人生の岐路
「こらぁぁ‥‥‥そこに立たれると魔術が発動できないでしょうがぁぁ‥‥‥ゔがぁ」
B級冒険者の魔術師フィーアが、机に突っ伏して口をもごもごさせる。両目は閉じており、顔も赤い。
まさに泥酔しているといった様子だった。
「ったく仕方ねえな‥‥‥ノール、会計は任せたぜ。この酔っぱらい女、自分で歩けねえだろうからな」
C級冒険者の盾役バンギネスは呆れた様子で話すと、彼女の肩に手を回して立たせる。
「お前もついて来い。俺1人じゃ、フィーアを見ていられん」
「は、はい」
アベルは少し緊張した顔持ちで頷くと、2人の後をついていく。
そう、アベルは‥‥‥バンギネスの事を、まだ把握しきれていない。
冒険者ギルド『エルトリンデ』本部前。
「だからぁぁ‥‥‥少しは私の事を考えて動きなさいよぉぉ‥‥‥脳筋めぇぇ」
道端で座り込んだフィーアが、首を上下に揺らしながら呟く。完全に酔っ払いである。
「俺かノールのどっちに文句言ってんだ、こいつ」
「‥‥‥どうなんでしょうね」
アベルは泥酔状態の彼女の隣に座り、バンギネスが逆隣に座っている。つまり、フィーアを挟んで会話をしている状態。
(バンギネスさんって、僕の事どう思ってるんだろう‥‥‥)
アベルが感じた、純粋な疑問。それは今までの彼の言動や表情から、無意識に導き出したもの。
ノールとフィーアが優しく接してくれる分、バンギネスとの距離感が掴みかねていた。
「‥‥‥おい」
するとバンギネスが、神妙な表情で話しかけた。
アベルは少し驚きつつも、彼の顔を見つめる。
「少しは、冒険者に慣れたか」
「え? あ、はい。バンギネスさんたちが丁寧に教えてくれて、毎日が充実してます」
アベルは少し拍子抜けしつつ、素直に答えた。
それを聞いたバンギネスは「おう」と短く呟き、頭を掻きながら口を開く。
「もし何か困った事があれば‥‥‥ノールに聞け。あいつなら、必ず力になってくれる」
「‥‥‥はい。本当に、ノールさんにはお世話になりっぱなしで」
アベルは少し眉を下げて返事をする。申し訳ないという思いが胸から溢れ出す。
「そんなこと気にしてたらキリがねえ。俺なんか昔からそうだしな」
「‥‥‥昔から?」
アベルは言葉に引っ掛かりを覚え、思わず聞き返す。聞いた後で『しまった』と反省していた。
するとバンギネスが、神妙な顔をして前を向く。
「‥‥‥ああ。奴隷上がりの俺に、あいつは気にせず声を掛けてきたんだよ」
彼の口から飛び出した言葉に、アベルは目を見開いて驚く。
「誰も信用していなかった俺を、強引に巻き込む力をあいつは持っていた」
バンギネスは自分の過去を淡々と話し、懐かしむように笑う。それら自然と、彼の口から出た言葉に見えた。
「『誰かなんて関係ない。ここで会った事が全てだ』なんて臭い言葉吐きやがってよ。当時の俺は、そりゃあ完全に疑ってたぜ」
バンギネスの口から語られる、過去の話。
アベルは熱心に話を聞いていた。
「だが、仕方なく一緒に依頼をこなす内に、嫌でも理解させられたぜ。こんなガラの悪い俺を、本気で信じてるってよ」
バンギネスは目を細めて夜空を見上げると、どこか穏やかに笑う。
「あいつがこう言ったんだ。『壮絶な過去を持った人は、心の痛みが分かる。道を踏み外す怖さを知ってる』ってな」
「っ‥‥‥」
アベルは目を見開いた。
その言葉は、自分にも深く刺さった気がした。
「そんなこと言われたら、俺も変わるしかねえと思ってな‥‥‥そして今がある。フィーアも昔に比べて、随分変わった。酒癖は死んでも治らねえけどな」
バンギネスがふっと笑い、顔を下げる。そしてアベルの方を向き、しっかりと見つめた。
「あいつはな、何か変わるきっかけをお前に与えた。今のお前は、まさに人生の岐路に立ってる」
「‥‥‥はい」
アベルはしっかりと目を合わせ、はっきりと反応する。
「あんな孤児院から出てこられて、より強く、金を稼げる環境にいる。これからお前がどんな道に進もうが、俺は別に何も言わねえ」
そんな言葉に、アベルは彼を見続ける。一言一句、聞き逃さないように。
「だが、自分の選択を絶対に後悔するな。それをノールのせいにしたら‥‥‥俺が許さねえ」
バンギネスは、少しも目を逸らさずに話した。
彼の佇まいや態度が、決して冗談ではない事を感じさせる。
「ーーーはい。約束します」
そしてアベルは、堂々と言葉を返した。
自分の両手を強く握り締め、見下ろしてくるバンギネスを見つめ返す。
「‥‥‥はッ。ほんと可愛くねえガキだ」
バンギネスが不敵に笑い、前を向いた。
そんな彼が何を思っているのか、見上げるアベルには分からない。
「ーーーっ!?」
すると、アベルは目を白黒させ‥‥‥全身がブルッと震える。
「何言ってんのぉ? アベルはこんなに可愛いでしょぉぉ‥‥‥素直で優しいしぃ‥‥‥」
顔の赤いフィーアが、まるで蛇のように絡み付いてきていた。
「ちょっとフィーアさん‥‥‥って臭ッ!? なんか口からすごい臭いしてる!」
アベルは思った事を、そのまま口に出す。
「‥‥‥お前っ、なかなか刺さること言うじゃねえかっ」
その言葉に、バンギネスが噴き出すように笑う。
「お、お酒のせいだからぁぁぁッ!!!?」
そして、フィーアは涙目で駄々を捏ね始めた。
「ーーーいったい何の騒ぎですか!?」
すると扉を開けて外に出てきたのは、冒険者ギルド副長のマイラ。血相を変えてアベルたちの前に立つ。
「‥‥‥ったく」
彼女の後ろにいたノールは、額に手を置いてため息をついていた。
「本部の前で騒がれたら、皆さんに迷惑が掛かるでしょ!? 評判が下がったらどうしてくれるんです!!」
その後、マイラの説教が始まる。
「ご、ごめんなさい」
「ゔぶッ、やばい吐きそうっ‥‥‥」
「なんで俺まで‥‥‥」
その後、彼女が繰り出す怒涛の正論パンチに、徐々に精神を削られるアベルたち。
「‥‥‥これはチャンスだ」
だがノールだけは、右手に持った紙を眺めていた。




