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お仕事の事情

「という訳で、仕事を説明するわ!」

 酒場の看板娘、別名「酒場の過剰防衛娘」ことカリンに連れられて、俺、大野和人は廊下を歩いていた。

 古びた木の床が軋む。ちなみに荷物は裏口近くに置いてきた。

「まずはフロア‼ 大体ここが一番活気あるわ」

 そういってカリンがバッと手を広げる。

 そこはめちゃくちゃに明るくて、騒ぎ声も人の数も多い。

 厨房に近いカウンター席には冒険者の様な鎧を着た人たちが集まっている。

 所々ではカリンと同じような衣装を着た少女がくるくるマタドールみたいに回って、お客の手や足を避けていた。

 まあ要するに、酒場だ。

「あんたの仕事場はここじゃあないわよ。こういう接客役は可愛い女の子の方が儲かるし」

 そう言ってカリンは、あまり目立たない厨房近くのフロアが覗ける廊下で、スカートの裾を持ってくるりと一回転した。

 ツインテールが動きについて回った。

 そしてそのドヤ顔がムカつく‼

 どうやら、姉に仲良くするように言われようが関係なく、こいつの素はムカつく感じの女だったらしい。

「ああそうですかい! 勉強になりましたぜクソアマ」

「は⁉ あんたね、あたしこの店じゃあ先輩なんですけど⁉ 敬えアホ!」

「あ⁉」

 何故だろう、何か言われるたびに物凄くムカつく……!

 ふー!、と猫のように威嚇し合っていると、厨房の方から人がやってきた。

「こんにちは、カリンちゃん。そっちの子は新人かな?」

 コック帽を身につけた、優しそうな青年である。

 というか、めちゃくちゃイケメンである。


「あっ、はい‼ カズト・オオノ君です、裏方の手伝いをしてもらおうって思って、雇ったんです‼」


 ……え?……今の、誰ですか?

 いや、分かってる。カリンだ。あのムカつくむやみに苛立ちを煽る系のツインテール。

 え、でも、え?

 今の愛想いい、目の前できらっきらに笑顔を振りまいている、こいつが、カリン?

「そうなのかい。……でもね、カリンちゃん。男の人を雇うときは、気を付けてね? カリンちゃんただでさえ可愛いんだから」

「────! は、はははははははいぃ!」

 イケメンのセリフに真っ赤になって、いかにも乙女ーって感じの反応をしてるこいつが、カリン?

「じゃあね、カリンちゃんにオオノ君。僕はちょっと休憩に入るから」

 僕とか言ったぞあのクソイケメン。……じゃなくて!

「……おま、何あの愛想のよさ」

「う、うううううっさいわね! 周りの人には大体こうなのよ! アルトさんが特別って訳じゃないし!」

 イケメンの名前判明。やっぱりイケメンは名前もイケメンなのか。……じゃなくて!

「…………おま、もしかして」

「………………そ、そそそそうよ! あ、あたしはアルトさんのこと好きなの!」

 言っちまった。

 言っちまったよこいつ。

 しかもこの顔真っ赤な反応、ガチだな。

 際限なく顔を真っ赤にさせていくカリン。

「……おまえ、意外と乙女なんだなぁ」

「は⁉ そ、そんなことないからっ! と、とにかく次行くわよ、次!」

 顔真っ赤にして言われても、説得力無いですよねぇ。

 ……いいネタゲットだぜ。



「で、はい‼ ここがあんたの仕事場!」

 そういったカリンが部屋のドアを開けた。

 そこは荷物が積まれていて、『割れ物注意‼』やら『揺らしてはいけません!』なんかのシールが貼られた箱も積みあがっている。

「この紙見て、きちんと納品できてるか確かめて、本日に必要な分の荷物を開封するの。山は崩さないようにしてね、皿なんかが割れると危険だから」

 手渡されたのは羊皮紙だった。……時代を感じさせる。

 そこに黒く文字が印字されている。

「……ん、了解」

「紙とか袋、箱は終わった分を分別してそこに置いといて。食材系はきちんと分類してここにある木箱に詰め直して厨房に運んでね」

 奥にあるスペースが指さされ、次いで扉の横にある空の木箱が指さされる。

「後、たまに皿を割った子がこっちに来るから、その子に割ったのと同じ皿を渡してあげて。……低能のあんたに理解できたかしら」

「誰が低能か! 俺はこう見えても学年一位を取ったことがあってだなぁ……!」

「……え、あんた学校なんて言う貴族が通うようなところに行ってたの?」

 ……。

 ……墓穴掘ったぁあ!

 若干驚いてるようなカリン。ミスった。学校っていうのは貴族が通ってるようなとこだったのか。

 違和感を持たせるとその分人間関係がこじれる。……いや、こいつとならこじれてもいいけど。

「……あー、いや。その学校さ、特殊な入学制度があったんだ。それのおかげで通えててなぁ。……まあ、学年一位もかなりまぐれだったし……」

 ナイス言い訳だと思う。嘘はついてない。嘘は。

「……はぁ。まあいーけど。取り敢えず、仕事が終わったらある程度歩き回ってもいいわよ? あんまりフロアとか来られても困るけど。

 それから、仕事終わったらあんたの住む場所案内してあげる。いーわね!」

 そう言ってカリンはツインテールを翻して去って行った。

「……」

 まあ、仕事ですし。頑張りますか。



「……ふぃー」

 厨房の人から差し入れてもらった水を飲んで一息。

 仕事はあっさり終わった。

 水を貰いに行ったときに聞いた営業時間はまだ大分残っている。暇だ。暇である。

 という訳で。

「ちゅー訳で暇なんで働かしてください」

 そう言って殴り込んだのは厨房だった。

「あ、あの、で、ですけどぉ……」

 そう言った気弱コックさんに、俺は言った。

「皿洗いだけでもいいんですけど。……少なくともあんたよか割りません」

「ひぅ」

 何度も俺の仕事部屋に来ているのが、この少年。

 皿を仕入れては割っていく、見習いコックである。

 ちなみに名前はガイ。気弱少年なのに男らしい名前が実にミスマッチだ。

「いいっすかねーコック長」

「……皿を割らないのなら」

 何か歩く殺人兵器みたいな眼光をしたコック長さんに許可を取って皿洗い開始。

 隣ではガイさんがまた皿を割って、あらかじめ持ってきていた新しい皿を俺から受け取って涙目になっていた。

 あー。なんかしてると落ち着くー……。

「な、何で天に召されそうな表情しながら皿洗ってるんですかぁ⁉」

 ショタ好きの皆さんから羨望を浴びるであろう一言を貰った。俺にはそんな趣味は存在しないが。

 厨房とカウンターが繋がっているような状態なので、皿を洗っているときに後ろを向くといかつい冒険者たちがいる。

「おうガイ! エール一つくれよ!」

「ぼ、ぼくの担当じゃぁ……ってひぃ⁉ い、今すぐ注がせていだだきまぁっす‼」

 冒険者の中でも一回りデカい上に筋肉むっきむきな男から声を掛けられて、ガイさんは慌てて皿洗いをほっぽりだし、少し離れたところにある酒樽へと駆けていってしまった。

 ……また皿を割って。

 と、その時。

「あ! な、何であなたここにいるの⁉」

 変な口調をしたカリンの声がした。

 振り向くと、汚れた皿を担ぎまくっているカリンがいた。

「ようカリンちゃん。元気かい?」

「あ、は、はい。……じゃなくて! 何で裏方で納品確認してるはずのあなたがいるの⁉」

 お客さんから声を掛けられたカリンは律義に愛想よく返事をした後に、俺を怒鳴ってきた。

「うぃーす猫かぶり。俺は仕事をちゃっちゃと終わらせて、暇になったから手伝いしてるだけですがー?」

「あ、あのねえ⁉ 私があそこを出て、まだ一時間しか経ってないのよ⁉ 一時間であんな仕事終わるわけがないでしょ⁉」

 お、だんだん化けの皮が剥がれてきてやがる。

 まあでも、一時間で終わったのはホントだしぃ?

 ちなみに俺が仕事をしている最中、ガイさんは十五回来た。

 あの人、どんだけ皿割ってんだろうか。

「な、何その呆れたみたいな可哀想な子を見る目⁉……ああもう‼ 確かめてきますっ!」

 カリンは乱雑に皿を置いて、俺の仕事部屋へと肩を怒らせて歩いて行ってしまった。

 ツインテールまでもがぴょこぴょこと憤っている。

「おう兄ちゃん。あんた、カリンちゃんと仲良いのかい?」

 カウンターの客が声を掛けてくる。

 皿を洗いながら、俺は答えた。

「いいえ全然全くこれっぽっちも嫌ですね勘違いしないでくださいよ誰があいつと仲良いって?」

 怒涛の勢いで否定してやると客が「お、おう……」とか言って座り込む音がした。つーか立ってたのか客。

 後ろ向いてたから気づかなかった。

「い、いやでもよ兄ちゃん? お、俺らあんなカリンちゃんは初めて見たからよぉ……」

 つまりあいつが化けの皮を剥がしたことはなかったってことになる。ふむ。

「あいつは俺の指導係みたいなもんです。仕事上の関係はあっても仲良いとか思わないでくださいよ侮辱と取りますよ?」

 それっきり客は静かになった。ときどき注文を伝えに来たウェイトレスがここの異様な静けさに混乱していたり、ずっこけたガイさんが酒をぶっかけたような音がしても、カウンターだけは静かだった。

 ちなみに、そのあとカリンがフロアへと帰ってくることはなく、俺の仕事一日目は終わった。



「……ほら、カズト。こっち来なさい」

 何だか妙に元気のないカリンに連れられて、俺は宿屋部分へと足を進めていた。

 きちんと荷物は持っている。のだが。

 沈黙が俺たちの間に満ちていた。

「お、おい。何黙ってんだよ。おいあざとツインテール」

 俺のおちょくるような言葉にも反応せず、カリンが木製の階段を上っていく。

 俺には時々着いてくるよう顎をしゃくるくらいで、何も言ってこない。何だというのか。

「おい────……」

「何よ⁉」

 突然カリンが怒鳴った。

「何だっていうのよ⁉ 何で、何であんたにはあんなことができるのに……っ!」

 ぐ、とスカートの布を握りしめて、カリンが叫ぶ。

「お、い……」

「……!」

 つい掛けた声に我を取り戻したかのようにカリンが震えた。

「ぁ。わ、ご、ごめん。い、いきなり怒鳴ったりして」

 何処かカリンが怯えたような顔をして、呟いた。

 ……こいつにも、何か、俺をうらやましがりたくなるような事情があるんだろう。

 ……。

「……気にすんなよ。それよかおま、しおらしくしてんじゃねーよ、しっかりせい」

 何も気にしないふりをして、カリンの肩をポンと叩く。

「……、っ。あ、あたしはしっかりしてるわよっ。ほら、着いてきなさい!」

 まだ妙に落ち込んだ様子は見れるものの、カリンはいつもの調子を取り戻したらしい。

 そして。

「ほら、ここがあんたの部屋よ!」

 そう言ってカリンが木製の扉を開け放つ。

 埃が舞った。

「うぶ⁉ うぐ、お、おまぇ……⁉」

「きゃああああああ⁉」

 訂正しよう。埃がバズーカの如く爆発でもしたみたいに噴き出してきた。

 ボン、とかそんな音もしたと思う。

「な、お、おまっげほげほ‼ お、俺を罠に嵌めようってか! だがそうはいかねーぞぅえっほ‼ お、俺の家族の中にはおそうじマイスターが……!」

「ち、違うわよばか! ま、まさかあたしもこんなに詰まってるとかえふっ! げほ、げほごほ!」

 二人で腕を振り回して埃を何とか払う。

「……」

 爆発した扉の奥は、屋根裏部屋に繋がる梯子(はしご)が掛けられた物置小屋のような場所だった。

「……埃の中で死ねと?」

 思わずそう聞くと、カリンはぶんぶんと首を振って奥の梯子を指さした。

「あの梯子が見えないの⁉ 流石に衣食住完璧だけど環境最悪の部屋だよなんて言うオチつけて住まわせるなんて鬼畜なことしないわよ!」

 初めてこいつに良識があってよかったと思った。

「今お前に対する好感度が0.0000000000001くらい上がった」

「長いしそんだけ⁉ まあ別に好感度なんて上がらなくてもいいけど」

 ちゃんとこの世界に数字の概念があって安心。

 と、いつの間にか梯子にまで辿り着いていたツインテールが手招きした。

「ほら、ちゃっちゃと上がるわよ」

 そう言ってカリンは長いスカートの端を片手で掴んで上り始める。

 ……。

「ふと思ったんですがねお嬢さん」

「……な、何よ。嫌な予感しかしないんだけど」

「スカートで梯子を上るというのは、かなり危険な行為だと気付いておられますかな?」

「……え?」

「いえ、先ほどからちらちらとですね……」

「……ッ⁉」

 直後、梯子の下にいた俺は、スカートを押さえたカリンの蹴りに上から空爆された。

「……いたひ」

「自業自得なんですけどヘンタイ⁉」

 ふきー! と威嚇してくるカリンを受け流しつつ、今度は俺が先に上る。

 今の状態でレディファーストを押すのは紳士な俺でも出来ない。殺される。

 梯子を上りきる。

 と、後から上ってきたカリンに蹴飛ばされてたたらを踏む。

「へー……」

「な、何よ。気に入らないっていうの⁉」

 そう叫ぶカリンに俺は部屋を見つめたまま、ぽつりと呟いた。

「いや、こういうとこがいい。下手に普通の部屋に通されてもどうしていいか分かんないけど、これくらいのスペースがちょうどいい」

「はぁ……」

 理解できないというようにカリンが溜息をこぼすが、これは俺が昔秘密基地として使っていた廃屋の屋根裏部屋みたいで実にいい。

「えーと。まず、お風呂と便所は宿に泊まってる人たちと共用ね。ご飯も一階の食堂で言えば十時までは出してもらえるわ」

 それから、とカリンが少し言いにくそうに黙り、

「……それから、埃浴びせちゃったお詫びとして、三つまでなら必要なものを買ってあげる。……それ以外はお給料で買ってよ!」

 うわ、いいんですか姉御。

「な、何そんな目ぇ輝かせてんのよ。いい⁉ 三つまでだからね!」

 こくこくと頷く。

「後、これはあんたが住むから言う事だけど、きちんと掃除はしなさいよ! 木は腐りやすいから、雨の日は注意すること!」

「あいよ、了解」

 びしぃ! と思わずノリで『真実はいつも一つ!』みたいなポーズをしたカリンは、恥ずかしくなってきたのか「そ、それだけ!」と言い残して去って行ってしまった。

 取り敢えず、荷物を下ろして、備え付けらしいベッドに倒れ込む。

「ぅあ────」

 思わず溜め息のような声が漏れた。

 今日一日であったことはあまりにも多すぎた。

 異世界に召喚されて、何とか城を飛び出して、人間じゃない知性をきちんと持って同じ言葉を喋る亜人と会って。

 仕事だって探した。

 だけど、やっぱり。

「……何処かで、夢だってまだ信じちまってんだよなぁ……」

 未だに現実を受け入れられていない。明日目を覚ませば、いつも通りの生活が待っている。

 そんな気持ちが、心のどこかにある。

 寝ぼけた頭を振る。

 気分転換をしよう。

「……部屋の掃除」

 この部屋は、汚れてはいない。埃だって毎日掃除されているかのように存在しないし、毛布の触り心地はきちんと洗われているかのように柔らかい。

 することが無かった。

「……そういえば、ギルドでもらった本」

 もらってからまだ読んでいなかったことを思いだした。

 怠さを訴えてくる身体をどうにか動かして、鞄から本を取り出す。

 再びベッドに転がって、本を持ち上げた。

 はてさて。

「どんなことが書いてあったりするんだっけ……?」








次も和人回やります。書き切れないときは二話構成で。

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