で酒を嗜んでいた。
酒場『バッカス』。
冒険者が多く集まる、憩いの場。
そんな大きな酒場の片隅で、アベルたちは祝杯を挙げていた。
アベルは酒ではなく、果物を絞った果汁である。
「ーーーかぁぁぁぁッ!! やっぱ一仕事終えてのビールは最高ねッ!!!」
3人は成人しているため、酒を飲んでもいい。フィーアが最初から飛ばしていく。
「そんなに飲んで、背中の傷は大丈夫なの‥‥‥?」
そんな彼女を見つめ、アベルは不安げに声を漏らす。
「えへへぇ、だいじょーぶ!! アルコールで消毒よ消毒ぅぅ〜!!」
既に顔が赤くなったフィーアが、高笑いを始める。普段の冷静沈着な雰囲気など、吹き飛んでいた。
「‥‥‥アベル。お前が将来、酒を飲むようになったら‥‥‥絶対、これみたいになったらダメだぞ」
「‥‥‥うん」
小声で話しかけてくるノールに対し、アベルは真顔で首を縦に振る。
(こうはなりたくないなぁ‥‥‥)
心の底から、酒豪のフィーアを反面教師にしていた。
「まさか討伐したブラックベアが、格上げされるとはねぇ〜!!」
そんな事に気付かず、次々と酒を呷っていくフィーア。彼女が酒のグラスを勢いよく机に置き、笑顔で話す。
アベルたちが討伐したブラックベアは、予想を遥かに超える大きさだった。
そのため、本来のC級からB級に格上げされた。
「報酬もたんまり〜! 最高ぅ〜!!」
ほくほく顔のフィーアが、勢いよくグラスに口を付ける。
(今回の依頼だけで、1人あたり金貨3枚。確かに、もっと難しい依頼ならっ‥‥‥)
アベルは自分のコップを見つめ、少し揺らす。
(王立学院の3年間の学費‥‥‥金貨150枚。絶対に集めてみせる)
そしてアベルは勢いよくコップを傾け、一息ついて机に置く。
「ーーー店員さ〜ん! 葡萄酒おかわりぃ〜!!」
偶然にも、フィーアも一気に飲み込んでいた。彼女は満面の笑みを浮かべている。
「相変わらず品がねえな」
「気を付けろアベル。酒癖が1番悪いのは、間違いなくフィーアだ。ウザ絡みされると厄介だぞ」
バンギネスが隣のフィーアに呆れ、ノールが諭すように小声でアベルに呟いた。
話しかけられた事で、アベルは会話に参加する。
「‥‥‥お酒ってそんなに美味いの?」
そして、思ったことを素直に呟く。
子供は飲んではいけない。そう言った制約があると、むしろ興味が湧いてしまう。
その言葉に、ノールが手を組んで「ん〜」と唸る。
「そんなこと考えても無駄だ。15歳になった時に考えるんだな」
バンギネスが淡々と嗜め、皿に乗った肉を食べる。我関せずと言った態度で、黙々と食べている。
「‥‥‥ねぇ、ちょっと」
するとフィーアが、ムッと眉を顰めて手を伸ばす。
そして勢いよくーーーバンギネスを殴り付けた。
「ぶっ!?」
「そんなキツく言わなくていいでしょうがっ!! アベルが可哀想でしょぉぉ!?」
「〜〜〜お前が1番キツいんだよ!!」
頬に拳がめり込み、バンギネスが大声を上げる。殴った張本人のフィーアは無視して身を乗り出す。
「気にしなくていいからね〜」
そして、対面に座るアベルに手を伸ばす。
「これからも気になった事は何でも聞いてね。その積み重ねが、頭を良くしていくんだからねぇ〜?」
そしてアベルはされるがまま、彼女に頭を撫でられる。
バンギネスが「甘やかし過ぎだろ」と呟いて酒を煽ると、通りかかった店員に追加注文を済ませる。
「フィーアはよく問題を起こすし、バンギネスは何かと周囲をよく見てフォローしてくれる。こんな場面でしか見られない一面だってあるんだ」
ノールが少し誇らしげに話すと、ゆっくりと酒を飲む。アベルは自然に、彼を見つめて話を聞いていた。
「どんな事でもいい。相手を知る事は、自分を見つめ直す機会にも繋がる。フィーアが酒癖悪いのを見て、自分は酒を控えようとかな」
「ねぇちょっと〜? なに私を引き合いに出してんのぉ〜!?」
彼の言葉にフィーアが過剰に反応し、勢いよく身を乗り出して睨み付けた。
「‥‥‥酒の事に関しては、立派な反面教師だな」
バンギネスが小声で淡々と呟く。さっきの仕返しと言わんばかりに。
するとフィーアは更に不機嫌になって、ドカッと座り直す。
「ねぇアベルぅ〜。あなたは女性に優しく接するようにしなきゃダメよぉ〜?」
やがて彼女は微笑むと、アベルが持つコップへ瓶を傾ける。
「「それ酒だろうが!!!」」
「あぁ〜ん!!?」
ノールとバンギネスが同時にツッコんだことで、フィーアも混じって3人で激しい言い合いを始めた。
「‥‥‥あの。さっきのジュースを、別のコップでおかわりお願いします」
そしてアベルは巻き込まれないよう、慎重に店員へと頼み込むのだった。
「‥‥‥うるさ」
偶然近くの席に座っていたフィーアが、小声で呟いてグラスに口を付けた。
◆◇◆◇
冒険者ギルド『エルトリンデ』の本部、ギルド長室。
「もうD級になったんですか!? あんな幼い子にそこまでさせて、本当に大丈夫なんですか!?」
室内で1人の女性の声が響き渡る。椅子に座るギルド長ファーバへ抗議しているのだ。
「確か、まだ9歳ですよね!?」
彼女の名はマイラ。
冒険者ギルドの副長を務める女性で、年齢は30過ぎ。
「認めるしかあるまい。あの子の魔力強化術は、既に王国軍に並ぶほどだ。それにノール君たちと依頼をこなしている事で、ますます成長している」
ファーバは淡々と話しながら、机から書類を取り出す。
「しかも、今回はB級に格上げされたブラックベアを討伐した。間違いなく、逸材だよ」
その書類には、アベルの評価が記載されている。
「っ‥‥‥!? これが、9歳っ‥‥‥!?」
その書類を見て、マイラが絶句していた。目を大きく見開き、血眼になって凝視している。
「‥‥‥いかに優秀だろうと、まだ9歳の子どもなんですよ!? ギルド所属の冒険者たちは、王国軍のような高邁な精神は持ち合わせていません! 金稼ぎ第一の寄せ集めなんです!」
するとマイラは早口で捲し立てる。だがハッと息を呑み、彼女は口を閉じる。
「‥‥‥マイラ君。今のは聞かなかった事にするから、落ち着いて話しなさい」
ファーバは冷静な態度で話を促した。
マイラは小さく頷くと、深呼吸して話し始める。
「冒険者ギルドは、大人がお金のために依頼を受ける場所。当然、素行が褒められたものじゃない冒険者もいます。幼い頃から暗い部分を知ってしまったら、後でどんな影響をーーー」
「あの子は既に、相当な闇を知っている」
彼女の発言に割り込むように、ファーバは両腕を組みながら呟いた。
「なかなかの境遇だ。両親を知らないし、住んでいた孤児院には、碌な教育環境が整っていなかった」
「それ、は‥‥‥」
「ノール君に出会った事で、あの子は人並みの生活を送る事ができている。それを取り上げることは、あまりに酷というものだ」
「っ、ですがもし精神が歪んでしまったらーーー」
「ノール君が全責任を負うと言っていた。そしてあの子も、彼を信頼しているようだった。彼に影響を受けたとして、悪人になるかね?」
ファーバは諭すように、落ち着いた口調で話す。
B級冒険者ノールを、どう思っているか分かる口振りだった。
「‥‥‥ノールさんなら、まあ。昔から彼の事は知ってますし、信用は出来ます。もしかするとギルド内で1番‥‥‥」
マイラも控えめな声量で反応する。
態度からして、否定しているようには感じられない。
「彼なら、アベル君を立派に育ててくれるだろう。アストリア王国における、重要な価値を持つ男へと」
ファーバは別の紙を下の引き出しから取り出すと、マイラに手渡す。
「こ、これは」
「今までの活躍が認められた証だ」
それは‥‥‥昇級認定試験の概要用紙、3枚。




