第三章12 『遺跡②』
そんな訳で、私達は街の外れにあるという勇者の遺跡へ向かうことになった。
正直なところ、気は進まない。
気は進まないのだが、他にやることもない。
晩餐会は明日の夜。
服は仕立て中。
情報収集も成果なし。
となれば、暇潰しとしては悪くないのかもしれない。
「それにしても」
街の門を抜けながら、私は前を歩く二人の背中を見た。
「どうしてそんなに楽しそうなんだ?」
「あら?」
ウルが振り返る。
「お出掛けだからよ?」
「遠足じゃないんだぞ」
「遠足みたいなものでしょう?」
「違うと思う」
少なくとも私の人生において、遠足というものはもっと穏やかなものだったはずだ。
いや、そもそも遠足なんて数えるほどしか経験していないが。
「イズンは真面目ですね」
ソフィアが言った。
「誰かさん達が不真面目なんだ」
「失礼ねえ」
ウルが肩を竦める。
「私はいつだって真面目よ?」
「その言葉を信じる人間が居ると思うか?」
「居るわよ」
「誰が」
「私」
なるほど。
会話にならない。
私は諦めて前を向いた。
街道は緩やかな丘陵地帯を抜けて続いている。
雪こそ積もっていないが、吹く風は冷たい。
吐く息は白く、空はどこまでも高かった。
街を離れるにつれ、人影も少なくなっていく。
旅人らしい姿も見えない。
「本当に観光名所なのか?」
「らしいわよ?」
ウルが答える。
「らしい、というのは随分と曖昧だな」
「だって私も初めてだもの」
その言葉に少し安心した。
もし常連だったら、それはそれで困る。
旅芸人という生き物の行動範囲は時々理解不能だからだ。
しばらく歩く。
途中、小川を渡り、小さな林を抜ける。
やがて視界が開けた。
「あれですね」
ソフィアが指差した。
丘の上。
石造りの建造物が見える。
神殿。
そう呼ぶのが一番近いだろうか。
ただし、普通の神殿とは少し違う。
屋根の半分は崩れ落ちている。
壁も欠けている。
何百年も放置されたような古さだ。
それなのに。
妙な存在感があった。
「思ったより大きいな」
「でしょう?」
ソフィアが少し得意そうに言う。
何故そこで得意になるのかは分からない。
「勇者の遺跡なんだから、これぐらいはないと」
「勇者本人が建てた訳じゃないだろう」
「夢がありませんね」
「夢でお腹は膨れない」
「またそれですか」
呆れたように言われた。
しかし事実なのだから仕方がない。
私達は石段を登る。
近付くにつれ、遺跡の細部が見えてきた。
壁面には無数の彫刻。
剣を掲げた人影。
翼を持つ獣。
星のような模様。
見覚えのない紋章。
「宗教施設だったのかな」
私は呟く。
「どうでしょう」
ソフィアは首を傾げた。
「勇者を祀るために作られたのかもしれませんし、逆かもしれません」
「逆?」
「勇者が利用していた施設だったとか」
「勇者も大変だな」
死んだ後まで観光資源にされるのだから。
少しだけ同情する。
いや、本当に少しだけだ。
入口は半ば崩れていた。
巨大な石柱が斜めに傾いている。
その隙間を抜ければ中へ入れそうだ。
私は何となく周囲を見回した。
不思議なことに、人の気配がない。
観光名所と言う割には静かすぎる。
中は思った以上に広かった。
吹き抜けになった大広間。
崩れた天井から光が差し込んでいる。
床には石畳。
左右にはいくつもの通路。
空気は冷たい。
そして静かだった。
静か過ぎる。
まるで時間そのものが止まっているかのように。
「……」
私は少しだけ眉をひそめた。
何だろう。
この感覚。
嫌な感じではない。
だが落ち着かない。
そんな時だった。
「あれ?」
ソフィアが足を止める。
「どうした?」
「これ……」
彼女がしゃがみ込む。
視線の先。
石畳の隙間から何かが覗いていた。
私は近付く。
金属片だった。
銀色。
妙に滑らかで。
不自然なほど錆びていない。
「遺跡の部品か?」
「かもしれません」
ソフィアは慎重に拾い上げた。
そして。
一瞬だけ表情が変わる。
本当に一瞬だった。
だが私は見逃さなかった。
「何か気付いたのか?」
「……いえ」
ソフィアは首を振る。
しかしその返答は妙だった。
普段なら、もっと自然に答える。
今は少しだけ間があった。
「ソフィア?」
「ただ」
彼女は金属片を裏返した。
そこには文字が刻まれていた。
少なくとも私にはそう見えた。
だが。
読めない。
古代語とも違う。
どこの国の文字とも違う。
記号のような、不思議な並び。
「読めるのか?」
私が尋ねると、
ソフィアは珍しく迷うような顔をした。
そして。
「……気のせいかもしれません」
そう前置きしてから、
小さな声で呟いた。
「これ、文字ではなくて番号かもしれません」
番号?
私は首を傾げる。
意味が分からない。
だが。
その瞬間。
何故だろう。
既に死んだ最初の復讐相手のことが頭をよぎった。
あの男は何を知っていたのだろう。
何を隠していたのだろう。
そして。
何故、故郷は滅ぼされなければならなかったのだろう。
遺跡の冷たい空気の中で。
私は知らず知らずのうちに、その金属片を見つめていた。




