第三章11 『遺跡①』
伝説の勇者にゆかりのある遺跡。
そう言われても、正直なところ反応に困る。
私は勇者ではないし、勇者になりたいとも思っていない。
というか、勇者というものが本当に存在したのかどうかすら怪しいと思っている。
世の中にはそういう話が多すぎるのだ。
大抵は酒場の酔っ払いが話を盛った結果だったり、商人が客寄せのために広めたりした与太話である。
「それで?」
私はソフィアへ視線を向けた。
「その勇者の遺跡とやらに行く理由は?」
「興味がありませんか?」
「ない」
「即答ですね」
「即答だなあ」
横からウルが頷く。
何故だろう。
この二人、最近やたらと意気投合している気がする。
私をからかうという一点において。
「いや、だって勇者よ?」
ソフィアが言う。
「世界を救った英雄です」
「私には関係ないな」
「夢がありませんね」
「夢でお腹は膨れない」
「それもそうね」
何故かウルが納得していた。
そちらはそちらで夢を売る商売なのではないのだろうか。
「まあ、興味がないのは分かったわ」
ウルが肩を竦める。
「でも暇でしょう?」
「うっ」
痛いところを突かれた。
暇だ。
非常に暇である。
服が完成するのは明日の昼。
晩餐会はその夜。
つまり今日一日と明日の半日が丸々空いている。
情報収集でも出来れば良かったのだが、この街は思った以上に閉鎖的だった。
酒場へ行っても成果はない。
市場へ行っても成果はない。
誰も彼もが口を閉ざしている。
まるで何かを隠しているかのように。
あるいは、話したくないことがあるかのように。
その様子を見ていると、嫌でも思い出す。
最初の復讐相手のことを。
結局、私はあの男から何一つ聞けなかった。
聞く前に死んでしまっていたからだ。
何故故郷を襲ったのか。
誰と共に居たのか。
残りの四人は誰なのか。
知りたいことは山ほどあったのに、墓の中の死人は何も答えてくれない。
だから今も追い続けている。
答えを。
真相を。
「イズン?」
ソフィアの声で我に返る。
「何か考え事ですか?」
「別に」
嘘だ。
だが説明するのも面倒だった。
「それで、遺跡に行く理由は?」
「暇だから」
「帰るぞ」
「待ちなさい」
ウルに肩を掴まれた。
「ちゃんと理由はあるわ」
「聞こう」
「何でも、中から妙な物が見つかるらしいの」
「妙な物?」
「読めない文字が刻まれた板」
「古代語かもしれない」
「透明な箱」
「ガラスだろう」
「光る石」
「魔石」
「動く人形」
「壊れた魔導具」
私が片っ端から反論していくと、ウルは露骨に不満そうな顔をした。
「つまらないわねえ」
「現実的と言って欲しい」
「夢がない」
「夢でお腹は膨れない」
「さっき聞いたわよ」
そうだっただろうか。
「でもですね」
ソフィアが割って入る。
「その遺跡には、勇者が死ぬ前に立ち寄ったという伝承があるそうですよ」
私は足を止めた。
「死ぬ前?」
「ええ」
「勇者は死んだのか」
「そりゃ死ぬでしょう」
ソフィアが不思議そうな顔をする。
「人間なんですから」
「英雄というのは案外死なないものかと思っていた」
「童話の読み過ぎですよ」
「読んだことはない」
すると今度はウルが吹き出した。
「それもどうなのかしら」
「興味がないんだ」
英雄譚も。
冒険譚も。
恋愛小説も。
誰かが作った物語にはあまり興味がない。
私は自分のことで手一杯だった。
故郷を失ったあの日からずっと。
「……でも」
ソフィアがぽつりと言った。
「最後に何処へ向かったのか、というのは少し気になりませんか?」
「何が?」
「勇者ですよ」
私は考える。
世界を救った英雄。
その最後の旅路。
死ぬ直前に訪れた場所。
それがこの街の近くにある遺跡だという。
興味はない。
興味はない——のだが。
「少しだけ」
気付けばそう答えていた。
「でしょう?」
ソフィアが得意そうに笑う。
何だか悔しい。
「本当に少しだけだからな」
「はいはい」
「期待はしていない」
「分かっています」
「つまらなかったら帰る」
「それも分かっています」
「変な人形が襲ってきたら逃げる」
「それは私も逃げます」
即答だった。
少し安心した。
少なくとも常識は残っているらしい。
そんな訳で、私達は街の外れにあるという勇者の遺跡へ向かうことになった。
その時の私は知らない。
その遺跡が、勇者の伝説よりも。
死人となった復讐相手の足跡よりも。
もっと大きな何かへ繋がっていることを。
そして。
その入口で見つけることになる奇妙な文字を、私はまだ知らなかった。




