第12話 実技試験
「ーーーそこまで!! 次の者、前へ!」
試験官の声が響き渡り、一人ずつ試験が行われていく。
「あ、ありがとうございました!」
「礼はいらない。言う暇があるなら腕立てでもしろ」
受験者の言葉を一蹴する、黒髪女性。
「将軍が相手とか、マジでヤバいだろっ‥‥‥」
「合格なんてできるわけねぇ‥‥‥」
「綺麗な顔して脳筋過ぎるっ‥‥‥」
受験者たちの小声が、アベルの耳にも届く。
(グランマリア将軍、か‥‥‥通りで凄いわけだ)
実技試験は役職に分かれて行われる。
戦士や盾役など、近接戦闘が主な前衛。
魔法使いや治癒役など、遠距離戦闘が主な後衛。
その基準で、試験は分けられる‥‥‥はずだった。
「あ、あの。次の受験者は後衛なんですけど」
「構わない。前衛でも後衛でも、私の立ち振る舞いは変わらない。むしろ後衛こそ、これ以上ない経験になると思うよ」
グランマリアが、拳を鳴らして仁王立ちしていた。
彼女は全ての受験者を相手する姿勢を見せる。そして、試験官は断れない。
「つ、次の受験者は前へ!」
「はい」
呼ばれて前に出たのは、大きな杖を持った茶髪の少女。タレ目でどこか気怠げな印象を受ける、無表情。
黒のとんがり帽子と黒のローブ、黒のブーツ。
(こんなに黒一色な人、初めて見た‥‥‥)
遠巻きに見ていたアベルは、少し面食らっていた。
「なんだあの杖はっ‥‥‥」
「金持ちの子どもかよっ‥‥‥」
そして杖の先端には、眩いほど輝く真っ赤な宝石が付いている。
「あの、1つ質問があるんですが」
「なんでしょうか」
少女が抑揚の無い声で話しかけ、試験官が返事をする。
「倒してしまっても良いんですか?」
その言葉に、全員が絶句する。それは試験官でさえも。
「‥‥‥ふはは。君、名前は?」
対峙するグランマリアが、口角を上げて問いかける。
「ソフィアです」
「良い名前だ。さて、さっきの質問の答えだが」
そして、彼女は両手を広げて言い放つ。
「文句無しで合格だ。後日の結果発表を待つまでも無く、私が許可する」
「あのっ!? そんな勝手な事は困りまーーー」
試験官が抗議の声を出した瞬間ーーー全てが吹き飛ぶ。
「ッ!!」
「いいな!!」
突然始まった二人の激闘ぶりに、抗議する意志が吹き飛ばされていた。
(速い‥‥‥!! 将軍はまだしも、ソフィアって人も!)
アベルは両目を動かしながら、その激闘を観察する。
「口が達者なだけあるな!!」
「口だけな人は嫌いです」
迫り来る魔力を全て弾き飛ばすグランマリア。
意地でも距離を取り、魔術を放ち続けるソフィア。
「ふっ!!」
ソフィアが杖から、無数の魔力を放出する。
「まさか無属性の魔術だけとはな。よく分かってるようだ!」
グランマリアが、嬉々とした表情で笑う。
「無属性こそ高みへの道。凝り固まった馬鹿どもと一緒にしないでください」
ソフィアは淡々と呟いて、杖を振り下ろす。
滝のように落ちる魔力の塊が、グランマリアへと迫る。
「ーーーだが、まだ足りないな」
グランマリアが、右手を勢いよく振り払う。
「!?」
その瞬間、ソフィアの放った魔力の塊が全て軌道が逸れる。そして、深々と地面を抉っていく。
「右手を払った風圧だけで、あの魔力を逸らすなんて‥‥‥」
その光景を観戦していたアベルは、無意識に声を漏らしていた。二人が繰り広げる力の高みに、目が離せない。
「終わりだ。君の実力は分かった」
グランマリアが淡々と呟く。
「‥‥‥‥‥‥」
ソフィアは何も言わず、唇を噛んで魔力を抑え込んだ。彼女の試験が終了する。
「‥‥‥あ。あ、次の受験者!」
尻餅を付いていた試験者が、思い出したかのように声を出して立ち上がる。周囲の受験者たちも、それぞれが声を出し始める。
「ーーーはい」
そしてアベルは、前へ歩き出す。奇しくも、次は自分の番だった。
試験を終えたソフィアと、すれ違う。
「最年少の実力、お手並み拝見です」
彼女の言葉に、アベルは少し目を見開いて驚きつつ‥‥‥やがて足を止める。
「ソフィアよりも一回り幼いな。君が最年少の冒険者という事か」
試験相手である、グランマリアと対峙する。
「何歳だ」
「9歳です」
アベルは即答し、両手を振った後‥‥‥構える。
試験用の剣は取らず、素手のまま挑む。
(この人に、まだ日が浅い僕の剣は通用しない)
それは、彼女と少しでも渡り合うための覚悟。
試験に合格するための、心構え。
「‥‥‥良い目だ。今回も楽しめそうだな」
グランマリアが両手の拳を握り、僅かに腰を落とす。
「それでは、始め!!」
試験官の声が聞こえた瞬間。
「ッ!!!」
アベルは全身で魔力で強化し、右足を踏み出す。自分の出せる最高速度で、攻撃に移る。
「ーーーぇ」
その瞬間、視界が塞がれる。
(はやーーー)
既に目前に迫る、グランマリアの拳によって。
「ゔぁッ!!?」
そして、アベルは勢いよく殴り飛ばされた。
跳ねるように地面を転がり、うつ伏せに倒れ込む。
「そ、そこまでっ!」
力の差は歴然。
誰の目から見ても、勝敗は決していた。
「‥‥‥まだ、だ‥‥‥」
だが、アベルは必死に起きあがろうとする。
全身がガンガンと痛み、鉛のように重い両腕を擦り動かす。
すると、アベルの視界が激しく揺れ動く。
「わずかに顔を逸らして、威力を減らしたな? それに、意識があるなんてな。9歳なのに、大した強化術と精神力だよ」
グランマリアに持ち上げられ、担がれていた。
「無意味に痛めつける趣味は無い。君の実力は充分に分かった。今後も慢心せず励んでくれ」
「僕は、まだ‥‥‥」
アベルは無意識に右手に魔力を集め、振り下ろす。
グランマリアの耳を、僅かに掠める。
「‥‥‥‥‥‥」
そこで、アベルの意識は途絶えた。
「‥‥‥気に入らないですね」
ソフィアの小声が、空気に流れていった。
◆◇◆◇
その後。
アストリア王国軍の将軍、グランマリアは瞬く間に去っていった。
彼女への注目と驚きは、冒険者たちの中でも次第に薄れていく。
『グランマリア将軍に殴り飛ばされた!?』
『だ、大丈夫なの!? 骨とか折れてない!?』
『ていうか、よく生きてたなお前‥‥‥』
数時間後に目を覚ましたアベルは、ノールたちの心配を集めてしまう。
アベルは必死に説明して苦笑いを浮かべる。そして、両手を強く握る。
(あんなに強い人は初めて見た‥‥‥魔力の操作、身体強化術も次元が違った。あの領域に、僕も近づきたい‥‥‥!)
漫然とした強さへの指針が、アベルの中で初めて鮮明になった。
「な、なんで笑ってるんだアベル?」
「な、殴られて頭が麻痺したのかもしれないッ!! 早く医者に見せないとッ!!!」
「落ち着けよフィーア‥‥‥」
三人には、不要な心配を与えてしまった。
そして、数日後。
「冒険者になったばかりで‥‥‥もうここまで。これで一人前の冒険者だな!」
「努力の積み重ねの賜物ね! 最近E級に上がったばかりなのに、とんでもないスピード昇級よ!」
「‥‥‥まだ満足するなよ。夢を叶えたいなら、もっと上を目指していけ」
ノール、フィーア、バンギネスがそれぞれ呟く。掲示板に貼られた、一枚の紙を見つめながら。
「う、うん」
アベルは少し反応に遅れて返事をする。
昇級認定試験
合格者一覧 メイロ、ソフィア、アベル
担当試験官 リースリン
(なんで合格になったんだろ‥‥‥実技は完敗だったのに)
アベルは‥‥‥D級冒険者に昇級。
駆け出しのF、初心者のEを超えた先にある‥‥‥一人前の証でもある。
「‥‥‥‥‥‥」
頬杖を付いて座っていたフィーアが、目を細めて見つめていた。




