第八十三話 何が悪かったのかはわからない
「それでは私ノーティ・イヌマニタス・ニーレと戦って貰おうか。体力の回復はできたか。私を楽しませてくれるだけの力が残っているのかな?」
「――――――!?」
地下室でも一際大きな空間に案内された瞬間、ノーティ公爵が腰に下げていた剣を使って俺に襲い掛かってきた。咄嗟にかわしてこちらからも鈍器で反撃をしたが、軽々とかわされてしまった、ならばと回避行動をしつつ魔力を注意して練り上げる。
「くらえ『抱かれよ煉獄の熱界雷!!』」
「『耐えし雷への結界!!』上級魔法まで行使できるとは、……素晴らしい高位ヴァンパイアだ」
お互いに範囲を限定した上級魔法を放った、俺は攻撃の為に公爵は身を守る為にそうして放たれた魔法は相殺されて。俺は自身を守る為に二つの上級魔法を同時に行使したので以前ほどではないが魔力がかなり持っていかれた。
「今度はこちらから『切り裂け広がりし風の竜巻!!』」
「そんな技が届くか!?『重ねし強き結界!!』」
お互いに範囲を限定しての上級魔法の打ち合いだ、俺を切り刻もうをする風の上級魔法を俺が防御系の上級魔法で無効化した。
お互いの魔力は互角、いや俺の方が少し多いくらいか。魔法戦では決着がつきそうになかった、それが分かったのだろう公爵も今度は魔法は使わなかった。
「あれほどの魔法を受けてまた生きているのは驚きだ、だがこの実力の差はどうしようもない。私達には生まれてから数百年以上の力の差があるのだよ」
ノーティ公爵また一段と速度を上げて斬りかかってきた、俺は嫌な予感がして回避ばかり行っていた。俺はまだ17と少ししか生きていないんだ、言葉どおりに信じるならこの男と俺では埋められない経験の差が存在する。
このヴァンパイアが言うことは本当らしい、俺には回避だけで精一杯だが、向こうには攻撃をする余裕がある。彼がついに本気になったらしく速さが上がったと思ったら、一段と速さのある一撃をくらってしまった。
あまりに速い斬撃にさきほど敵から奪った鈍器で防御するのがやっとだった、だがその防御に使用した金属製の鈍器ごと俺の体を公爵は叩き斬った!!
「うぐっ!!」
「何だ見掛け倒しか、下位ヴァンパイアを倒すくらいしかできないのか。……私を倒してくれる高位ヴァンパイアだと思っていたのは間違いだったのか」
切られた傷口から俺の血が溢れる、零れ落ちていく、無くなっていく俺の血が。
無くなる、失う、踏みにじられる、それは許せない。許せない、敵だ、殺せ、殺せ、奪え、殺せ、殺せ、失われるなんて許せない、殺せ、殺せ、許せない、許せない、敵だ、殺せ、殺せ、奪え、殺せ、殺せ、失われるなんて許せない、殺せ、殺せ、許せない、許せない、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ……
『やっぱり、最後はこうするしかないのか』
「なっ!?」
俺は深く斬られた傷口から溢れる血に溶けるように、霧状の体へと変化していった。この技はあまり使いたく無いんだが、こうしないとこの男に勝てないのならば仕方がない。
『あんたが強いヴァンパイアで助かる、そうでないとこうはなれはしない』
「この痛みに霧の体、これはあの方と同じ、『抱かれよ煉獄の炎!!』」
『霧を焼き尽くす気か、その対策は知っている!!『耐えし炎への結界』、まったく無駄だ』
「痛い、痛みか、私の体が失われる、思ったとおりに私よりも高位のヴァンパイアだった!?ふはははっ、…………これでやっと」
「いやああぁぁ、止めて。痛いわ、ノーティ助けて、痛い、痛いぃぃ!!」
俺はノーティ公爵が放った魔法を、同属性の魔法で霧の体のまま無効化してみせた。そのままノーティ公爵とルネと呼ばれる女ヴァンパイアを喰らっていく。
ルネという女ヴァンパイアは激しく泣き叫んだ、気の毒に婚約者が恐ろしいヴァンパイアだったばかりに彼女はこんな煉獄に堕ちてしまった。だが、事情がどうであろうと敵に対しては絶対に容赦はしない。
この霧状の体は魔力を酷く消耗する、それに精神にだって大きな負担がかかる。強敵が相手でなければなるべく使いたくない技だ、霧になって時間が経ち過ぎると俺は俺自身をきっと失ってしまう。
『だから、死ね!!お前に殺された者達の元へ行け!!』
「……なぁ、レクスとか言ったかヴァンパイアよ。一つだけ、聞いておきたい」
何だ、何だ、早く話せ!!この霧でいるのは辛いんだ、この男を喰いつくした後で街にでてやろうか、いいや駄目だ。街には仲間がいる、こいつと俺は違う、何だ、何を言いたい、獲物が、獲物のくせに、何が、何が聞きたいんだ!!
「……私は人を喰らいたくなかった、どうしてこんな生き物に生まれたのだろう」
「そうよ、どうして私がこんな目に……」
『…………どうして?』
どうして、どうして、そうだ、世の中は弱肉強食だ、ヴァンパイアは強い、人間は弱い、だから食べていい、食べてもいい、いや駄目だ、それは許さない、俺の仲間は人間だ、だから駄目だ、食べたい、思ってはいけない、食べたい、食べたい、いいや、今俺が食べるのは目の前にいる敵だけだ、もう女の方は喰らってしまった、殺せ、食べたい、食べたい、そうだ、後はこいつだけ喰らってしまえばいい!!
「……まぁ、こう生まれた私が悪いのかもしれない。何百年在ろうとも私が生きた時間はリルとの僅かな時間だけだった」
『………………』
喰った、敵は消えた、俺は誰だ、レクス、レクスだった、敵はいない、では、早く体を形にしなければ、俺はどんな形だった、思い出せ、早く、早く、思い出して体を取り戻すんだ、そうしないと、街の方から美味そうな匂いがする、急げ、急げ、まだ俺がレクスでいられるうちに……
俺は霧状の体のままでさっきまで着ていた自分の服に潜り込んだ、そこで自分の体の形を思いだす、二本の手があった、足があった、頭があった、体があった。
「……ふぅ、この技は消耗が激し過ぎる。上級魔法を数発生み出すよりもキツい。だが、前よりは上手く使えた。意識の方は保ったままだ、あーあ、体が辛くてしかたがない」
そう言って地下に作られた広場に仰向けに横たわると、いつの間にか二つの人影があったので一瞬、心臓が止まるかと思うくらい驚いた。
そこにいたのは、金の髪に碧の瞳を持つフェリシアというヴァンパンアの王と呼ばれる存在、それに付き従うのは赤い髪に同じく赤い瞳をしたキリルという女ヴァンパイアだった。
まずい、ノーティを喰うことで頭が一杯だったから、こいつらが転移してきたことに気がつかなかった。今、俺がこの二人に立ち向かったところで何もできない!!
「レクスは怖かったね、よしよしゆっくり休むといいよ」
「――――な、何だ!?」
フェリシアがまるで子どもにするように、倒れている俺の頭を撫でてくれた。フェリシアの優しい手から、森の木々のように優しい生気が感じられ俺を癒した。
そうして回復できた俺が立ち上がる前に、キリルという女ヴァンパイアが俺が動かないように喉元に剣を当てる。この女ヴァンパイアは怖い、溢れ出る殺気を隠そうともしない。
「ノーティ・イヌマニタス・ニーレ、君もおやすみさない。人を愛した君なら、人として生きて死ねると思っていたのに、…………もう疲れ果ててしまったんだね」
灰になってしまったヴァンパイアの為に、フェリシアはそう少し泣きながら言っていた。とても悲しそうに、でもほんの少しほっとしたように笑ってもいた。
「これからゆっくりと大事な人と、リルと言ったっけ。彼女と一緒に眠ろうか」
ファリシアはノーティ公爵の遺灰を少し取って、硝子のような綺麗な器に入れて話しかけていた。まるで友人と世間話をするように、微笑んで遺灰に話しかけると俺の方を振り返った。
「レクスはこうなってはいけないよ、力の使い方を間違えないでね」
「陛下、この者と今敗れた者は、所詮は同じような出来損ないです!!」
「キリル酷いことを言わないで、レクスは自分の身を守っただけだ。それで仲間の子が死んだのは悲しいことだけど、彼もどこかでそれを望んでいたようだ」
「……私には分かりかねます」
フェリシアは微笑んでキリルという女ヴァンパイアをなだめた、まるで母親が子どもを叱るように優しい視線を注いでいた。そして、俺にも同じような瞳で語り掛ける。
「それじゃ、レクス。元気でね、もっと早く私に近くなってね」
「………………簡単に難しいことを言うな」
いきなり現れたヴァンパイアの王と呼ばれるフェリシアと、その臣下であるキリルは姿をまた一瞬で消した。
そこに残されたのは二人のヴァンパイアの遺灰に魔石、それに体と魔力は戻ったが精神がひどく疲弊した俺だけだった。まったくこの後始末をどうしたらいい、俺は複雑な気持ちで横になったままでいた。
「………………人間に、ヴァンパイアも人として生きることができるのか?」
ではノーティというヴァンパイアはそれを一度は選んだのに、どうして今更になって続けられなかったのだろう。おそらくリルという人間の為にヴァンパイアであることを止めた、それだけ大事な人間がいなくなったらもう駄目だったのだろうか。
人としてヴァンパイアが生きることはそんなに難しいことなのだろうか。俺は疑問を抱かずにはいられなかった、そして最後には考えることを放棄してただゆっくりと眠ることを選んだ。
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