第八十一話 嫌だけれども逃げ出せない
俺は久しぶりの冒険者ギルドに呼び出された、また誰かからの指名依頼なのかと思っていたら、全然違う話だったがその内容が実に気になることだった。
「金の冒険者レクス、行方不明になっている新人冒険者達の捜索を頼みたい」
「……それはこの街の騎士達の仕事じゃないのか、冒険者の俺に何ができる?」
俺は冒険者ギルド長から呼び出されて、新人冒険者が行方不明が続いている件に関して、依頼をギルドから持ち掛けられていた。だが、こういったことはこの都を管理する、王族や貴族それらに仕える騎士達の仕事だ。
「新人冒険者がどういう者達か、レクス殿もよく知っているだろう。元貴族の男女や農地を捨てて逃げた者、村から追い出された者、平民で親を失った者などだ」
「まぁ、そうだな。真っ当な人生をおくれる者なら、こんな危ない仕事には手を出そうとはしないだろう」
冒険者は冒険をしてはならない、そうしなければそこで人生が終わってしまう。新人冒険者の間はまだ夢見がちでこの仕事の厳しさが分からず、あまりにもあっけなく命を失う者が多い。
「新人の冒険者がいくらいなくなっても、国にとっては何も変わらない。精々、このギルドから国に納める税金が減るくらいにしか思わん。そこでだ我が冒険者ギルドから依頼を出す、できる限りでいいから調べてみて欲しい。新人冒険者がいなくなることは珍しく無いが、この数は多過ぎて明らかに異常だ」
「…………あくまでも、出来る限りだぞ。俺は危ない仕事はしないんだ、その方が生き残っていけるからな」
俺はとりあえずいなくなった新人冒険者達の少ない遺留品をみせてもらった、そのいくつかには古いが人の血がついていたのでその匂いをしっかりと覚えた。
「さぁて、偶にはヴァンパイアらしいことをしてみるか」
ギルドを出て誰もいないことを確認してから、街の雑多の匂いの中で記憶した人血の匂いを探して歩いた。
ダメで元々の話だ、遺留品についていた物が本人の血だとは限らない。何かのはずみでついた他人の血かもしれないのだから、あまり希望は持たずに俺は街の中をのんびりと散歩するように歩いた。
「……こっちか」
僅かな血液の匂いを感じて、それを辿るように俺が歩いていくと特別区画まで来てしまった。この中に住むのは貴族か、もしくは大商人などお偉いさんばかりだ。
「ん、ここに俺は入れないということで、……ギルドには報告だけしておこう」
「金の冒険者レクスではないか、久しぶりだな」
俺が貴族や大商人との厄介事を恐れて、さっさと立ち去ろうとするとそれを止める者がいた。ノーティ・イヌマニタスだった、時々俺に奇妙な指名依頼を頼んでくる公爵様が、いつの間にか豪華な馬車の中から門の前にいた俺を見ていた。
「お久し振りです、公爵様。……随分と男前になったもんだ」
「妻との生活が良かったのかもしれん、久方ぶりに人生を楽しんでいるよ」
ノーティ・イヌマニタスに最近会っていなかったが、以前とは明らかに代わっていた白が混じっていた金の髪は本来の色を取り戻し、瞳に力があり以前のどこか達観していたような公爵の面影がない。
「良かったら、私の家に寄っていくといい」
「いや、今は仕事中だから遠慮しておく」
「是非、私の家に来て欲しい。そろそろ君に会いたいと思っていた」
「また次の機会に」
俺がギルドから受けた依頼は新人冒険者達の捜索であって、救助や遺体回収では無いんだ。だから本能にしたがって、俺は誘いを断って帰ろうとした。
「まぁ、まぁ、いいじゃないか。久し振りの友人の訪問だ、礼を尽くして出迎えるとしよう」
「いや、本当に遠慮しておきたいんだが、……ダメか」
ノーティ・イヌマニタス公爵様はそう言って、お付きの騎士達に命じて俺を馬車に乗せてしまった。以前はこんな無理強いはしなかったのに、目の前の公爵は人が変わったかのように饒舌で傲慢な人物になっていた。
俺はそのまま馬車で公爵家へ運ばれて応接室に通されて、以前はよく一緒に飲んだ高級な紅茶を出された。
「おや、飲まないのかい?」
「……今は喉が渇いていないんだ」
豹変した公爵の態度に俺はできるだけ彼を刺激しないようにした、なぜなら以前は無かった微かな血臭が目前の公爵からしているからだった。
公爵自身だけではない、屋敷に入ってからも強く血臭が漂っていた。同時に人間には分からない据えたような匂いもする、こんな匂いがする場所を俺は以前に訪れたことがある。
紅茶が置かれた応接室の低いテーブルを挟んで、俺と公爵であるノーティは向かい合っていた。以前のような気やすい雰囲気はない、ビリビリとした空気があって他に人がいたら震えだしそうな空間だった。
「あんたは元々そうだったのか、それともあんたをそうして変えてしまった奴がいるのか」
「私は元々はこうだったよ、長い旅をしてリルと出会ってから変わっていたんだ。そうして、人として人生を終えようと思っていた」
「リルというのはあんたの第一婦人だったな、それで人間になることにしたわけだ。それが今頃になってどうして、人として生きるのを止めたんだ?」
「それは君に会ったからだよレクス、まるで私の若い頃のようだった。仲間と共にいることを楽しみ、初めて見るものを楽しみ、生きること自体を楽しんでいた」
俺のせい、いいやそれは単なるこのノーティという公爵の責任転嫁だ。俺はこいつに何もしちゃいない、全てはこの男が勝手に決めて行ったことだ。
「俺は特別に何もしていない、ただあんたと少し話をしただけだ」
「レクス、君は謙遜する必要はない、迷宮での敵との戦いぶりは立派なものだった。思わず私もまた暴れたいと思うほど、そう戦いたいという本能が騒いだよ」
そこで一人の女性が入ってきた、金の髪に赤い瞳の彼女はにっこりと微笑んで俺の方を見た。当たり前のように公爵の隣に座って、ニヤニヤと俺達を見ていた。
その次の瞬間、その公爵の姿が歪んだ。その後には五歳くらい見覚えのある男の子が現れて、優雅に立ち上がって俺に向かって一礼した。
「新ためて自己紹介しよう、私はノーティ・イヌマニタス・ニーレ。……力のある高位ヴァンパンアによっては、姿を偽ることもそう難しくはないのだ。幻の魔法で二人にいるように見せかけることもな」
「――――!?」
ちょこんと子どもが椅子に座りなおすと、また先ほどの威厳を持った大人の姿に戻っていた。彼はどっしりと落ち着いて座り、俺にとって聞き逃せない言葉を続けて紡いだ。
「私と戦って貰おうか、金の冒険者レクス。そうしないと、君が仲良くしているあの森にいた一族、その最後の一人まで私が喰らってしまうだろう」
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