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第1話 任務に失敗し目覚めたら、聖女でした

——心臓を撃ち抜かれた。


それが、私の最後の記憶だ。

冷たいコンクリートの感触。全身から急速に熱が奪われていく感覚。

血と硝煙のひどい悪臭が、鼻腔を突いていた。


裏社会で伝説と呼ばれた暗殺者「ファントム」。

それが私、月宮凛の忌まわしい名前だった。

物心ついた時から犯罪組織で育てられ、ただ命じられるままに人を殺してきた。

「誰かを守るために殺す」。そんな欺瞞を抱えながら生きてきた私の、当然の末路。


最後の任務で標的の少女を逃がし、組織のルールを破った。

だから粛清された。因果応報だ。誰も恨んではいない。


——ごめんね。結局、誰も救えなかった。


薄れゆく意識の中で、そんな後悔だけが胸をよぎる。

これでようやく、血塗られた人生が終わる。

地獄に落ちる覚悟はできていた。


そう、思っていたのに。


「おお……! 奇跡だ!」

「光が、祭壇に満ちていく……!」


うるさい。

なんだ、この声は。地獄の亡者にしては、随分と歓喜に満ちている。


ゆっくりと重い瞼を開ける。

視界に飛び込んできたのは、目が眩むような純白の光だった。

硝煙の匂いはない。代わりに、甘く清浄な香木のような匂いが鼻をくすぐる。


——ここは?


体を起こす。

痛まない。心臓にあったはずの致命傷がない。

それどころか、体が異常に軽い。


周囲を見渡す。

見上げるほど高いドーム型の天井。壁面を彩る壮麗なステンドグラス。

荘厳な大理石の柱が立ち並ぶ、巨大な神殿のようだった。


そして私の周りには、白い法衣を着た大勢の男女が平伏していた。

ざっと五十人はいるだろうか。誰もが一様に、熱狂的な眼差しを私に向けている。


「啓示の儀は成った!」

金糸の刺繍が入った立派なローブの男が、両手を天に掲げて叫んだ。

「神は我々を見捨ててはおられなかった! 新たな聖女様の誕生だ!」


……は?

聖女? 私が?


「聖女様、どうかこちらを」


一人の老女が、震える手で恭しく手鏡を差し出してきた。

覗き込む。

そこに映っていたのは、月宮凛ではなかった。


艶やかな純銀の髪。

宝石のように澄み切った、深い碧眼。

透き通るような白い肌をした、華奢で可憐な少女。

年齢は十五歳といったところか。誰が見ても「清廉潔白」という言葉を連想する容姿だ。


——転生? 異世界? ……は?


信じられない。

だが、視覚も嗅覚も、肌に触れる空気の冷たさも、すべてが圧倒的な現実感を伴っている。

夢ではない。私は、この見知らぬ少女の体に入り込んでいる。


試しに右手を握り込んでみる。

指の間に隠し持っていた暗器の感触はない。

銃の反動でできた硬いタコもない。

本当に、ペンよりも重い物を持ったことがないような、真っ白で無垢な少女の手だ。


だが、体の重心を確かめるように微かに動いた瞬間、確信した。

前世で培った「技術」は、この新しい体にも完全に染み付いている。


——落ち着け。まずは状況を整理しろ。


長年の暗殺者としての本能が、瞬時に思考を冷やしていく。

ここは未知の場所。私は完全な丸腰。

周囲の人間は私を「聖女」と呼び、絶対的な崇拝の目を向けている。

殺気はない。つまり、今すぐ命を狙われる危険はゼロに近い。


ならば、やるべきことは一つだ。


「まあ……」


私はゆっくりと瞬きをして、鏡から顔を上げた。

表情筋を完璧にコントロールし、最も無害で、慈愛に満ちた微笑みを浮かべる。


「これが、神のお導きなのですね」


自分でも驚くほど、鈴を転がすような可憐な声が出た。

よし、完璧だ。


——とりあえず、合わせておくか。


私が元・凄腕の暗殺者だなんてバレたら、間違いなく火あぶりか斬首だろう。

今世こそは「守る側」として生き直したい。

そのためにも、この「癒しの聖女」という仮面は死守しなければならない。


「おお、なんとお美しい……!」

「まさしく神の御使い、奇跡の体現だ!」


神官たちが感極まったように祈りを捧げ、涙を流す者までいる。

チョロい。これなら簡単に騙し通せそうだ。


先ほどのローブの男——どうやらこの神殿の最高位らしい——が、恭しく進み出てきた。


「私は神殿長を務めます、フェリクス・ヴォルフガングと申します。新たなる聖女リーゼロッテ様」

「リーゼロッテ……」

「はい。神の啓示により授かった、あなたの新たなお名前です」


フェリクスと名乗った男は、優しげな美青年だった。

完璧な聖職者の笑顔。

だが、私は見逃さなかった。

彼の目の奥に潜む、獲物を値踏みするような冷たい支配欲を。


——こいつ、信用できないな。

——腹の底で何を企んでいるかわからないタイプだ。前世の組織の幹部に似ている。


「リーゼロッテ様。本日はこのまま聖域にて、ゆっくりとお休みください」

フェリクスが深く頭を下げる。

「明日から、王宮での新しい生活が始まります。病に伏せられる国王陛下をはじめ、国中があなたの癒しの力を求めているのです」


王宮。国中。

なるほど、ずいぶんと重い責任を背負わされるわけだ。

「聖女」は単なる象徴ではなく、この国の政治的・宗教的な中心に置かれるらしい。


「承知いたしましたわ。皆様のため、この身を尽くして癒しをもたらしましょう」


私は完璧な聖女スマイルで頷いた。

しかし、このまま素直に操り人形になるつもりはない。

一つだけ、どうしても確認しておきたいことがあった。


「ところで——」


私は小首を傾げ、純真無垢で何も知らない少女を装って尋ねた。


「前任の聖女様は、どうなられたのかしら?」


その瞬間だった。

広大な神殿内の空気が、文字通り凍りついた。


フェリクスの優しげな笑顔が、ピクリと引きつる。

平伏していた神官たちの顔から、一斉に血の気が引いた。

誰も、何も答えない。

息を呑む音すら聞こえるほどの沈黙が、不自然に神殿を支配した。


——なるほど。そういうことか。


私は内心で、冷たく笑った。

この国の「聖女」というポジション。

どうやら、ただチヤホヤされるだけの安全で楽な仕事ではないらしい。


ドロドロの権力闘争か、それとも不要になったから処分されたのか。

何にせよ、私の前任者は"マトモな終わり方"をしていないことだけは確実だ。


——まあ、いいだろう。


退屈な平和よりも、少し血の匂いがするくらいの方が、私には性に合っている。

誰が敵で、誰が味方か。

もしこの命を不当に狙う輩がいるのなら。

その時は、前世のスキルを使って、そいつから先に"治療"してやるだけだ。


「皆様、どうかなさいましたの?」


私は何も気づいていないふりをして、心配そうに眉を下げた。


さて。

殺し屋改め、癒しの聖女の新しいお仕事の始まりだ。



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