魔王様の事情
「さて、魔王さま? この書類に目を通しておいてください?」
そうフィーリアが言って、僕────渡辺秀の前に積んだのは、恐ろしい量の書類だった。
「うふふ、私は仕事がありますから、『読んでおいてくださいね』?」
強制力を感じた。またあのペンダントの効果が発揮されたのだろうか。
ニコニコ顔でフィーリアが部屋を出て行った。
「……」
この場面で一番ぴったりな言葉を言おう。
「何故、どうしてこうなった……」
【玉座の間】とかいうやたらと広いうえに段差も多い、更には前魔王どんだけでかいんだよ、と思わざるを得ない巨大すぎる椅子の設置された部屋にて。
フィーリアから聞かされていたお客さんとは、なんとこの魔族国家における重鎮とか、そういうたぐいの人だったらしい。
僕の兄に少し似た、褐色に赤髪で、頭にバンダナをまいた大工っぽいお兄さんは、ガウルさん。
何でも、この国の騎士団に所属している、一騎当千の将なんだそうだ。
何というか、全然そうは見えない。気のいい兄ちゃんって感じ。
そして、そのガウルさんと仲が悪い、いかにも騎士ですといった装いの若侍さんは、ダルタニアンさん。
ガウルさんとは別の騎士団所属で、こちらも物凄く強い人らしい。
それと代々の魔王に仕えるとかそういう契約を交わしてしまったらしく、いきなり忠誠を誓われてしまった。
ちょっと困る。
何だかすぐに気絶していた女の子はエリスさん。
様々な薬を開発している研究所の所長さんで、何度も画期的な薬を開発した人らしい。
プレッシャーとか大きな声とか人の注目に弱い人らしく、気絶癖が付いてしまったのだそうだ。
と、ここまでの話はやたらと扇情的なボンテージの女の人、リーンさんから聞いた話だ。
リーンさんは見た目と違って姉御! という感じの人で、その格好も彼女が担当する区域の雰囲気に合わせたからだという。
リーンさんが統べているのは遊郭。……最初に感じたキャバ嬢という感覚は合っていたらしい。
燕尾服の老いを感じさせないような執事さんはハリオスさん。
前魔王の無茶な策略を諫めたりだとか、国の金全部軍事にぶっこもうぜ‼ とか言う魔王様を諫めたりだとか……。
今のところ人間の国や精霊族(いわゆるエルフとか獣人とか)の国と半和解状態でいられているのは半分がこのハリオスさんのおかげらしい。
というか前魔王どんだけ戦争馬鹿だったんだ。
最後に、この国最強の力を持つらしいリーゼさん。リーンさんとは遠い親戚らしい。
はっきり人間じゃあないリーンさんと違ってリーゼさんは筋骨隆々の人間そのものだ。耳が少し尖っているくらいしか違いが無い。
僕から見上げると目の部分が影になって見える。しかもその目がびかーん! と光っているように見えるものだから少し怖かったけど、
「……」
無言のままこちらに手を差し出してくれて、更には僕の手を握り潰したりしないように気を使ってくれていた。
優しい人だった。
この六人にフィーリアを入れると、「魔王直属七将」という部隊になるらしい。
……。
ところで僕は、この話を回想しながら資料を捲っていたわけで。
そこである気になる記述を見つけた。
足元に置いた召喚されたときに持っていた学生鞄からノートとペンを取り出して、その部分を写して、自分なりの考察なんかも書き込んでいく──。
「シュウさーん。ハリオスさんからお茶貰ってきましたよー」
そういってフィーリアは扉を開けた。
手にはお盆も持っていて、暖かな紅茶とちょっとしたお菓子を乗っけている。
更にはこの声音。
相手が必ず気づくように調整した。
……うん、わたし、完璧‼
「ぅえ、けほっ、けほっ」
舞った埃にお盆を背中に回したうえで障壁の魔法を張って埃を入れないようにする。
秀を入れた場所は資料室。この国の歴史がたくさん詰まった本やら紙媒体やらが積もっている場所だ。
……秀さんにはこの世界の「常識」は知ってもらったものの、この国の「歴史」は覚えてもらってないですからねぇ。
フィーリアはお盆を前に回して、積もる資料を避けて秀のもとへ向かっていく。
「シュウさーん?」
ぴょこ、とかわいこぶった動きで秀がいたはずの机を覗き込んでみる。
いなかった。
「……あれ?」
椅子の方に回り込んで、背もたれの上あたりに片手を突っ込んでみても、何かがあるような反発はなかった。
「……おかしいですね。『隷従の首飾り』が効かなかった? いいえ、そんなわけないですし……」
フィーリアが首からさげた『隷従の首飾り』は特定のワードを言わせることで相手を『強制服従』の状態異常に持ち込めるペンダントである。
『強制服従』の状態異常はそうやすやすと解けるものではないし、どんなに高度な状態異常耐性を持っていても、これに対抗することは不可能なはず。
取り敢えず机にお盆を置く。
「何らかの方法で状態異常を解き、逃げましたか?」
そう呟いてから気づいた。周りの風景が秀をこの部屋に入れてからと少し変わっていることに。
「資料の置き場所が、変わってる……?」
全ての資料が、まるで鏡のように反対へとその居場所を移している。
「あ、フィーリア」
その時聞こえた声に、フィーリアは弾かれたように顔を上げる。
「しゅ、シュウさん」
秀が、そこにいた。手にははたきやら雑巾やらを持っている。
「あ、あの、シュウさん、いったい何を」
「え? ああ、資料全部読んだから、このノートにまとめて、暇になったから掃除開始……って所でフィーリアが来たんだ」
ほら、と秀が掲げるのは、今の製紙技術では確実に無理であろう真っ白な紙で出来た本のようなものだった。
いや、それもそれで有り得ないが、もっと有り得ないのは秀だ。
「あ、あの、シュウさん。本当に、全部読んだんですか?」
「え……疑ってるの?」
「い、いや、だって私が部屋を出てからお茶を持ってくるまで、一時間も経っていませんよ⁉」
これだけの資料を一時間未満で読み込むなど、どんなに博学な魔族でもできないことだ。エルフにも無理だろう。人間なんてもってのほかだ。
「じゃあこれ見てみてよ。ちゃんと書いたから」
ずい、とノートを突き出される。
そこには、彼の国の公用語である日本語が、所狭しと並んでいた。
フィーリアは時々人間国が間違えて召喚した本やらその解読法なんかを横流ししてもらっている。
だから読めた。
それは全部合っていた。
「す、すごい……」
思わず呟いたフィーリアに秀は少し照れて、
「そんな凄くないよ。カズトだったら十分で済んでる」
絶句した。
秀の世界の人間とは、そんなに優れているのか。
「まあ、カズトみたいなのは特殊例なんだろうけど」
そう呟いた秀に、フィーリアは少し安堵した。
そして、期待が募る。
「(もしかして秀さんだったら、この腐敗してしまった国を変えられるかもしれない……!)」




