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ある『家族』とある『少女』の事情

「お前が☓☓を☓したんだ!」

        「あなた、実の☓を☓したんですって? 穢れてるわ」

 ザザッ

     「もともとお☓えのような☓が生まれ☓から☓☓☓は去って行ったのだ!」

          「この☓☓☓め! お前のせいで☓☓は……! お前のせいでぇえええええ!」

 ……ザ、ザザッ

       「お前なんかいなければよかった」

             「この、人殺☓! あんたさえいなければ、あたしは!」

 ……ザザザザザザ‼

                     ────ず

             ──鈴

 ──おい、


「おい、鈴!」

 やかましい怒鳴り声が微睡んでいた意識を強引に覚醒させる。

「……ぅえ?」

「ぅえ? じゃねーっつの! いい加減起きろよ!」

 私はまずさっきから怒鳴ってくるこの声に焦点を合わせた。

「……和、人、くん?」

「あーそうですよみんなの和人君ですっ! お前どんだけ寝るつもりだよ!」

 ああ、そうだ。いつも通りの風景だ。

 いつも通り、部長の和人君が、寝ていた私に怒鳴っている。

 青い色のラインが所々入った制服の半袖が風になびく。

 それを何となく目で追うと、彼の隣に立っていた秀君が目に入る。

「あー、秀君。おはよおー」

「え? あ、う、うん?」

 秀君が戸惑ったように応じる。和人君の青と比べてこちらは赤だ。私と同じで、背後の青空によく映える。

 ……青、空?

 ここでようやく自らの身体に視線を落とした。

 どうやら私はベンチに座っていたらしい。よくある木製ベンチである。しかもここは木の下らしく、ざわざわと風が吹くたびに葉の擦れる音がして、木漏れ日が私の身体や地面に投影される。

「んん? 私は今まで、何をしてたんだっけー?」

 そこのところが上手く思い出せない。

 この木の下にあるベンチに座って寝てしまうまでの記憶は、どうも曖昧で、不確かだ。

「は? お前なあ、どこまで寝ぼけてるつもりだよ。お前が今日は失踪した猫ちゃんを探すのだー、とか言って昼休みに俺らを引っ張りだしたんだろうが」

「……ぁえー? そうだっけ」

 そう言われても、何かが納得できなくって、私は腕を組む。

「あー、うー、そう、だった、のかな」

 悩んでいる最中に、秀君が声を掛けてきた。

「ねえ鈴。今日はもう切り上げよう? 鈴も疲れてるみたいだし、大体今日はさ、その……僕らのお父さんとお母さんができる日じゃない?」

「ぅあ……?」

 新しい、お父さんお母さん?

「あっ……あー……そう、だな。と、父さんと、あー、母さんが、その、できる日だもんな」

「あ、和人、照れてる? 顔真っ赤だよ?」

「て、ててて照れてないわい‼」

 もしかして、私、置いて行かれる、の?

 その恐怖に思わず私が立ち上がって、声を荒げようとしたその時。

「あ、鈴。ほら……僕らの、お父さんとお母さんだ」

 不意に背後を指さされ、私は反射的に振り返った。

「……」

 私、祈原鈴の、両親がいた。

 新しい、お父さんお母さんが、私の両親?

 じゃあ、私たちは、本当の家族に、なれる……?

 鼓動が一気に跳ね上がった。

 異様な安心感を覚えた。

 脚の力が抜けて、後ろのベンチに腰を落とした。

 だけど、不意に体が空を切った。

「え……?」

 身体の後ろにあったはずのベンチはなく、そのまま私の身体はベンチのあった空間や地面すらすり抜ける。

「な、何、これ」

 まるで、地面が突然底なし沼にでも変わってしまったかのような。

 しかし、私がいなくなっても、私の真上で幸せな世界は続いていた。

「ほら、和人。きちんと言おうよ」

「う、うぇ? あ、あー、その……と、父さん、母さん」

「よく言えたわね、和人君。ご褒美にキャラメルあげるわー」

「お、俺は子供じゃないです‼ あ、後、その……和人でいいです……母さん」

「じゃあ僕も秀でいいですよ、お母さん」

「私にはそう呼ばせてくれないのかね?」

「い、いや、そうじゃなくて‼」

 ああ、実に幸せそうな世界だ。でも、何で私はそこにいないんだろう。

 いや……いやだよ……私……──。



「っ‼」

 目が、覚めた。

 慌てて布団をはねのけて、部屋の中にある鏡を見た。

 髪は長い金髪で、毛先の方がウェーブしている。

 肌はキメ細かくて真っ白。瞳だって深い青だ。

 パジャマに包まれた身体は華奢(きゃしゃ)の一言。

 おまけにこの尖った長い耳。

 私は私じゃなくなった。一度死んで、異世界にてリンネ・プレアーというエルフに転生したのだ。

 転生してからずっと、毎朝起きてからすぐに自らの姿を確かめることを続けていたせいか、すっかり癖になってしまった。

「はぁ……」

 また今日もため息をついて、洗面所に向かい、顔を洗って木のブラシで歯を磨き、髪の毛を梳かして身支度を整える。

 今日は、普段よりもはるかに早く起きた。まだ日も出ていない時刻だ。『両親』だってまだ眠っている。

 今日は大事な目的がある。別に日の出が見たいとかそういうわけでもなくって、

「人間の住む国で勇者召喚……」

 一週間前に見た新聞の切り抜きを手に取った。

 私は、元の世界に一度でいいから帰れるような、そんな方法を探している。

 一度でいいから、というのは元の世界の家族も大事だが、こちらの世界の『両親』も大事だからである。

 こっそりと部屋の奥に隠していた荷物を引っ張り出す。

 今から私は勇者召喚が行われたという人間国に向かう。役人は丸め込んだ、こっそりきちんとした身分証も作った。

 完璧とはいかないだろうが、これで人間の世界に入り込めるはずだ。

 荷物を抱え、目立つ金髪や長い耳を隠すための外套を被る。

「そ、そうっと、そうっと……」

 忍び足で家の廊下をゆっくりと通り抜け、頑丈なブーツを履いて外に出る。

 すると、

「あ、君」

 突然呼び止められた⁉

「は、はい、なんです、か」

 声がうわずった。やっぱり大野君のようにはいかないらしい。

 振り返ると、そこにいたのは衛兵さんだった。

「あ、あの……」

「ああ、話は聞いてるよ、大丈夫。このことは誰にも言わない」

 セーフだった。

「じゃ、じゃああの、何ですか?」

「いや、君みたいな子が外に出るなんて、危険じゃないか、と思って」

 優しい人だった。ほんとにセーフだった。

「あの、私には、これがあるので」

 これまたこっそりと露店で買った()を見せてみると、衛兵さんは安心したように笑い、

「なんだ、君、魔法使いだったのか。学院で教えてもらえる魔法でも低級の魔物くらいなら倒せるだろうしな。すまないね、声をかけて」

 じゃあ、と言って衛兵さんは去っていった。

 そう、魔法に魔物。この世界は典型的なファンタジーである。

 だったら魔法を習得しないわけないじゃない!

 幸いエルフは魔法と弓に長けた種族、ということだったので、あっさり魔法は使えるようになった。

「(まあ、その後が災難だったんだけど……)」

 ともあれ、何とか街の外に繋がる門へとたどり着いた。そこを守る衛兵さんたちに声を掛けると、大きい門の隣にあった小さな門へと通してくれる。

 ここから外に出れば、私の冒険は始まるのだ。

 意気揚々と、私は人間国を目指してその門をくぐった。


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