取り敢えず生存報告
[前回の話]
多分異なる概念に価値観を見出だし理解しようとする努力こそが多様性
[今回の話]
努力って結構疲れるんですよね……
多様性は素晴らしい。ということでいろいろな人の作品に触れ、そして自身の思うところをこうして作品として発信している私ですが、今月の投稿は多分これが初めて。
というのもこのところの猛暑にやられすっかりと夏バテ、熱中症でも患ってしまったのか気力が枯渇。投稿どころか読書もままならぬ有り様。作品を読んでも文章がゲシュタルト崩壊したかの如くで理解不能。多分脳が暑さでオーバーヒートでもしているのでしょうね。
ですがまあ、それでも直9月ということでなんとか復活? こうしてこの作品も更新。……って、こういうのは普通活躍報告でやるべきなのではあるのですが。そもそもエッセイとは小論文みたいな意味合いを持つものでこういう駄文を連ねた垂れ流し的なものでよいのかって思いもするのですが、一応は随筆的ものも日本ではエッセイに含まれるらしいというのは以前にも述べた通り。
とはいえなんでこういう発信に意味のないものが作品として許容されるのか。
思うにやはりエンタメ性なんでしょうね。つまりこの文章が何を目的として書かれているか。ただの自身の自己満足ではなく不特定の読者に向けて何かを発信し楽しませることを目的としていることが作品としての定義ということになるのではないかと。
などと言いつつ、これってちゃんとその定義を満たしているといえるのかなぁ……?
多分作品が作品たり得るか否かは読者が決めるものなのかも知れないですね。これもまた一つの作品のあり方の多様性?




