祝杯
「それじゃあ‥‥‥B級のブラックベア討伐依頼、その達成を祝して乾杯!!」
「かんぱ〜い!!」
ノールが言った後に、フィーアが笑顔で後に続く。
「あはは‥‥‥乾杯」
「‥‥‥」
アベルは苦笑いを浮かべながら呟く。バンギネスが声を出さず、無言で酒を煽っていた。
冒険者ギルド『エルトリンデ』本部の近く。
大きな酒場の片隅で、アベルたちは祝杯を挙げていた。
当然、まだ9歳のアベルは酒ではなく、果物を絞ったジュースである。
「ーーーかぁぁッ!! やっぱ一仕事終えてのビールは最高ねッ!!!」
3人は成人しているため、酒を飲んでもいい。フィーアが最初から飛ばしていく。
「そんなに飲んで、背中の傷は大丈夫なの‥‥‥?」
そんな彼女を見つめ、アベルは不安げに声を漏らす。
「えへへぇ、だいじょーぶ!! アルコールで消毒よ消毒ぅぅ〜!!」
既に顔が赤くなったフィーアが、高笑いを始める。普段の冷静沈着な雰囲気など、吹き飛んでいた。
「‥‥‥アベル。お前が将来、酒を飲む事になったら‥‥‥絶対、こいつみたいになったらダメだぞ」
「‥‥‥うん」
小声で話しかけてくるノールに対し、アベルは真顔で首を縦に振る。
(こうはなりたくないなぁ‥‥‥)
心の底から、酒豪のフィーアを反面教師にしていた。
「まさか討伐したブラックベアが、格上げされるとはねぇ〜!!」
そんな事に気付かず、次々と酒を煽っていくフィーア。彼女が酒のグラスを勢いよく机に置き、笑顔で話す。
アベルたちが討伐したブラックベアは、予想を遥かに超える大きさだった。
そのため、本来のC級からB級に格上げされた。
「報酬もたんまり〜! 最高ぅ~!!」
ほくほく顔のフィーアが、勢いよくグラスに口を付ける。
(今回の依頼だけで、1人あたり金貨3枚。確かに、もっと難しい依頼ならっ‥‥‥)
アベルは自分のコップを見つめ、少し揺らす。
(王立学院の3年間の学費‥‥‥金貨150枚。絶対に集めてみせる)
そしてアベルは勢いよくコップを煽り、机に置く。
「ーーー店員さ〜ん! 葡萄酒おかわりぃ〜!!」
偶然にも、フィーアも一気に飲み込んでいた。彼女は満面の笑みを浮かべている。
「相変わらず品がねえな」
「気を付けろアベル。見ての通り、酒癖が1番悪いのはフィーアだ。ウザ絡みされると厄介だぞ」
バンギネスが隣のフィーアに呆れ、ノールが諭すように小声でアベルに呟いた。
話しかけられた事で、アベルは会話に参加する。
「‥‥‥お酒ってそんなに美味いの?」
そして、思ったことを素直に呟く。
子供は飲んではいけない。そう言った制約があると、むしろ興味が湧いてしまう。
その言葉に、ノールが手を組んで「ん〜」と唸る。
「そんなこと考えても無駄だ。20歳になった時に考えるんだな」
バンギネスが淡々と嗜め、皿に乗った肉を食べる。我関せずと言った態度で、黙々と食べている。
「‥‥‥ねぇ、ちょっと」
するとフィーアが、ムッと眉を顰めて手を伸ばす。
そして勢いよくーーーバンギネスを殴り付けた。
「ぶっ!?」
「そんなキツく言わなくていいでしょうがっ!! アベルが可哀想でしょぉぉ!?」
「〜〜〜お前が1番キツいんだよ!!」
頬に拳がめり込み、バンギネスが大声を上げる。殴った張本人のフィーアは無視して身を乗り出す。
「気にしなくていいからね〜」
そして、対面に座るアベルに手を伸ばす。
「これからも気になった事は何でも聞いてね。その積み重ねが、頭を良くしていくんだからねぇ〜?」
そしてアベルはされるがまま、彼女に頭を撫でられる。
バンギネスが「甘やかし過ぎだろ」と呟いて酒を煽ると、通りかかった店員に追加注文を済ませる。
「フィーアはよく問題を起こすし、バンギネスは何かと周囲をよく見てフォローしてくれる。こんな場面でしか見られない一面だってあるんだ」
ノールが少し誇らしげに話すと、ゆっくりと酒を飲む。アベルは自然に、彼を見つめて話を聞いていた。
「どんな事でもいい。相手を知る事は、自分を見つめ直す機会にも繋がる。フィーアが酒癖悪いのを見て、自分は酒を控えようとかな」
「ねぇちょっと〜? なに私を引き合いに出してんのぉ〜!?」
彼の言葉にフィーアが過剰に反応し、勢いよく身を乗り出して睨み付けた。
「‥‥‥酒の事に関しては、立派な反面教師だな」
バンギネスが小声で淡々と呟く。さっきの仕返しと言わんばかりに。
するとフィーアは更に不機嫌になって、ドカッと座り直す。
「ねぇアベルぅ〜。あなたは女性に優しく接するようにしなきゃダメよぉ〜?」
やがて彼女は微笑むと、アベルが持つコップへ瓶を傾ける。
「「それ酒だろうが!!!」」
「あぁ〜ん!!?」
ノールとバンギネスが同時にツッコんだことで、フィーアも混じって3人で激しい言い合いを始めた。
「‥‥‥あの。さっきのジュースを、別のコップでおかわりお願いします」
そしてアベルは巻き込まれないよう、慎重に店員へと頼み込むのだった。
◆◇◆◇
冒険者ギルド『エルトリンデ』の本部、ギルド長室。
「もうD級になったんですか!? あんな幼い子にそこまでさせて、本当に大丈夫なんですか!?」
室内で1人の女性の声が響き渡る。椅子に座るギルド長ファーバへ抗議しているのだ。
「確か、まだ9歳ですよね!?」
彼女の名はマイラ。
冒険者ギルドの副長を務める女性で、年齢は30過ぎ。
「認めるしかあるまい。あの子の魔力強化術は、既に王国軍に並ぶほどだ。それにノール君たちと依頼をこなしている事で、ますます成長している」
ファーバは淡々と話しながら、机から書類を取り出す。
「しかも、今回はB級に格上げされたブラックベアを討伐した。間違いなく、逸材だよ」
その書類には、アベルの評価が記載されている。
「っ‥‥‥!? これが、9歳っ‥‥‥!?」
その書類を見て、マイラが絶句していた。目を大きく見開き、血眼になって凝視している。
「‥‥‥いかに優秀だろうと、まだ9歳の子どもなんですよ!? ギルド所属の冒険者たちは、王国軍のような高邁な精神は持ち合わせていません! 金稼ぎ第一の寄せ集めなんです!」
するとマイラは早口で捲し立てる。だがハッと息を呑み、彼女は口を閉じる。
「‥‥‥マイラ君。今のは聞かなかった事にするから、落ち着いて話しなさい」
ファーバは冷静な態度で話を促した。
マイラは小さく頷くと、深呼吸して話し始める。
「冒険者ギルドは、大人がお金のために依頼を受ける場所。当然、素行が褒められたものじゃない冒険者もいます。幼い頃から暗い部分を知ってしまったら、後でどんな影響をーーー」
「あの子は既に、相当な闇を知っている」
彼女の発言に割り込むように、ファーバは両腕を組みながら呟いた。
「なかなかの境遇だ。両親を知らないし、住んでいた孤児院には、碌な教育環境が整っていなかった」
「それ、は‥‥‥」
「ノール君に出会った事で、あの子は人並みの生活を送る事ができている。それを取り上げることは、あまりに酷というものだ」
「っ、ですがもし精神が歪んでしまったらーーー」
「ノール君が全責任を負うと言っていた。そしてあの子も、彼を信頼しているようだった。彼に影響を受けたとして、悪人になるかね?」
ファーバは諭すように、落ち着いた口調で話す。
B級冒険者ノールを、どう思っているか分かる口振りだった。
「‥‥‥ノールさんなら、まあ」
マイラも控えめな声量で反応する。
態度からして、否定しているようには感じられない。
「彼なら、アベル君を立派に育ててくれるだろう。アストリア王国における、重要な価値を持つ男へと」
ファーバは別の紙を下の引き出しから取り出すと、マイラに手渡す。
「こ、これは」
「餞別だよ。これまでの活躍が認められた証だ」
それは‥‥‥冒険者昇級試験の概要用紙。




