唐突にもご注意を
五九六三日目 休校日
~~~~~~
おかしいだろ、五九六三日目って。
ごせんきゅうひゃくろくじゅうさんにちめ。
学生のまま、約十五年以上の年月が経過したことになる。
どれほど留年しているんだ、夢の中の俺は。
何年も留年しようが卒業まで頑張るってことか?
それは、それは、五九六三……なんつって。
さて、夢の中では休校日の設定なのに、俺は二年抜け毛組の教室にいる。
教室にいるのは、俺だけではない。
抜け毛組のクラスメイトが揃っている。
ただ、クラスメイトの後輩と黒猫の姿はない。
黒板には、黒板からはみ出るような勢いで、
『自習、卒業、門出、抜け毛(笑)』
と白色のチョークで書かれている。
なんだ、最後の抜け毛(笑)は。
抜け毛組に(笑)なのか、それとも、抜け毛を気にする俺に(笑)なのか。
どちらにせよ、不快だ。
不快と言えば、胸に何かが乗っているような圧迫感。
それに加え、胃付近を上から押しつけられている圧迫感。
胃の張り具合がようやく収まったかと思ったら、ふたつの圧迫感に襲われるとはね。
……いや、待て。不快なことがまだあったぞ。夢から覚めないこと、だ。
いつ夢から覚めるかわからない。
それなら、もういっそのこと、夢を楽しめばいい。
夢見ノイローゼはちょっとしたスパイスだ。
俺は背伸びをしつつ、教室を見渡す。
クラスメイトは自習中の学習をそっちのけに談笑し合っている。
自習のときって、いつもそうだったよな。
自習時間は自由時間って感じで。
自由過ぎて、騒ぎ過ぎて、隣の教室で授業をしていた先生がやってきて怒られたこともあったな。
「……おっさん」
戦いの女神の吐息交じりの囁く声が耳元で聞こえた。
しかし、戦いの女神の姿は何処にもない。
一応、それを確認してから、今度はゆっくりと教室を見渡す。
俺はどの談笑の輪に入っていないが、それでも楽しい。
抜け毛組なのに誰一人として抜け毛しておらず、また、抜け毛の悩みなんてないといった具合で楽しそうに話している。
彼らのクラスメイトでありながら、彼らとはだいぶ年の離れた立場として眺めていられる。
大人になった今も楽しいけど、当時も楽しかったな。
「……おっさん」
吐息交じりの戦いの女神の声。強まる胃付近を押し付けられる感覚。
戦いの女神の姿はないし、胃付近を押し付ける障害物もない。
それがかなり気になりつつも、視界に入った黒板の『卒業』の言葉にしんみりとなる。
卒業後、俺と元カノのように大学に進学したクラスメイト、専門学校に進学したクラスメイト、地元企業に就職したクラスメイト、地元外の企業に就職したクラスメイト。
同じ学び舎から卒業して、それぞれの『なりたい大人』に向けて走って行ったクラスメイト。
今でもたまに連絡を取り合うクラスメイトもいるし、二十代最後の年、全員というわけにはいかなかったが、同窓会で再会したクラスメイトもいる。
『なりたい大人』になれたクラスメイト、『なりたい大人になるため』に奮闘を続けるクラスメイト、『なりたい大人』を一旦諦めて『新 なりたい大人』に再起をかけるクラスメイト……同窓会で再会したクラスメイトと見て、俺は自分にこう思ったね。
俺、なりたい大人になれたのかなって。
いや、抜け毛の事ではな。
「……おっさん!」
鼓膜が破れんばかりの戦いの女神の怒声、パンチされたかのような胃の痛み。
「ぐはっ」
漫画の登場人物のような呻き声を上げた俺が目にしたのは、暗い天井、俺の顔に寄り添うように寝ている戦いの女神の寝顔、俺の胃付近に押し付けている戦いの女神の拳、俺の胸の上に乗っている黒猫だった。




