『運命』 平穏と幸せ
「「心は、ずっと一緒に」」
幼い頃の約束は、普通大した効力を持たない。時間が経つに連れて、忘れてしまう事が殆どだ。
「心は、ずっと一緒に」
だが、少年は違った。毎日1回は呟き、自分を奮い立たせている。一変してしまった生活の中でも、片時も忘れる事は無かった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
額から汗が流れ落ちる。だがそんな事は気にせず、必死に身体を鍛え続ける。まるで、自分への罰であるかのように。
「はぁっ、はぁっ‥‥‥次は魔力を使い切らないと」
少年は立ち上がって息を吐く。やがて地面へ両手を伸ばし、息を吸う。
両手から放出されたのは、世界の理を変える可能性を秘めたもの‥‥‥魔力。
「ッ!!」
するどい息遣いと共に目を見開き、地面へと何度も魔力をぶつけていく。それは他者から見れば、無機質で無意味な行動に見える。
「‥‥‥17回か。前は16回だったから、1回増えてる。でも、10日で1回しか増えてない‥‥‥」
自分で決めた少量の魔力を制御し、毎回均等に放出することで、自分の魔力総量を確認している。
これを、7歳の少年が毎日行っているのだ。
「もう夜か。1日終わるのが早すぎるよ‥‥‥」
少年は一段落付いて、その場に座り込んで深呼吸する。
「まだ何も、上手くいってないのにっ‥‥‥」
そして目を閉じ、唇を噛む。
「ーーー待ってくれっ、セリカ!!」
自分の生きる道を定めた瞬間を思い出す。地面に這いつくばって、追いつくことが出来なかった苦渋の記憶。
平穏は、脅かされてこそ価値を理解できる。
幸せは簡単に、人を縛り付ける呪いへ変わる。
「元気でね‥‥‥アベルっ」
彼女の涙が、脳裏に焼き付いて離れない。ふとした時に、少年は何度も思い出す事になるだろう。
過去の平穏と幸せは、無意識に何度も噛み締めてしまうものだ。
「待ってくれセリカっ‥‥‥セリカぁぁぁぁぁ!!!」
6歳の少年なら、尚更だ。
自分の無力を嘆き、苦しむ。
それでも、人生は始まったばかり。
ポッカリと空いた心の隙間に、悲しみが入り込んでくる。
「くそっ‥‥‥なんで、こんな事にっ‥‥‥!!」
この顛末は‥‥‥ある場所から始まった。
平穏は壊され、幸せが過ぎ去っていったのは‥‥‥彼女が好きだった場所。
「ゔぁッ‥‥‥!!?」
燃えるように熱くなる、左肩。
少年は蹲り、何度も地べたを這いずる。
襟元からは、微かに赤くなった包帯を覗かせている。
「ーーー辛いよな。到底、受け入れられないよな」
少年の耳に届くのは、見下ろしてくる男の声。
「この世界は、強い奴が全てを奪っていく。それが真実だ、少年」
その言葉は、少年の境遇を代弁しているようだった。
「強い奴が‥‥‥全てをっ‥‥‥」
少年は前を向く。
うつ伏せに寝たままの状態で、去っていた彼女を追いかけるように手を伸ばす。
すると、男は何も言わずに歩いていく。彼女が去っていった方へ、淡々と。
「強く、なるんだっ‥‥‥誰にも奪われないように、誰よりも強くッ‥‥‥!!」
少年は決意する。
去っていった、最愛の少女。
「ぼくは絶対っ、君のもとまでッ‥‥‥!!!」
その隣に立つために、自分の人生を懸ける覚悟を。
「い、く‥‥‥」
全ては、あの場所から始まった。
少年にとって、長く険しい茨の道が。
◆◇◆◇
広大なノヴァリア大陸。
そこから南にある孤島‥‥‥魔大陸。
ノヴァリア大陸では人間やエルフ、獣人族など様々な種族が共存し、多くの国が形成されている。
文化の違いは当然あるが、お互いの生命を最低限尊重している。
「この世界は魔王様のものだァァァァ!!!」
だが、魔大陸は違った。
ゴブリンやオークなどの魔物、そして魔族。
その大多数が魔王を崇拝し、認めない他の生物は決して許さない。皆殺しにしてでも、反対する勢力は消す。
その集団を、魔王軍と呼ぶ。目的意識の無い野良の魔物も、しばしば現れはするが。
「昨日はいなかったのに、どうしてっ!!」
そして、魔王の力か世界の神秘か。
魔物はノヴァリア大陸の各方面で出現する。その方法は、明らかになっていない。
それは大陸の北側に位置する、アストリア王国でも同じだった。
「ーーー痴れ者が」
王国側は当然、魔王軍の侵略を許さない。
アストリア王国は、戦う力を有する軍を所有している。
「あ、あの紋章はっ!!」
「王国騎士団だっ!! 助けに来てくれたぞ!!」
そして王国屈指の実力者で構成された、王国軍の上澄み‥‥‥アストリア王国騎士団。
「さすが団長だな。そう思うだろ、ハーティア」
「‥‥‥ああ、そうだな」
力には力。
力で支配してくるものには、力で迎え撃つ。
実力主義の群雄割拠。そんな時代が長く続いていた。
ーーーだが、それを知らない者は当然いる。
戦う事も、争いも知らない、純粋無垢な子どもたち。
「待ってよセリカ〜!」
「もう、遅いよアベル〜!」
小さな森の近くにある、孤児院。
そこで暮らす少年少女は、何も知らなかった。
利己的な争いも、魔王軍の侵略も。
そして、平穏や幸せは簡単に壊れていくことも。




