自由時間
冒険者ギルド副長、マイラに叱られた翌日。
「「昇級認定試験!?」」
魔術師フィーアと盾役バンギネスの声が重なる。
2人は自分たちの前に置かれた紙を見て、血眼になって読み始める。
「それって‥‥‥僕がこの前受けた試験と同じ?」
アベルは椅子に座って、3人の紙を眺め始める。
現在、ノールとフィーアはB級で、バンギネスはC級。それぞれA級、B級に上がるための試験概要だった。
「その通りだ。アベルはこの前受けて、D級に上がっただろ? 今度は俺たち3人に、その案内が来たわけだ」
ノールが声を弾ませて呟くと、自分が飲んでいた紅茶のカップを口に近づける。彼は一口飲んで息を吐くと、フィーアとバンギネスに目を向けた。
「昇級認定試験は5日後。だからしばらくは、試験の準備を優先して依頼は受けない。それでいいな」
「もちろんよ。だってA級認定試験なんて、超難関だし」
「そうなの?」
アベルは率直に疑問を呟く。まだ冒険者になって日が浅く、詳しい事は分からない。
何よりアベル自身が冒険者について、もっと知りたくて仕方なかった。
「冒険者の等級はF、E、D、C、B、A‥‥‥そして、S。冒険者は星の数ほどいるが、階級が上がるに連れて、その数は減っていく」
「それってどれくらいなの?」
アベルは即座に聞き返した。
冒険者に関する知識は、まだまだ不足している。
「目安だけど‥‥‥アストリア王国内で、C級は500人。B級は300人。A級は100人」
その質問に答えたのは、フィーアだった。
「国内全体の冒険者の中で、数百単位なの!?」
アベルは目を見開いて大声を出す。
王国内の冒険者は、万の単位を軽く超える。
その中での数百は、まさに実力者の証。
「え、じゃあS級は‥‥‥?」
アベルは恐る恐る声に出して尋ねた。今までの話からして、更に少ない事に勘付きながら。
フィーアが本部の掲示板を眺めながら、口を開く。
「国内でーーー10人前後」
「じゅっ、10人!?」
アベルは再度大声を出し、身を乗り出した。
精鋭、実力者という言葉では生温い‥‥‥限られた頂点。
「実際に見た事は無いけどね。もしS級の冒険時を見かけたら、その冒険証は疑えって言われるくらいだし」
「まあ、普通は偽造って思うからな」
フィーアの言葉に、バンギネスが便乗して話す。
アベルは2人を交互に見つめながら、真剣に話を聞いている。
「ちなみにA級冒険者になると、アストリア王国騎士団から士官の勧誘をされるらしいわ。まあ噂だけど」
フィーアが追加で情報を口にする。
バンギネスが鼻で笑いながら明後日の方を向く。
「冒険者について分かったところで、話を戻そうか。俺とフィーアはA級、バンギネスはB級の昇級試験がある」
ノールが優しく微笑みながら、本題を話す。
さっきの話を聞いた事で、アベルは生唾を呑んだ。
「試験は超難関。だから合格のために、時間を使いたい」
「全力で挑むわ」
「俺も絶対落としたくないから、念入りに準備するぜ」
フィーアとバンギネスは快く了承した。だが、ここで問題が残る。
ノールが眉を下げて、少し重たそうに口を開く。
「アベル‥‥‥悪い。今回は俺たち3人が試験だから、依頼を受けられない。それでもいいか」
試験が無いアベルは、どう過ごすかという問題である。
「ううん、大丈夫。依頼はいつでも受けられるけど、試験は決まった時しか受けられないから」
アベルは微塵も気にした素振りを見せない。
3人の試験が大切だと、心の底から思っている。
「それに僕のD級認定試験の時に助けてくれた。だから今度は僕が助ける番だよ。何ができるか、分からないけど‥‥‥」
そしてアベルは苦笑いを浮かべながら呟いた瞬間。
「アベルぅぅぅぅぅッ!!!」
「!?」
フィーアに勢いよく抱きつかれていた。
「ちょっ、フィーアさん」
「ほんっとに良い子!! その気持ちだけでも嬉しいわ! 絶対に合格するからねっ!!」
「わかったから!?」
彼女が抱擁しながら頭も撫で始めた事で、アベルはジタバタ暴れ出す。この時、アベルは猛烈に恥ずかしさを感じていた。
「それじゃあ5日間は依頼を受けず、各自で準備だ」
「もちろんよ」
「念入りに対策しねえとな」
ノールの言葉に、フィーアとバンギネスが迷わず返事をする。
(‥‥‥せっかく自分の時間が多くなるし、筋トレと走り込みを重点的にやろうかな)
こうしてアベルは5日間の間、自由時間が格段に増えた。
◆◇◆◇
アベルの自由時間、1日目。
正午12時、最北端の街ベールバーナ。
(まずは言われた通り、露店を見て回ろう。昼も何か普段食べなさそうなものを‥‥‥)
アベルは、特にあてもなく街中を歩き始める。
冒険者ギルドが隣接しているため、街並みが発展している。
殆どを孤児院で過ごしてきたアベルにとって、ベールバーナの街並みは全てが新鮮だった。
(‥‥‥でも。こんなことして、意味あるのかなぁ)
だがアベルは、あまり乗り気ではなかった。そもそも、本来は自主鍛錬をする気だったのだ。
『アベル、せっかくだし街を歩いてみろ。どんな事でも、後で知らなくて後悔する時もある。それに外の空気に触れるのは、他に代え難い経験になる』
だがノールに念押しされたため、アベルは街中を歩き回っているのだ。
『人の強さは、純粋な力や魔術だけじゃない。思考力や社交性も大切だ。考えが偏った頭でっかちな人間は、誰からも相手にされないぞ』
彼の言葉が、脳裏によぎる。
「‥‥‥確かに。セリカと再会しても、前みたいに話せなかったら意味が無い」
時折ノールの言葉を思い出し、アベルは心の中で強く念じる。自分には、足りないものが沢山あるという事を。
「ーーーおい、なんでこの街にいるんだよ!!」
アベルは無意識に振り返る。
少し離れた所で、少年が大声を上げていたのだ。
「エルフには広大な森があるんだろ!? 多種族禁制を掲げている奴らなのに、なんで人間が住む街に居るんだよ!!」
「そ、そんなの‥‥‥私が言ってるわけじゃない」
そして3人の男子に囲まれている、1人の少女。
水色の長い髪を真っ直ぐに下ろし、顔立ちも作り物であるかのように整っている。
白いワンピースを着ている彼女は、どこか浮世離れした魅力を醸し出している。
そして‥‥‥両耳が尖っていた。人間とは異なる種族であることの、証。
(あれがエルフ‥‥‥フィーアさんの話でしか聞いたことなかったけど、実在するんだ)
アベルは興味を持って、無意識に近づいていく。
次第に距離が近くなる事で、エルフの少女と目が合う。
「おいっ、なんだよお前」
「何か文句あるのか!?」
やがて彼女を囲む複数の男子たちが声を荒げるも、アベルは気にせず無視する。
「ほんとに耳が尖ってる‥‥‥君、名前は?」
そして座り込んだ少女の前でしゃがみ込むと、目を見つめながら話しかけた。
「ぇ‥‥‥あっ、危ないっ!」
少女は突然声を出した。
アベルの背後にいた男子が、勢いよく拳を振りかぶったのだ。
「ーーーいきなり失礼だと思うよ」
アベルは少し不機嫌そうに呟く。
そして背後から迫り来る拳を‥‥‥後ろに伸ばした右手で受け止める。
「なっ!!」
「っ、こいつッ!!」
すかさず、別の男子が側面から襲いかかる。
するとアベルは掴んだ相手の腕を横へ引っぱり、自分と男子の間に割り込ませる。
「いてっ!!」
直後、その子の頬に拳が命中。涙目で殴った男子を睨み付けると、次第に仲間割れが始まる。残った1人も仲裁に入らなければならない状況になった。
「ちょっと聞きたいことあるから、ついてきて」
その隙を突いたアベルは手を差し出して少女を立ち上がらせると、そのまま引っ張って走り出す。
「あ、あのっ、あなたは」
「あとで話すよ。とにかく今は離れないと」
そしてアベルは、彼女を連れて離れていった。




