第八十二話 自分で選んで従わない
「私と戦って貰おうか、金の冒険者レクス。そうしないと、君が仲良くしているあの森にいた一族、その最後の一人まで私が喰らってしまうだろう」
「――――!? お前がワンダリングの一族を喰い殺したのか!!」
俺は思わず椅子から立ち上がって侯爵を睨みつけた、俺に睨まれて侯爵は微笑みながら話を続けた。
「あの国家に属さない少数民族、それから次は『貧民街』の必要ない住人、最後は愚かな新人冒険者だ。次は一体誰になると思う。誰がこの都に必要ない人間だろうか、私はあまりこの都を傷つけたくないんだ」
「ふざけるな!!ワンダリングの一族も、『貧民街』で生きる者も、ましてや新人冒険者達だって、あんたに喰われていいはずがない!!」
公爵であるノーティは鷹揚な態度で紅茶を楽しんでいた、その牙で多くの人々の人生を奪ったというのに彼は何も気にしていないようだった。その傍には先ほど来た女性が付き添っていた、彼女の目は虚ろでは口元には笑みを浮かべ、公爵の言葉に対して何も疑問を持っていないようだった。
「人が食用の為に獣を狩るのは許されている、でも私が人間を喰らうことは許されない。その違いは一体なんだ、人間の方が数が多いからか?私達がヴァンパンアに生まれてしまったからか?どちらも私の責任ではないだろう?」
「ああ、あんたの生まれも、その怪物が生きることを許さないのもあんたの責任じゃない。だが、人として生きることを選んだのなら、人によって決められたことに従って生きていかなければならない」
俺がノーティと話している間に、一つ、二つと影が近づいていた。大きめの応接室に数人の男女が入ってきていた、本能的に分かるこいつらも皆ヴァンパイアだ。
「…………そう人として生きて死ぬはずだったのに、何故か怪物として生きたくなった。ここにいるのは私の新しい眷族達だ、まだヴァンパイアに成りたての者達だが君と遊びたいと言っている」
「まぁ、何人来ようと同じだ。むしろ、全員がヴァンパイアの方がやり易い!!」
俺は自分にいきなり襲い掛かってきたうちの何人かのヴァンパイアを蹴り飛ばした、低位のヴァンパイアなのだろう、次々とバラバラに攻撃してくるがそれを避けてから、近くに居た一人の胸を目掛けて殴打し心臓を打ち砕くのは簡単だった。
「襲ってくるなら手加減などしない、こんな連中じゃ俺の相手にならないぞ」
「そうでなければ困る、私は君を見て……怪物に戻りたくなったのだから」
もちろん、普通のモンスターよりから彼らの方が素早い、でも草食系ヴァンパイアとはいえ高位ヴァンパイアの俺はもっと力が強い。
狭い室内戦だったが、速さを生かして俺は相手の急所を狙って拳でぶん殴った。俺の拳は相手の体を突き抜けて、また心臓を破裂させた。息つく暇もなく次の敵が遅いかかってくる、俺はその攻撃を必死に回避した。そして俺は思わず愚痴を言った、まったく厄介なことになったものだ。
「最後にはこうなるなら、調査ではなく討伐なら良かった」
「どうせ結局は討伐依頼になっただろう、私は怪物なのだからね」
鈍器で殴りかかる奴を逆手にとって身をかわし、背後にまわり込んで頭を掴み半回転させて首を折ってやった。その敵が持っていた金属製の鈍器を普段のメイスの代わりに奪って、次に襲い掛かってくる者を壁までその武器で殴り飛ばした。
「いつもと少し違うが、まぁまぁの武器だな」
「……そんな武器で私と戦うとは、運が悪かったな。まだ若きヴァンパイアよ」
俺が命を奪ったものは全て灰となって崩れて消えた、そんな攻防がしばらく続いて敵の数は徐々に減っていった。まだ生きている者にも奪った武器で、俺がしっかりと止めをさしていいった。
「下位ヴァンパイアとはいえあっさりと倒してくれたものだ、レクス。君は私と同じ高位のヴァンパイア。…………場所を変えよう、ここでは狭くて君も実力が出せまい? それでは君も共に行こう、リルよ」
その間、ノーティ・イヌマニタスは特に慌ててもいなかった。普段通りに慌てることもなく、温かい紅茶を楽しみながら俺の闘いが終わるのを待っていた。そして、眷属達が全て消え去ると立ち上がってどこかに向かって歩き始めた。
「別にここでも問題はないが、面白そうだから聞いてやろう」
嘘だ、十数人の低位とはいえヴァンパイアの相手は沢山の体力を消耗した。少し休めば回復するのだが、それを相手から言いだしたのが不気味であった。リルと呼ばれた女性が少し嬉し気に場違いな言葉を紡いだ。
「あらっ、公爵様。私はルネよ、拷問部屋にご用事ですの?」
ノーティ公爵が俺を案内する途中、どこかで見た女だと思った。ああ、思い出した。俺が代わりに出た決闘でこの公爵家に第四婦人として嫁ぐことになった女だ、……名前は確かルネとかいったか。
その女は美しい長い金髪に濁ってしまった赤い瞳をしていた、完全に理性を失ったヴァンパイアと化していて俺の話を聞くようなそぶりはなかった。
リルと呼ばれた女は公爵にその細い腕を絡ませると、嬉しそうに檻の中にいる人やグール、ゾンビについて話し始めた。
地下室には幾つもの檻があって、何かを喰らうグールが入っていたり、腐りかけのゾンビが集まっていたり、まだ生きている人間が檻の隅で震えていたりした。
「ほらぁ~、あの子は昨日の夜に両足を切ってあげたの、代わりにあげた鉄の赤い靴が気に入ったみたいね。ふふふっ、それから嬉しくてずっと泣いているわ~」
「グールの檻に人を入れてあげると良い悲鳴が聞こえるわ、ゾンビだと逆に倒されてしまうかもしれないから、その時は数を増やしてあげるの」
「綺麗な女の場合は時間をかけて楽しまなくちゃ、その美貌をボロボロにしてから鏡を見せてあげるの、そうしたらみんな自分を殺してって言うけど、私は優しくてそんなことはできないわ」
「ここに来るまでは拷問なんて言葉しか知らなかったわ、それがとっても楽しいってことも誰も教えてくれなかったの。あらっ、どうしてかしら不思議ね~」
「手足がなくなっても人間ってすぐには死ねないの、だから手足だけグールのご飯にあげちゃった。そうしたら、舌を噛もうとするから頭もグールにあげちゃった」
「ああ、早く街中の皆をこの檻に入れてあげたいわ、きっと喜んで悲鳴をあげてくれるでしょう。私とても強くなったのよ、今ならきっと、きっと」
「私に望まない結婚を押し付けようとしたお父様だって殺せるわ、それから頼りにならかったクズのマガロって騎士も一緒ね」
ルネという女が勝手に話続ける間に俺は一言だけ声をかけた、彼女はきょとんとした顔をした後に満足そうに微笑んだ。
「あの最初の決闘で俺は負けておくべきだったな、そうすれば少なくともあんたはここにはこなくて済んだ」
「不思議なことを言わなくていいの、ルネはここに来れて幸せよ。生き血がこんなに美味しいなんて知らなかった、私はイヌマニタス家に嫁いで自由で幸せになったんだから、……ただ公爵様が私をリルと呼ぶのがちょっと困るけど」
地下室を案内されながら、やはりこのルネという女の人格もかなり壊れているようにみえた。ヴァンパイアに関わる者は皆、眷属になってしまうとこんなにおかしくなってしまうのか。
公爵は腕に第四婦人を絡めながら、地下にある広場にくるとその腕を振りほどいた。ルネという女ヴァンパイアは俺の方をニヤニヤと見ながら、広場の端に置いてあった椅子に座った。
俺が案内された広場はまだ俺達は戦ってもいないのに、その床は古いものから新しいものまで入り混じって血まみれだった。ここまで俺達を案内してきた公爵は振り返って俺に問いかけた。
「それでは私と戦って貰おうか。体力の回復はできたか。私を楽しませてくれるだけの力が残っているのかな?若きヴァンパイア、レクス」
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